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蝶と花々

 

アランとアイリスは学園に通い出した。


アイリスにはララという、二歳年下の侍女見習いがついた。

リリは侍女となった。

二人は学園寮でアイリスの世話をする。   


「緑のがリリ、青いのがララ」


アイリスは毎日呟いていた。



アランの学園生活は地獄だった。

初日、アイリスは王太子に直撃した。

止める間もなかった


「わたしはアイリス。

 綺麗なお顔のあなたは誰?」

「君があの……

 ボクはアーサーだ。

 アーサー・ジュエルク・フォラリス

 王太子だ」


「アーサー、貴方が好き。

 友達になってくれる?」

「ああもちろんだ」


アーサーは集まった野次馬と取り巻きの学園生達を見回した


「皆、聞いてくれ。

僕、アーサー・ジュエルク・フォラリスは今日を持ってこのアイリス・ユークラリス伯爵令嬢と友人となった。

友人として、王家の者として、彼女を保護する。

アイリスはボクや他の高家の方々に無礼な行いを向けるかもしれないが、彼女だけは赦そう。

だがアイリスだけだ。

それをもって彼女を侮辱することは、王太子を侮辱する事、ひいては王家を侮辱する事にもなる。

皆、努々(ゆめゆめ)、忘れぬように!」


あらかじめ決められたセリフをはいたのだろう。

去り際に、アランの肩を軽く叩き、


「お前も大変だな」


と笑った。

これでアイリスの無礼講が学園で罷り通ることが、許された。



アイリスが学園で顔を認識できる人間は、王太子、アランも含めて七人もいた。

ただ皆、一流のパートナーがいた。

アランが押し退けてアイリスを入り込ませる隙間はなかった。

アイリスは天真爛漫に学園をかき回した。

〈顔のある〉七人に出会うたび、嬉々として、彼らに話しかけた。

身分制もなにもない、手当たり次第だ。


アランにはわかっていた。

あれは蝶々が花を求めて飛んでるだけだ。

七人の花の蜜を、目には入った先から吸ってるだけだ。

思惑も駆け引きもなにもない、パートナーになろうとも、とって変わろうとも思っていない。


恋愛感情なんてカケラもない。


実際、蜜を吸われている花である六人(アランを除く)は、ただ面白がって相手していた。

アランがあらかじめ説明したのも功を奏してる。

彼女は無邪気な子供のままだと。

何の害意もないと。

実際、接すればそれは理解できた。


パートナーたちも生暖かい目ではあるが、見守っていてくれていた。

だが、彼らの取り巻きはそうは取らなかった。


美しく咲き誇る花々を狙っているとみた。


なまじアイリスが綺麗だったのも拍車をかけた。

日々美しく成長する蝶は、その美しさを鼻かけて、花々を独占しようという魂胆にみえた。

爵位の低い貴族の令嬢たち程、冷ややかな眼差しを向けた。


只の嫉妬だ。


自分には届くことも、話しかけることなどできない錚々たる面々に臆面もなく話しかけるアイリス。


許せなかった。


それとなく節操が無さすぎるとアイリスに助言とう苦言を呈する輩もいたが、アイリスは一切合切無視した。

ただアイリスには、彼女たち顔がのっぺらぼうに見えて認識できない。おまけにアイリスは物理的におつむが弱いので、何を言ってるか理解できず無視しているに過ぎない。


そして下級貴族の令嬢たちは、アイリスが王子達のパートナーの二人の公爵令嬢をも完全無視しているのが、何より許せなかった。


公爵令嬢は王から直々にアイリスの病状を聞き、フォローを任されているので、彼女に対して表だった悪感情はなかった。

アイリスが彼女達から王子を奪おうとも、気を引こうとすら思っていないのはわかっていたからだ。

ただ、アイリスの立場の為、出来れば王子と話し合いに割り込むのはやめてほしいとは思っていた。

と同時にアイリスにそれを求めても無駄だと知っている。

アイリスは七人の貴公子(平民一人含む)以外、見えてないのだ。


取り巻きたちは、アイリスに割り込まれ、困った顔をする公爵令嬢に同情し、気持ちを慮った。

実際は、アイリスがこれ以上変な目で見られやしないか心配しているのだが、取り巻きたちはアイリスが王命を笠に着てこれ見よがしに蔑ろにし、公爵令嬢が悲しみに暮れていると感じた。


それで方々に手を回し、連携し、アイリスがアランを除く六人に近付けないように画策した。


アイリスと六人が遭遇しそうになると下級貴族の令嬢は二人一組となりアイリスの元に向かい、何かと親切に案内しているように装い両腕を抱えてその場から遠ざけた。


アイリスは訳もわからず、劇的に顔あり六人との遭遇率が激減した。

行き当たりばったりなので、自ら彼らの元へ行こうという気もなく、また、おつむの関係で出来なかった。



必然的にアイリスはアランとベッタリとなった。



周りの目は、アイリスのパートナーはアランで確定していたから、誰も邪魔しなかった。

中には六人の貴公子から引き剥がしたアイリスを、わざわざアランの元へ連れてくる令嬢達もいた。

彼女達も美男子で何気に高スペックなアランと話せるきっかけともなり、ちょっとしたブームとなった。


とにかくアランは四六時中アイリスと行動を共にする事になり、限界を疾うに超えていた。

そして七人の花々しか見えない蝶アイリスは、他のあらゆる存在を無視した。

無視された他のあらゆる存在は、アイリスを無視した。


二年目を迎える頃には、アイリスは学園中から存在そのものがないもとされた。


アランも巻き添えを食った。


昼食、上級貴族が集う食堂には貴公子たちに遭遇して迷惑をかけるので、必然的に下級貴族や平民が使う食堂に行くことになる。

そしてひそひそとアイリスへの〈聞こえていない〉とう建前の悪意に晒されることとなる。

当事者のアイリスはなにも分かっていないので、無邪気に食事を楽しんでいるが、アランはそうはいかない。

針のむしろに座っているようや心地になる。


気の休まる暇がない。


アイリスは口からポロポロパングズをこぼす。

いつものように世話を焼き、口の周りのパングズをつまむ。その口から


「いつもありがとアラン。大好きだよ。世界で一番好き」


15歳にしてはあどけない純粋な好意の笑顔を向けられる。


「僕もすきですよ。姉様」


返す言葉とは裏腹に心は呪いで満ちていた



『死んでくれ』

『消えてくれ』

『この世界から、お前という存在そのものが綺麗さっぱり失くなってしまえばいい』



学園の中で、最もアイリスを嫌っていたのは、誰あろうアランであった。



何も知らない無邪気なアイリスは、愛する人からも死を願われる完全なボッチであった。




 ☆☆☆




そうこうして無事?二年目を終え、三学年生になる前の八の月の長期休暇に入った。



ユークラリス伯爵領の本邸に向かう馬車に揺られ、ひっきりなしに話しかけるアイリスを徹底的に無視した。

アイリスはむくれたり怒ったりしたが、アラン自身がこれまで受けてきた精神的苦痛を思えば、それくらいいだろうと目も合わせなかった。

どうせ本邸に行けば、仲良し姉弟を演じなければならない。

馬車の移動は読書に明け暮れた。

そして彼女の不満声を聞くたび思った。



『この世から消えろ』

『消えてしまえ』




☆☆☆




そしてその日はきた。


いつもと変わらぬ日常。


ユークラリス本邸の庭で、リリとララを引き連れ走り回るアイリス。

優雅に散策するユークラリス伯爵夫妻の脇で、学園での姉弟の仲睦まじい出来事という嘘の報告をするアラン。


アイリスの目の前に十段程の階段。


いつも器用に駆け抜けるその階段を見て、なんだか嫌な胸騒ぎがした。


「姉様、手を振ってる場合じゃないよ!階段が!」

「大丈夫ですわ!慣れてますもの」


スカートの裾を両手で膝上まで持ちあげ、白いタイツのふくらはぎが躍動する。


アランはふと階段脇の花壇に目がいった。


白い大輪の花に青い掌程もある蝶が止まっていた。

蜜を吸い終わったのだろう、ユラユラと飛び立ち、美しい瑠璃色の羽をはためかせながら、今まさに階段を駆け抜けようとする美少女の前に姿を現した。



アイリスは何の戸惑いもなく自然にスカートの裾を手離し、恍惚とした眼差しで蝶を捕まえようと包み込むように両手を掲げる。



アランはその美しい絵のような光景に、思わず息をするのも忘れて見惚れた。





 刹那





アイリスは宙を舞っていた。



  










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