いざ!復讐の時!!
わたくしはサマンサ・エリルダーク。
武門の誉れ。エリルダーク侯爵家の者です。
わたくしにはこの学園に一人、どうしても許せない女がいるのです。
その女の名は
アイリス・ユークラリス伯爵令嬢
以前は頭のネジが緩んだ、小さな子供のような女でした。しかし夏期長期休みに事故に遭ったらしく、意識不明から目覚めたら多少マトモな人格にもなっておりました。
休み明けのソフィア様とエリザベス様の合同お茶会で、皆の前で謝罪した時はアイリスを一旦は許したものです
─ですが、あのくそいましましいピンク女!
少しくらい顔が良いからって調子に乗って、次から次へと学園の貴公子達を誘惑し虜にしていくなど言語道断!
あのお茶会で誓ったことは真っ赤な嘘でしたわ!
『自分からは貴公子達には近づかない』って舌の根が乾かぬ内に、その毒牙に掛けていく正に
──魔性のピンクポイズン──
手始めはアラン様。
学園二年目までは只の保護者でしたが、あの女が目覚めてからはお互い甘い雰囲気を醸し出している。
隠しているつもりかもしれませんが、女の勘は恐ろしいのですよ。
バレバレです。
次いでアーサー王太子殿下。
初日、学園の貴族用食堂で殿下を誘惑し次の日からはちゃっかりロイヤルルームに入り浸る。
しかもアラン様の目の前で!
なんと厚かましい女なのでしょうか?
ソフィア様はご自分の執務室でお食事なさっていたのに、ピンクの泥棒猫の監視にロイヤルルームへ行くようになって……。
あの女はイカれているから、ソフィア様の無言の圧力とかは感じないのでしょうね。
いい加減、察して自ら身を引くのが当たり前ですわ!
我がエリルダーク侯爵家は武門が誉れですから、王国の剣であるソフィア様のローレンス公爵家は尊敬しております。
そんなソフィア様を悲しませるピンク女は許せません!
武といえば、騎士団長の息子で堅物のジェイド様。
白薔薇学園内の赤薔薇棟への入り口まで、アイリスを毎日護衛しているのです。
そしてこれ見よがしにジェイド様をも誘惑しているらしい。
誰ともほとんど口を利かないジェイド様が、あの女と二人きりの時には嬉々として話していると聞く。
ほんの僅かな隙も逃さず口説くなんて、あの女はこの学園に何をしに来ているのかしら?
誘惑といえばレシェルド様。
あの四六時中誰でも見境なく口説く口から生まれたような男が、今はアイリスにぞっこんで他のご令嬢には目もくれないというのです。しかも休憩時間があればわざわざクラス3まで出向いて、あの女に会いにいく始末。
わたくしの親友のサラサーラ・メディアン侯爵令嬢はレシェルド様の婚約者なのですが、レシェルド様とあの女の噂話を聞くたび悲しみに暮れる様子に胸を痛めるのですわ。
最後にわたくしの婚約者、フォークライ様。
いずれ宰相となり、この国を引っ張って行かれるお方。
真面目で慎み深く笑顔も見せぬお方。
冷たい眼差しの、無表情の【氷の貴公子】
その彼があろうことか……。
今でも思い出します。
ある日学園のわたくしの執務室にフォークライ様が訪ねて来たのです。用事がある時は人を寄越すのに、本人が来られるのは初めての事でした。
要件は
「人に贈り物をしたいが、甘くて美味しいお菓子の店を教えてくれ」
とのことでした。
珍しい事でしたので助言がてらお買い物に付き合うことにしました。フォークライ様は喜んでお菓子店を梯子して幾つか買い求め予約までしました。
用件を済ませると食事をすることもなく、そそくさと帰途に着きました
家同士のお付き合いで連れだっての外出など数えるほどしかありません。
デートのようで楽しみにしていたのですが……。
後日フォークライ様にお会いしたとき
「お菓子の贈り物は如何でしたか」と尋ねると
「大変喜んでくれました」
と思い出したのか、嬉しそうに笑うのです。
そんなフォークライ様の笑顔を初めてみたのです。
わたくしには一度たりとも見せてくれませんでした。
ある日廊下でレシェルド様と遭遇した時
「フォークライ様はアイリス様のお勉強を教えていると聞きましたが……」
「ああ……あれね……そういう事になっているね。
それよりもフォークライのヤツ。毎日のようにお菓子を持って来てアイリスに貢いでいるのさ。
あいつのあんな嬉しそうな顔。初めはレアだと珍しくて拝んでいたが、毎回アレじゃ有り難さも薄れるってなものさ。
サマンサ嬢にも見せてやりたいよ」
そう聞いたとたん、わたくしの何かが崩れ落ちました。
わたくしには誕生日などに形式的な贈り物しかくだされないフォークライ様が、毎日のようにアイリスに貢いでいる。わたくしが手ずから案内した選りすぐりの高級菓子店のお菓子が、あのピンク女の胃袋に収まっているかと思うと腸が煮えくり返るようです。
王太子執務室で貴公子四人を侍らせ優雅にお茶を楽しみ、フォークライ様の用意したお菓子を嗜むアイリスの姿を思い浮かべ、わたくしの怒りは天を衝きました
─あのピンクの泥棒猫には絶対復讐してあげるわ!
そしてわたくしは行動を開始しました。
アイリスに不満を持つ令嬢の方々を密かに募ったのです。
アレよあれよという間に人数がふくれあがりました。
王太子殿下の傍にいていつも周囲を彩っていた花々のようなご令嬢の方々。
そしてつい最近までレシェルド様に侍っていたご令嬢の方々。
声を掛ければそれだけで、30名以上も集まりました。
そして日頃からアイリスの行動に忸怩たる想いをもっておられる方々。
わたくしの派閥のご令嬢方も合わせて、総勢80名を越える賛同者を集い会を発足させました。
会の名称は
〈ピンクポイズンの毒牙から貴公子を守る会〉
ピンク女のアイリス・ユークラリス伯爵令嬢から貴公子達を守り、または救う会です。
平民は含まれておりません。
貴族よりも恋愛結婚に強い憧れを持つ平民には、アイリスのロマンスは話題になっていて消極的な味方も大勢いたからです。
それにわたくしは平民など信じておりません。
下手に増やしてアイリスに情報が漏れるかも知れませんからね。
そして復讐の時は来たのです!
─いざ!




