暗い暗い暗い世界
暗い暗い暗い世界。
ここは何処
わたしは楓
生きてるの?
たぶん死んじゃった
もう苦しくないから
あんなに苦しかったのに
地獄かな?
わたし悪い娘だったかな?
ママごめんなさい
ごめんなさい
ホントここ何処だろう
誰もいないよ
寂しいよ
楓は薄暗い世界を徘徊していた。
体は衣装を身に付けていない、一糸纏わぬ姿。
ではあるけれどリアル仕様ではないの。
体のラインもハッキリしていて胸や腰の膨らみもある。
けれど胸のポッチコや股のモハモハはない。
股もツルツルゆで卵のよう。
お尻の割れ目はあるけど……。
まるで天使や精霊のように体全体がぼーっと光っている。昔の美少女の変身シーンに出てきそうで、地上波でも深夜帯じゃなくても流せそうな感じかな?
ちゃんと地面に足をつけて歩いている。
ただ天地の境が曖昧で遠目では暗い世界に楓が浮かんでいるように見える。
「誰か、誰かいませんか?」
何千回と繰り返した言葉
「誰でもいいんで、返事くださ~い!
デュークは嫌だけど返事くださ~い!
誰もいなくても、返事くださ~い!」
ずっと歩いている。
何日彷徨っているのだろう?
疲れないし、眠くもならない。
時間の経過もあやふやだ。
ただ寂しい。
どうしようもなく寂しい。
人は孤独な生き物だって言うけれど、生きてる間こんな寂しい思いしたことなかった。
「誰か~!」
何万回目の問いかけに答えはない
?
!
!!!
向こうの方がなにやら光っている。
楓は駆け出………したいが何故か走れないので、律儀に歩いていく。
暗がりに誰かが背中を向けて蹲っている。
ぼーっと光っている。
十メートル位まで近付いて、止まる。
座っている剥き出しの背中が見える。
裸だ。
たぶん体育座りで、両足を抱え込んでいるみたい。
くびれがハッキリしているので、少女だろう。
肌が綺麗。
ピンクの長いストレートヘアが地面まで流れている。
「あ、あ、あのぉ~誰だか知りませんが、誰ですか?」
自分でもなに言ってるのかわからないけど、一応声をかけてみた。
ぴくっ
相手が反応した。
ゆっくりこちらを向く。
その目が驚愕に見開かれた。
少女は立ち上がると真っ直ぐ此方に歩みを進めて、楓の三メートル程手前で立ち止まった。
小さいまだ子供だ。
八歳位かな?
すっぽんぽんのぽんちゃんだ。
外国の女の子。
もちろん裸……だけど精霊仕様。
体がボーッと光ってる
髪はピンクで瞳は紫。
すんごくかわいい。
じっとわたしを見つめてる
─えっ?なになになになになになに??
女の子がみるみる成長していく。
お腹ちょぽり体型から、腰がくびれて……。
つるペタパイからちょっとでかパイに……。
足も手もどんどん伸びて……。
顔なんてお子ちゃまから少女へ
そして美少女へと変貌する
『ナニコレマジテンシ
チートチーターチーテスト』
楓が片言ニホンゴになるほど、思考がおっ付かない。
目の前の少女は
『ニンゲンヤメマシタ テンシニナリマシタ』
レベルの飛びきりの美少女だ。
美少女ももちろん裸体晒してる。
そしてリアルではない精霊仕様。
楓は自分の体付きは満更ではないと思っている。
程よいバランスでまぁバストは今後の成長に期待するとしても、プロポーションは良好。
もしここで男子に見られても、相手を赤面させ、ちょっとラッキーと思わせる位には自信がある。
─てか、あった
目の前の少女を見るまでは……。
身長は155㎝の楓とさほど変わりがない。
が、腰の位置が違う。
楓のへそとまたの間辺りに、相手の肌色ゆで卵が……。
そしてもちろん足が長い。
スラッとした脚線美。
まだ成長途中の体ながら、ウェストがきゅっと締まり、その分ヒップラインが大きく見える。
バストも楓よりは大きく、ちょっと巨乳気味かな?
もう女神だね。
降臨しちゃってるよ。
そして楓はこの娘を知っている。
アイリス・ユークラリス
乙女ゲーム【白薔薇姫】のヒロインだ。
ピンクブロンドの髪。
キラキラ煌めいてる。
瞳はバイオレット。
ホントに宝石みたい。
美しい鼻筋。
可愛い小さめな唇は薄紅。
『触ってみたい』
現実に存在するのか確かめたい。
乙女ゲームのイラストの二次元アイリスも可愛いかった。だが目の前の少女は可愛い可愛いくないのレベルを超えている。
文字通り次元が違うのだ。
「あの、わたし楓。涼風楓。
よろしくで~す。
もしも~し、ニホンゴワッカリマァスカァ~?」
アイリスはちょっと首を傾げて
「わたしはあなた」
「いやいやいや、ちゃうでぇ~、ぜんぜんちゃうでぇ~見たら判るやろ!月とミシシッピアカミミガメぐらい違うやん!」
思わず慣れない関西風に突っ込みを入れる。
反応がない。
きっとミシシッピアカミミガメを知らないのだろう
「あの~あなたはアイリスさんですよね?」
楓の問いに、繋がらない言葉が返ってくる
「ずっと待ってた」
「えっと、わたしを?」
「ええ。あなたを」
「な、な、なんで?」
「あなたは……わたしだから」
意味わかんない。
『あっアイリスってば、なりふり構わずお相手のいる殿方を口説いて虜にしちゃうようなお方だから、少し頭が沸いているのかもしれないわね』
「頭沸いてない」
早口思考がなぜかつつぬけだ。
「わたしはあなた
あなたはわたし
ふたりはひとり」
アイリスは微笑むと、両腕を楓にむけて水平にあげる
『えっ、何?なんで?』
楓の両腕も、アイリスに向けて水平に上がる。
まるで鏡だ。
彼女が一歩、歩みを進めると、楓も進む。
拒否権なしの強制執行。
お互いの手の平がふれ合う
──ひゃあ!──
思わず声をあげる
「あれ?何これ?わたしじゃないよ?変だよ?アイリス?」
手のひらを通してアイリスの人生が流れ込んでくる。
アリエルのまだ目も見えない赤ん坊の頃から、ハイハイやよちよち歩きの幼少期、少女から現在へ、様々な情報、記憶、記録が怒涛の如く押し寄せる。
二人は、手の平からふれ合い、溶け合い、今は肘のあたりまで同化し、向かい合っている。
楓とアイリス、二人距離はさらに縮まり、二の腕あたりまで同化し、胸と胸の先端がふれ合う
──ひよあ!──
快楽。感覚。味覚。聴覚。視覚。触覚。臭覚。
アイリスがその人生で経験した五感などの情報が楓の体をかき回し、駆け抜けていく。
そして、楓の人生の経験も、同じようにアイリスの身体をかき回し、駆け抜けていくのも感じる。
唇と唇がふれ合う。
女の子との初キッス。
男子とはまだない。
楓とアイリスの唇が重なり、それぞれがその人生で発した言葉が沸き上がる。
喜ぶ言葉。悲しむ言葉。恨む言葉。誰かを傷つけた言葉。誰かを幸せな気分に変えた言葉。愛情を伝えた言葉。
その余すことなく全てが、二人のなかを何千何万何億という言葉が掻き乱し、やがて虚空へ散ってゆく。
瞳と瞳がみつめあう。黒い瞳。バイオレットな瞳。4つの瞳は融合し、二つの瞳となる。
二人が人生で見てきたもの。
空。海。山。人。家。ビル。自分の裸。母の乳房。花。動物。自然。星空。
その瞳に写してきたあらゆる風景、景色、人物など全てが共有される。
耳も融合する。
風の音。波の音。虫の鳴き声。電車の音。着信音。音楽。鳴き声。囁き声。うめき声。歓喜の笑い。歌声。
楓とアイリスがその耳で聞いたあらゆる音全てが
木霊し炸裂する
脳も融合する。
二人が今まで思考してきた全てが明るみになり、魂に刻まれる。
真横から見た楓とアイリスは、お互いの体の前面が消えている。
見えているのは
頭頂から後頭部。
黒い髪。ピンクの髪。
首。
背中。
腰のくびれ。
形よいお尻。
太もも。
膝裏。
ふくらはぎ。
足首。
踵。
二人が合わさった
燭台のような芸術的な姿。
結合部の合わせ目が、直線的に輝き出す。
その真っ直ぐな光の線に残った部位が吸収されていく。
最後に二人の美少女のたおやかな臀部が吸い込まれ肉体部分は消失、やがて等身大のパネルが残る。
等身大のパネルの厚さは10㎝程、材質は透明度が高くクリスタルのよう。
縁は黄金に光輝く。
前から見ると美少女の体がすっぽりと収まっている。
二次元ビジュアル。
スマホに表示したフィギュアな感じ。
かつて楓が居たところはアイリスが、真裏のアイリスの場所には楓が、正面を向いて裸体を晒してる。
二人は背中合わせ。
背景は澄んだ青空のよう。
お互いのシルエットは見えない。
もちろん裸体は、ぼーっと全身微発光する精霊仕様。
水中に漂うかの如く、ユラユラと揺らめいている。
髪の毛も緩やかに舞っている。
二人は朧気に眼を開いていたが、瞳を閉じ、胸の前で腕を交差させ、自らの体を抱き締める。
両手先が二の腕から背中に回る。
背中にまわったはずの指先が、お互いの二の腕に現れる。楓の二の腕にはアイリスの指先が、アイリスの二の腕には楓の指先が覗いている。
お互いの指先は探るようにさするように移動し、ふれ合う。
楓とアイリス。
指先が絡み睦合う。
するとパネルは上下に心棒が通ったようにゆっくりとめくれ、回転を始める。
カードの裏表連続表示。
楓がすぎさりアイリスがあらわれ。
また楓が……アイリスが……楓……アイリス
楓。アイリス。楓。アイリス。
回転が徐々に早くなる。
楓
アイリス
楓
アイリス
楓アイリス
楓アイリス
楓アイリス楓アイリス
楓アイリス楓アイリス
楓アイリス楓アイリス楓アイリス楓アイリス
楓アイリス楓アイリス楓アイリス楓アイリス
二人の姿が重なる。
黒ピンク黒ピンク黒ピンク黒ピンク黒ピンク
もうどっちがどっちかわからない。
かえでアイリスかえでアイリス
かえでアイリスかえでアイリス
かえアイかえアイかえアイかえアイかえアイ
かえアイかえアイかえアイかえアイかえアイ
かアかアかアかアかアかアかアかアかアかアかア
かアかアかアかアかアかアかアかアかアかアかア
アかイえリでス
ふたりはもうただの一人となる
回転が更にまし、黄金の光が溢れて、天に向け光の線ができる。
暗い世界に立つ黄金の柱。
一筋の光の道。
一つの光となった楓とアイリスは、その黄金の道に沿って天に昇って消えた。
後に残ったのはただ暗い暗い暗い世界だけ。
ヒロインの名前
もともとアリエルだった。
人魚姫のパク……参考にしてさ。
でもわたしとあなたのフレーズから
(アイ)リス・(ユー)クラリス
に変更!