ロイヤルルームの泥沼
なぜか机を挟んで目の前にいるアーサー殿下。
頬杖付きながら、わたしを見ている。
─ウザイ
ある意味ポワポワダリル君よりもウザイ。
なぜなら身分が上だから、逃げ出すことも追い出すこともままならないから……。
エイミア様がわたしの顔と殿下の顔を交互に見て戸惑っている。エイミアの記憶にはこんな所で食事をする殿下を見たことがない。
そして護衛の二人は少しむくれてわたしを軽く睨んでいる。これはこんな入り口に背中を向けて食事をするのが、警備上有り得ないからだろう。
とばっちりだ。
「あの……殿下。わたくし間もなくここを去りますから……ここで食事をなさらなくても……」
「迷惑かい?」
─迷惑だわ!
とても言えない。
それに殿下。わたしが迷惑がっているの分かってて楽しんでいる。タチが悪い。
多分相性も悪いじゃないかな?
背中には他の高貴なご令嬢の皆様の視線がぶっ刺され巻くっている。これって苦情くるわよね?絶対!
「いえ。迷惑だなんてそんな……光栄です。
けれどここでは護衛のお方も落ち着かないのではありませんか?」
学園内ではこんなこともまだ言えるけども、他では不敬だよね
「ボクはね。君の保護者になったのだよ。
こうしてホントに学園生活を送れるか見守る義務がある」
─いつから保護者に?
聞いていないわ!
そりゃ保護するとは言って貰いましたけど、重いわ!
─アランだけで十分よ!
とても言えない。
きっと何を言っても暖簾に腕押し、きっとのらりくらりとかわされて泥沼の深みにはまりそう。
ホントからかっているだけ
「殿下。今わたくしまだマナーがなっておりません。
こうして食事の間もアランにテーブルマナーを学んでいる次第です。
とても殿下のお目にかけるようなことではありません。お恥ずかしいです……」
「心外だなアイリス。
何だか君はボクをここから追い出したいらしい。
以前は周りの制止にも関わらずボクに突撃したのに、ずいぶんな変わりようだね?
どうして君はそんなにボクを嫌うのかな?
訳を聞かせて貰おうか?」
にこやかに微笑みながら、恐ろしい事をいう。
嫌いな理由なら小一時間も言えるけど、ここではそれをやれば死ぬかもしれない。
それに何だか地雷を踏んでしまったらしい。
なぜこんなにわたしに粘着するのか分からないけど、きっと何か気にくわない事をわたしがやらかしたのだろう。
ここは大人しく従順に従うしか無いわね。
でも、ハーレムには入らないわ。
ここでアランが助け船
「殿下。アイリスが殿下を嫌う訳がありません。
殿下にとってはアイリスは只の伯爵令嬢ですが、目覚めたアイリスにとっては殿下は遥か雲の上の人です。
どう接して良いのか分からないだけです」
「そうか。まあ君が言うなら、それで収めよう。
それからアイリス。明日からそこのロイヤルルームで食事をとるように……ボクがテーブルマナーを教えてあげよう。じゃそういうことで……」
反論を許さず。
巨大な爆弾を投下してアーサーはロイヤルルームにきえた。わたしは放心状態でもう食事どころではない。
もう正直どうして良いのか分からない……
「アラン……」
アランは凄い難しい顔をしている。頭をブンブン回転させているのだろう。でも、出来ることと出来ないことがある。
エイミア様はわたし以上に口をあんぐり開けて固まっている
「今日これからしばらくして殿下とお会いできる。
その前にソフィア様と相談したら良いと思う」
という訳で、今日は幸いソフィア様との面会日でしたからね。
食事から一時間後。
忙しい合間を縫って長く時間をとってくださいました
「そうですか……そんなことがありましたか……困りましたね……」
ソフィア様は少し眉間に皺を寄せて、頭を抱えております
「アイリス様。申し訳ないのですが、しばらく殿下の言うとおりになさってくださいませんか?
わたくしも殿下とは長い付き合いになります。
そして恥ずかしながら、ああなった殿下を止める術は持ち合わせておりません。
下手にわたくしが動けば事態が拗れると思います。
幸いロイヤルルームはわたくしも利用出来ます。
普段はこちらの執務室まで食事を運んで貰っていましたが、明日からわたくしもロイヤルルームで食事を採ることにいたしましょう」
─諦めたわ
とやかく動けば更なる泥沼にはまるかもしれない。
ここは大人しく事態の推移を見守ることが一番だと思う
「ソフィア様のお心遣い。真に痛み入ります。
わたくしも目覚めたばかりで、どうしていいのか分かりません。もしかしたら知らず知らずのうちに、殿下を怒らせたのかもしれません」
「あまり気に病まないでアイリス様。
殿下はとても気紛れです。そのうち飽きると思いますよ。それまでの辛抱です。
それからアラン様とエイミア様。
食堂への送り迎えはお願い出来ますか?
さすがに殿下に呼ばれてもいないあなた方をロイヤルルームに入れることは出来ませんし、わたくしが殿方のアラン様を誘う訳にも参りません。
けれどお二人が送り迎えをしてくだされば、アイリス様も心強いでございましょう。
いかがでしょうか?」
アランとエイミアは快く受けてくれた。
後は殿下が飽きるのを大人しく待つだけ……。
それから五日経った。
アーサー殿下は飽きなかった。
ここはロイヤル席。
通称ロイヤルルーム。
わたしはアーサー殿下の隣で一緒に食事をしながら、テーブルマナーを学んでいる。
あの……客観的にいえば、殿下はいたって紳士で丁寧に教えてくださっています。
ハーレムに誘うようなこともありませんし、わたしの体に触れることもありません。優しくクリスタルな微笑みでわたしの至らない所を指摘して、見本を見せてくれます。
ソフィア様も少し離れた所で食事をしていますが、口出しは一切せず見守ってくださっています。
エリザベス様は初めわたしをみた時は流石に驚いた顔をしていましたが、ソフィア様と目が合うとわたしをひと睨みして後は一切無視してくれています!
エリザベス様は
『気にくわないわ!』
感を出してくれています。
あれできっとフォローしてくれているのでしょう。
『わたくしは嫌ですわ!こんなこと早くお止めになって殿下!』
とエリザベス様は言外に言ってくれていました。
─でもね……
堪えない。殿下はね。
わたしに合格もくれない。
わたしは早くこの泥沼から抜け出したくて、夜もリリに鬼になって貰ってテーブルマナーを叩き込まれていますけどね。なんか変なクセが抜けない。
楓の庶民時代のクセね。
直ぐにちょっと猫背になる。
ナイフの持ち方とかね、箸を持つみたいに挟んだりね。
もう直そうとすればする程ぐちゃぐちゃ。
殿下に優しくされればされるほど居たたまれない。
そうそうこの五日の間にひとつ大きなこと?が起こった。
ダリル君が正気に戻ったのです!




