ママごめんなさい
オーギュスト帝国第三王子
デューク・ミカエル・オーギュスト
通称《黒モブ》と言う
学園三年目途中、白薔薇学園に留学してくる。
アイリスに一目惚れしたらしく、執拗に付きまとう。
スペック的には申し分ない。
こちらも凄い美形だし、吸血鬼や魔王のようでミステリアスだし、なんか一人だけ襟がやたらたってるし、胸元半ばまではだけてるし、金髪碧眼な王太子より黒髪黒瞳な帝国第三王子の方が、日本人の楓には馴染み深い。
だがこいつは攻略対象ではないただのNPC。
モブという概念にはあてはまらないのだが、神出鬼没で何処にでも湧き出てくることから、黒モブと呼ばれている。
やたらとアイリスと攻略対象の仲を邪魔してくる。
好感度が上がるような場面に突如湧き出て、アイリスをかっさらって行く。
『いや、アイリス!あんたも抵抗しようよ!』
そう思うほどなぜかデュークにアイリスは、毎回蛇に睨まれたカエルの如くついて行く。
当然残された攻略対象推しメンとの好感度はだだ下がりする。
遭遇したら負けなのだ。
対処法ならある。
少しデュークと仲良くすると、彼からプレゼントにお揃いのネックレスが貰える。
これにはGPSのような機能がついていて、お互いの位置が丸分かりなのだ
『いや、ネックレス付けてっから、デューク来んじゃね?』
と思われるかもしれないが、貰えなくてもデュークは湧いて来る。
ちなみにサブイベントの時は現れない。
とにかく学園にいる間は、管理画面の学園地図でデュークの位置を確認し、邪魔されないようにうまく出し抜いて、推しメンとの好感度アップイベントに繋げて行くのだ。
今回の王太子告白イベントも十二分に気を配ってきた。
だが、現れた。
『もしかして王太子の『少し時間をくれないか?』に浮かれてノコノコ付いて行ったから?』
メインイベント進行中は強制で、退去や管理画面を見ることはできない。
ただ、ゲーム内時間は進行している。
王太子の問いかけに何の疑問もなく『yes』と答えて、中庭の噴水のある所まで付いて行った。
確かに告白されるにはいい雰囲気だと思う。
そのわずかな移動時間でデュークはアイリスの位置を確認し、追跡したのだろう。
あの時一旦お断りをいれて、デュークの動向をチェックすればよかったのだ。
もしこちらに向かっているなら日や場所を改めて、告白イベントをアイリスが仕切れば、デューク襲来を回避できたのではないか?
そんな疑問や推論が駆け巡る。
ただ一つはっきりしていることがある。
──詰んだ──
楓は茫然自失
口をあんぐりあけ、目は虚ろだ。
『判かってるかなデュークさん。
判かってますよねデュークさん。
これ、オートセーブっすよ。
直前やり直し利かないんすよ。
ガッデム!!!』
頭を抱える
「わたしの一週間!返せぇ~え!!」
のわああああ~と呻く
「くそったれ!暗黒王子!!!」
暗黒王子がデュークのもう一つの通り名だ。
暗黒王子と検索すれば、いの一番にデュークがくる。
最強最悪最凶のNPC
最強といえば、剣も超一流達人級でメインキャラの一人、将来の騎士団長も軽くあしらうほどの腕前だ。
真に学園最強!
そんな無駄に強いNPC
デューク・ミカエル・オーギュストが
全国の夢見る乙女&女子&自称女子たちの
《白薔薇姫となって推しメンと舞踏会》
の夢をどれほど打ち砕いてきたか?
楓も何度となく煮え湯を飲まされてきたか?
「アイリス、僕と、踊ってくれるだろう?」
画面には粋なポーズを決めて、手をさしのべるデュークの姿。
あの万人を虜にするという《氷の微笑》は、死神が死刑宣告を告げてるようにしか見えないよ!
微笑まれたら、心を鷲掴みにされるそうですけど、今、楓の心は粉々に砕けてますよ!
舞踏会で貴方と踊るって!
『絶対、死んでも、嫌ですわ!』
楓は全力で拒否ってんですけど!
なぜ『yes』選択しかでないんですか?
分かってますよ。
茜ウィキでこのまま《BAD END》に突入することは!
舞踏会でなぜか黒いドレスを着て《黒薔薇姫》として踊るんですってね?
いつの間にそんなドレス作ったのですか?
暗黒王子も黒ずくめの晴れ着で、超お似合いらしいけれど、二人並ぶと吸血鬼と魔女にしか見えないそうですね?
しかもアイリス、嬉々として踊るのでしょう?
ついさっきまで別の男を追いかけていたのに、なんという浮気者ですか?
今時の女子でも、もう少し貞操観念ありますわ。
運営鬼畜すぎ!
こんどアプリにするそうですが、この仕様受け継ぐんですか?
せめて、オートセーブやめません?
もうデューク、リストラでいいでしょう?
台所をはい回るGのごとく潰しても潰しても、ヒロインに絡んでくるしつこさ!
デューク推しの鬼女は、この悪魔と踊りたくて
《BAD END》ループするそうですが、楓は一度たりとも無理ですわ。
よって、秘技を使います
リィセェェェェッッッット
悟りの半眼でゲーム本体電源OFF
ふぅ~
深呼吸
「落ち着け、落ち着け、わたし」
もう一度深呼吸
「落ち着け、落ち着け、落ち着けるっかってぇのぉ!」
オンノリャアアアアア!!!
叫ぶ楓!
ウンナラァアアアアア!!!
ボブカットをもみくちゃにし、天パ仕様にする。
椅子の背もたれにおっかかる。
精一杯張った胸が哀愁を誘う。
椅子の前脚宙ぶらりん、後ろ脚に全体重を預けて、両足を精一杯伸ばして踏ん張っている。
「デューク!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇデューク!」
小刻みに椅子を前後に揺らしリズミカルに『死ね』を連発する。
そして、ぽそっと呟く
「……………………死にたい」
刹那、椅子の後ろ脚がずれる。
「えっ?えっ?えっ?えっ?」
今、椅子の後ろ脚だけの絶妙なバランスで成り立っている。
楓は両足をピンと伸ばし、両腕もめいいっぱい伸ばしている。
どちらも床から浮いていた。
真横から見れば、平仮名の《く》の字状態。
かろうじて足の親指の先が、机の裏に引っ掛かっている。
「がんばれ!がんばれわたし!」
ここが楓の生命線。
このとっかかりを起点に体を起こそうと、足の親指に渾身の力をこめる。
スルッ
爪で滑って机から外れ、ダメな方へ落下し始める
「ちょっ、ま、待って!うそ、うそ、嘘嘘嘘嘘嘘嘘!
死にたくないです!まっ、えっ、死ね!いいません!
デューク様愛してまぁ~~~~~~」
じたばたして僅かに保った均衡も崩れ、加速度的に頭部から床へ
ゴンッ
嫌な音
ベットの昇降の為に設置してある、木のブロック。
その角へ後頭部が直撃。
『ヤバ……マジしぬわ』
ブロックに頭を載せたまま、床との段差15㎝へ肩から下が激しくぶつかる
ボギッ
もっと嫌な音
首が折れたの?
体が動かない
麻痺してるみたい
呼吸もできない
声も出せない
ただ苦しい
苦しい
苦しい
苦しい
苦しい
苦しい
死にたくない
寒い
寒い
寒い
暗い
真っ暗だよ
なにも見えないよ
怖いよ
こわいよ
すんごくこわいよ
死にたくないよ
ママごめんなさい
楓の意識はプツリと切れた