アーサー
『なんでこうなった?』
楓はそう嘆かざるをえない。
今はソフィア様を大将に従者を引き連れ、護衛の赤薔薇四名に守られながら騎士赤薔薇寮棟から白薔薇学園本棟へと向かっているのです。
で、アイリスは従者リリと共にそのゾロゾロの一員と化しているわ。
思えば昨日8月30日の午後に白薔薇学園の寮のある赤薔薇棟に到着。与えられた無駄に豪華な自室でリリとララを攻略し、まったりする予定だったのに……。
だけど赤薔薇棟のボスソフィア様に秘密のお茶会に招かれ、そこにはダブルスボスの一角、エリザベス様もおられた。そしてアリスの暴走により、次の日つまりは本日8月31日のお茶会に強制参加することとなってしまった。
ホントは今日のお茶会は欠席の予定であったし、リリやララと[白薔薇学園攻略の戦略を練る]という名目のゆったりティータイムリを楽しむつもりだったのにさ!
ただ今回のお茶会はダブルボスの気遣いであり、結果的にアイリスに良いように進んだのではないかな?
でもさ。ここで王太子と会うイベントぶっ込むことないじゃん!と思う訳。
『どうせ9月2日にアランと共に会うのに』
……と思うけど、とても言えない。
もうソフィア様に一目会ったときに、負け犬のように耳を垂れ、しっぽくるくる丸めた完全服従のイリス楓だからさ。諦めてるけどね。
せめて明日9月1日に入学式は何事もないといいわ!
在校生は入学生の親族や関係者以外出席することないしね、ゆっくりしたいよ。
こうしてぐちぐち頭の中でぐちって不安を沈めてる。
そうこうするうちに白薔薇棟と赤薔薇棟を繋ぐ廊下のある部屋に着いたわ。
例えば上から眺めるとすると中央の建物が白薔薇学園本棟ね。
東側は貴族男子寮の青薔薇棟。
西側は貴族女子寮の赤薔薇棟。
北側は平民男女の寮である黄薔薇寮になるの。
それぞれ白薔薇学園棟に繋がっている連結廊下があるの。しかも廊下も寮棟と同じ四階建て。連結廊下の出入り口は部屋になっているわ。
例えば貴族女子寮の赤薔薇棟には赤薔薇騎士がいるのだけど、連結廊下を挟んで白薔薇学園側の部屋にも赤薔薇騎士が控えているの。
階段部屋と同じように扉の前には赤薔薇騎士のお姉様が格好良く直立不動しておるよ。
護衛の赤薔薇騎士が扉を開け部屋の中で待機。
ソフィア様とわたしは椅子に招かれ座ります。
すぐさま紅茶とお菓子が運ばれて来た。事前に報告受けて準備していたかな?
ソフィア様は優雅にこの部屋の主の如く寛いでおいでです。アイリスは皆にほわほわアホのように微笑んだよ。
5分ほどして廊下の扉も開き、護衛騎士二名と共に皆で連結廊下を進み、そして奥の扉の前に着いた。
この扉の向こう側はいよいよ白薔薇学園本棟になるぞ。扉脇の小窓が開き、騎士のお姉様が顔を覗かせ人物の確認をすると、扉が開かれた。
ここもお部屋、通称廊下部屋です。
赤薔薇棟との連絡通路及び廊下部屋の護衛は、女性の騎士が担うよ。
そして扉が開かれ、赤薔薇騎士二名の護衛と共にソフィア様一行は進む。
白薔薇棟は五階建て。一階は食堂や職員室などの公共施設が多く、二階はクラスや各教室。三階も理解室などの各部屋が多い。四階は貴族関係者が学ぶ専門的な部屋が多く、生徒会室もここにある。五階は上級貴族の各執務室等がある。
で、アーサー殿下がいる王太子執務室は五階にある。
四階から五階の階段には白薔薇騎士が控えているわ。
下級貴族は紹介状がないと四~五階へは上がれない。
学園だからね、あまり警備が物々しいとちょっと落ち着かないけど、五階は流石に王族や上級貴族が集まるからそこかしこに白薔薇騎士がいるわ。
そして王太子執務室に着いた。
コンコンノックで従者が出て来て、部屋の中に案内された。
─いたわこいつ
王太子
アーサー・ジュエリク・フォラリス
白薔薇学園の全学園生のトップ。
生徒会長。
将来の国王。
美男子。
モテモテ。
─くそったれ
ご免なさい。私見が思わず入ってしまいました!
でもさ。凄まじく王子様だよね。
金髪碧眼超絶美形クリスタル。
髪はさ、ホント金!黄金で煌めいているし、顔が小さい。大理石の彫像のよう。
醸し出すオーラが王族感ハンパないし、動きが洗練されて美しい。
─でもキライ
たぶん乙女ゲームのせいだとおもうけど、偏見入りまくっているからかもしれないけど、なんか腹立つ。
対個人用聖女の微笑みする気満々だったけど、無理だわ。とりあえずほわほわ笑っとこう。
「やあ。アイリス。本当だ。ずいぶんと雰囲気変わったね」
あなたは乙女ゲームそのままですわね
「この度はお招き頂き有り難うございます。殿下にお会いできて嬉しく存じます」
会いたくないけどね。挨拶おわったからもう帰ってもいいかな?
「まあ。堅苦しい挨拶はそれくらいにして、寛いでくれたまえ」
執務室の長テーブルの奥のご立派な椅子に座り、足を組んでふんぞり返ってアイリスに着座を促す。
ソフィア様は当たり前のようにもう殿下の近くの、これまたご立派な椅子にお座りあそばれておりまする。
アイリスが席に着くと、殿下はパチンと指を鳴らす。
その姿が憎々しいほど、板についている。
それを合図に紅茶が運ばれる。給仕のメイドは女の人だ。綺麗なお姉様。
お菓子もなんだか豪華だ。
アリスが精霊界にいっていてよかった。絶対食うわ。
「ソフィアから、話は聞かせて貰ったよ。
まあ、僕は以前の君でも一向に構わないのだが、面白かったしね。
で、アイリス嬢。君は一体何者だい?
アリスなのか?イリスなのか?アイリスなのか?はたまた別のナニカか?」
殿下は興味深そうに前屈みになって、アイリスを見つめる。
アランから王太子にも手紙がいっている筈だから、別に会わなくても良いのに、きっとただの興味本位でからかってる。たちが悪い。
「殿下。あまりアイリス様をおからかいになっては、可愛そうですよ。まだ今のイリス様が生まれて半月程しか経って居ないのですから……」
ソフィア様が助けてくれた
「赤ん坊にしてはずいぶんと大きいが、僕の見間違いかな?さてと……アイリス嬢。僕の質問にまだ答えていないようだが、何か気に障ることでも言ったかな?」
「いいえ。殿下。滅相もございません。
わたしもどのように答えたら良いのか、少し迷ってしまって……。
事故で強打して昏睡状態より目覚めた時、すでにこの人格イリスが生まれていました。
ただ自分が紛れもなくアイリスであることは分かっておりました。
そして以前のまま変わらぬアリスもいることも、同じように分かっていました。
わたし自身が実は一番面喰らっております。わたしは一体何者なのか?果たしてわたしはいつまでイリスでいられるのか?突然現れたように、もしかしたら突然消え去ってしまうのではないか?
もし消えれば、いまのイリスたるわたしは一体どうなってしまうのか?
不安で毎日眠りの浅い夜を過ごしております」
嘘も方便。昨日は眠れなかったけど、大体は爆睡してますわ!でも、わたしの友達を辿れば知り合いには演劇部がいるでしょうから、今はその演技力に頼って空っぽの台詞を吐いております。
そして素晴らしい大根役者の演技力を駆使して、両手で大きな胸を抑えて顔を伏せ目に涙をためて
ふぅ~~っ
小さく吐息を吐き出してみました
「まあ、アイリス様。もう宜しくてよ。
殿下も少しお戯れが過ぎます。いたいけなご令嬢を悲しませてはいけませんことよ」
あら、釣れたのはソフィア様の方でしたか?
「すまないアイリス嬢。少しからかいが過ぎた。許されよ。これから僕も君を保護することにしよう」
「いいえ。殿下が謝ることなど何一つございません。わたしも貴族でありながらはしたなく涙をこぼすなんて……。ただ殿下がそのようにわたしを気に掛けてくださるたけで、心が潤います」
保護するなんて、あのハーレムの一員にでも加えるおつもりですか?
まっぴらごめん被りまする
「どれ。アイリス嬢。君にお詫びをせねば」
「いいえ殿下。先の御言葉でじゅうぶんでございます」
「そうもいくまい」
殿下は立ち上がり、おもむろにアイリスの傍へ行った。
アイリスは立ち上がろうとするが、それを制し、身を屈め美少女のバイオレットの瞳を覗き見た。
アイリスは微動だにせず、殿下を見詰め返す。
ふっ
アーサーは微笑むとアイリスの顎先を右手指先で摘まんで、くいっと軽く持ち上げた。
そして……その薄紅の可憐な唇に……
──口づけをした──
アイリスはされるがまま。
抵抗もうっとりもせず、ただただされるがまま
「殿下……アイリス様が困っておいでです。
お戯れはそこまでに……」
フィアンセの言葉に唇を外すと
「これで、お詫びになるかな?」
アイリスは顔を赤らめて俯き、瞳を閉じ、下唇を噛み、さらにもっと顔を赤らめた
「はい殿下……一生の……良い思い出になりました……」
「なら良かった」
アーサーはまた自分の席でふんぞり返る。
それからたわいのない、内容のない、空虚な時間をつい費やし、しばらくして面会は終了となった。
また行きと同じように赤薔薇騎士に護衛され、ソフィア様御一行は帰途についた。
そして赤薔薇棟へ帰り、そこで解散となった。
そこまで形式的なやり取り以外、誰も一言も発しなかった。
去り際
「ソフィア様。この度はお気遣い頂き有り難うございました。わたし……その……先ほどの……」
ソフィア様はなんだか歯切れの悪いアイリスをハグした。その耳元で誰にも聞こえない声で囁いた
「わかっております。気になさらないで……殿下の悪い癖です。それと……あなたとは良き友人になれそうな気がいたします……」
その言葉を聞きアイリスはぷるぷる震え出す
「ご免なさい……言葉通りでしてよ……貴族の隠語ではございません……その……わたしくしのために怒ってくださり……ありがとう……」
ソフィア様はアイリスと離れると、彼女へ向けて天上の女神の微笑みを向けた
☆☆☆
アーサーは豪華な椅子のひじ掛けに肘をつき、座っていた。
肘をついた右手の中指と人差し指は揃えて、こめかみに触れている。
そこへ扉から一人の令嬢が入ってきた。
紫の髪の顔立ちが派手な美女だ
「殿下。なぜそのような恐ろしいお顔をなさっておいでです?」
そういうやいなや、アーサーの左側に回り垂れかかった
「カミラ。お見通しだな」
アーサーはカミラと目も合わせず、冷たい顔で言った
「ピンクの君に振られまして?」
「うるさい」
「あら。図星ね」
カミラは殿下の唇を塞いだ
「あのアイリスをどうするおつもり?」
カミラを睨み付けた美男子は
「さて……どうしようか……」
呟き、その彫像のような調った顔の唇の端を冷たく歪めさらに言葉を吐き出した
「───食べちゃおうかな───」




