甘いお菓子の白薔薇学園
アリスの素晴らしい自己紹介を受けられたエリザベス様は、その吸血鬼のような笑顔をさらに凶悪に致しました
「アイリス様。良くお出来になられました。では、お約束のお菓子を差し上げますわ」
手元にある鈴をチロチロ鳴らすと給仕の皆様が、ゴロゴロとカートを押して会場に入られ、ご令嬢の方々にお菓子を盛られたプレートを一枚づつ置かれました。
「まあ」
「なんてすてき!」
「きれいですわ!」
周りで黄色く甘い歓声があがります。
プレートには赤薔薇棟をモチーフにした赤いケーキ。周りには小さな色とりどりのマカロンやチョコクリーム、クッキーなど、可愛らしく飾ってあります。細い飴の棒には、シロップ漬けの果物が刺さっております。
そして
アイリスのだけ特別製です。
赤薔薇棟ケーキの隣には一回り大きな白薔薇学園のケーキがございます。それは砂糖シロップとホワイトチョコレートでコーティングされております。
マカロンも大きく特別製。中にクリームがはいっております。クッキーにはチョコクリームがポコっと載っています。食べやすいように一口サイズです。
アリスがこぼさないように、配慮なされたようです。
「わあ~~~」
アリスが腕を組んでうるうるキラキラしております。
基本的に我慢の出来ないアリスですが、感動でうち震えております
─なんということでしょう!
エリザベス様。楓よりもアリスの扱いが堂に入っております。貴族として人を使い慣れたもののスキルでしょうか、あのアリスが掌でコロコロと転がされております
「べてぃちゃん!これ全部アリスが食べていいの?」
「ええ、わたくしべてぃとそふぃがアリスちゃんの為に考案したものでごさいましてよ。さあ、召し上がれ。
皆様もお上品にナイフやフォークなどをお使いにならずとも、摘まめるものは詰まんで結構でしてよ。このように」
エリザベス様は赤いマカロンを摘まむと、その唇が赤いお口に入れられました。マカロンが肉片に見えたのはわたしだけでしょうか?
それを合図にご令嬢の皆様が、キャピキャピしながら甘いお菓子に舌鼓をうっておられます。
このところブランデー入りのケーキとか、レーズンパイとか、甘さ控え目の色合いの地味なお菓子が続いておりました。
それはきっとこの甘く色鮮やかなお菓子を、より一層楽しく魅せるための演出だったのでしょう!
そしてアリスが途中で現れて暴走しない為に、わざと大人が食べるようなお菓子を続かせたのかもしれません。
そう思うと、べて……エリザベス様とソフィア様の心使いがありがたく感じられるのです。
そしてアリスのターンでございます。
「いっただっきま~~す!」
☆
たぶんこれは楓の記憶から引っ張り出してきた言葉。
この異世界の貴族社会では、頂きますもご馳走様もない。楓も云いたくても誰も言わないから遠慮していた
─だけどアリスは当たり前に使うのよ!
まるで楓の気持ちを代弁しているかのよう!
☆
話はそれちゃいましたが、いよいよアリス暴走特急が走り出しました。
「あま~~~い!」
マカロン。クッキー。手当たり次第に口に入れてモゴモゴするのでごさいます。
アリスのところにはいつの間にか果実ジュースが用意されてまして、グビグビと流し込んでおります。
ぷはー
オヤジ炸裂し
「おかわりぃ!」
ジュースを催促
今度は赤薔薇棟ケーキを崩壊させます。
折角食べやすいように、秘かにカットしていてくれたいたのに、法則をぶち破り口から赤薔薇棟が半分はみ出ております。
先ずは向かいの侯爵令嬢のお方々が、ポカンと口をあけてアイリスを見ております。
それに釣られて下座のご令嬢方もアイリスを見やり、呆気にとらわれております。
楓には最早見慣れた光景ではありますが、まあ妙齢のお嬢様としてはあり得ない行動に戸惑っておいでです。
いや先ほどの楓アイリスの大人しい姿からの急変に、ついてこれていない感じがいたします。
アリスは皆様の熱い視線に気付き、手を振っておいでです
─ホント止めてくださる?
べてぃちゃんとそふぃちゃんが、手を振り返しております。
わたし見てはいけないものを見ている気分でございます。
アリスはボスふたりに答えるように口を大きく開け、そこへ手のひらで赤薔薇棟を押し込みました。
モゴモゴ頬袋がハムスターになりました
パチパチパチパチパチパチパチパチ
赤薔薇棟のボスふたりが、楽しそうに拍手しております
『アリスあんたやっぱりアホだわ』
そしてこんどは白薔薇棟が見事崩壊していきます。両手使いでひたすら食ってはジュースを飲んで流し込みを繰り返しました。
甘い白薔薇学園はこの世から消滅致しました。
それを周りのお嬢様方は異界の者を見るような顔でガン見しております。
そしてアリスは粗方食べ終わり、リリに手を拭いて貰っております
「べてぃちゃん!そふぃちゃん!ありがとー!すっごく美味しかったし、すんごく楽しかった!
こんどゆっくりおはなししよーね!」
「どういたしまして」
「ええ、今度はゆっくりお話致しましょう。次お会い出来るのを心待ちにしておりますわ」
ソフィア様とエリザベス様はにこやかに挨拶を返しております。エリザベス様。その顔ヤッパリこわいですわ!
「ではみなみなさま。アリスさがりまする。よていがつまっておりますれば。イリス。あとはまかせたぞよ。
では!サラバでごさる!」
記憶のどこからか拾ってきた言葉を最後に、アリスは綺麗サッパリ消え去ったのでごさいます。
心にアリスの気配がないので、たぶんそのまま精霊界へ行ったのでしょう。
わたしは何事もなかったような佇まいで、特製エンジェルスマイルを振り撒きました。
鏡を見ながらせっせと練習したからね、破壊力が増したと思うぞよ。
証拠に、また急変したアイリスにお茶会の面々は、給仕やご令嬢お付きの従者も含めてポケーと間抜けなお面を晒しておいでです。
ふっ先手必勝!驚かせた者が勝つのです
『それにしてもアリス。
あんた良くやったよ、秘密の会合でソフィア様やエリザベス様と打ち合わせしたものね。
甘いお菓子が出るまで我慢すること。ちゃんとご挨拶すること。アリスとイリスの名前を出すこと。
これこそ良く出来ました』
そして人格がイリスに戻ったら御淑やかに振る舞うこと。
後は公爵令嬢のお二方にお任せする。
ということを決めたのでございます。
で、ソフィア様立ち上がりました
「皆様。アイリス様の今の佇まいをご覧になり、先ほどお菓子を召し上がられた方と同じに見えますでしょうか?」
問いかけられたご令嬢の皆様は、一様に否定しました。
今は別人のようだと騒がれております。
ソフィア様はここでアイリスの伯爵邸での事故のこと、頭を強打し意識不明になったこと、目覚めたら新たな人格というよりも、普通に心が成長したアイリスが生まれたこと。
どちらも間違いなくアイリスであるが、以前の小さな子供のようなアイリスはアリス。そして今の人格がイリスと呼び分けていることを話した。
そして学園では分けて呼ぶのではなく、アイリスと呼ぶことも決めたのです。
さらにほとんどイリスであるが、アリスはコントロール不能でいつ何時出るのかわからないので、以前のような保護対象であり、王命の『学園在学中はアイリスの如何なる無礼も不問に処す』ことは生きてること。
そしてソフィア・ローレンスとエリザベス・テイラムが学園でアイリスを加護することが伝えてられました。
この公爵令嬢のふたりの連名での申し送りに、ここにいる誰も異を唱えることはおできになりませんでした。
それからエリザベス様が
「アイリス様。 これからの学園生活にあたって、いくつか訊ねたき儀がございます。宜しいでしょうか?」
「もちろんでございます。何なりとお訊ねください」
怖くて、断れる訳ないのでございますことよ
「アイリス様。以前のあなた様は幾人かの殿方に御執心でございましたが、その気持ちは今もお変わりありませんか?」
「いいえエリザベス様。わたしイリスはアーサー殿下初め七人の殿方に対して、あのような行動を取ることはございません」
イリスは説明した。
これからの学園生活はイリスが主体になること。
イリスは弟のアランと行動を共にすることはあっても、他の六人の殿方へは挨拶を除き、こちらから接触することはないこと。
そして周りの皆様を無視するようなことはないこと。
アリスは以前七人の殿方しか顔が判からなかったこと。今はアリスも皆様の顔は認識できるので、以前のような振る舞いはしないであろうこと。
ただイリスはアリスをコントロールできないので、予想外の行動に出ることもあること。
アリスは基本的に子供であり、物事を覚えるのが苦手で、皆様に今までのような不快な思いをさせることも有るかもしれないこと。
もしアリスの行動が目に余るようなら、イリスに報告すればイリスが謝罪すること。
そこへエリザベス様が割り込まれました
「謝罪は不要と存じます。『アイリス様が起こした如何なる無礼も不当に処す』との王命がございます。もしイリス様ではなく、アリス様の行動に不満ございましたらわたくしにご報告くださいませ。わたくし、子供のようなアリス様の保護者のつもりでおりますの。
場合によってはわたくしが謝罪いたします」
エリザベス様はそう告げられると、ギロリと周囲を睨み付けられたのでごさいます。
禍々しい毒々しい紫のオーラが立ち上ったような、目の錯覚に陥りました。
ご令嬢の皆様も、その迫力の重圧に圧し潰れそうなお顔をしております
「わたくしもエリザベス様に同じ考えでございます。
もしイリス様の状態ではなく、明らかにアリス様の時の行動ご不満がございましたら、わたくしにもご報告くださいませんか?
わたくしソフィアも謝罪の用意はございます。
そしてそのこと、あなた方のお友達にもお知らせ願いますでしょうか?」
ここにいる上級貴族のご令嬢の皆様に、取り巻き達にも周知徹底しろと暗におっしゃっております。
赤薔薇棟のボスふたりに逆らえる面子は、ここにはおられません。
もしアリスのことを告げ口しようものなら
〈公爵令嬢ふたりに謝罪される〉という、世にも恐ろしきリンチが待っております。
このフォラリス王国において公爵家は準王族的なカテゴリーにはいっております。王族ほどの特権はありませんが、ここにいる上級貴族のご令嬢からすれば王族と何ら代わることはございません。
その公爵家の人間に頭を下げさせるような事を娘が仕出かしたら、そのご令嬢の実家のご貴族家はなんと申し開きすれば宜しいのでしょうか?
『アイリスをイジメたりするなよ!おら!
そんな事すればあたしらが許さないわよ!』
お二人の想いがひしひしと伝わってきます。
これでアイリスの身の安全は確保され、心の安寧も約束とまでは行かなくともだいぶ楽になること受け合いでございます。
ただ……過ぎたるは猶及ばざるが如し……周囲のご令嬢方の視線が痛うございます。
『アイリスだけ、特別扱いだものね、わかるよ』
今度はエリザベス様がイリスを睨み付けました。
『はて?何かわたしいたしました?』
「アイリス様。いいえイリス様にお訊ねいたします。
何かご不満があるようにお見受けいたしますが……」
ご不満など、死んでもございません
「もしや、今までのこと謝罪したいと思われておられるのでしょうか?
そうですね……これでは気持ちも収まらない方もおられることでしょうから……。
どうでしょうアイリス様。この場を借りて学園生活の二年間のこと謝罪なさってはいかがかしら?」
ああエリザベス様。助け舟をお出しになられたのですね。これではご令嬢の皆々様の不満だけが残りますものね……。
アイリスがきちんと頭を下げて、御不満を持つ皆様の溜飲を下げさせるおつもりでおっしゃられたのですね。
有り難くこの場をお借りします。
アイリスは立ち上がりました
「エリザベス様。お心遣いに感謝いたします。
わたしアイリスは全てではありませんが、以前の記憶もごさいます。そして、皆様へ多大なるご迷惑とご不快な思いをさせてしまったという忸怩たる想いもごさいます。
わたしが謝罪することによって、今までのことを水に流すことはできかねないとはぞんじますが、それでも謝罪させていただきます。
わたしアイリス・ユークラリスは皆様に謝罪いたします」
アイリスは頭を深々と下げて
「大変申し訳ありませんでした」
そして下げ続けました。
貴族は基本頭を下げません。
謝罪の言葉だけでも十分です。
それが臆面もなくずっと頭を下げているのです。
三分ほども経ったでしょうか?
「もう宜しくてよアイリス様。わたくしエリザベスの気も収まりました。謝罪を受け入れましょう」
「もう頭をおあげくださいアイリス様。わたくしソフィアも今までのことは水に流しましょう」
ボスふたりの『許す』発言で、この場は収まりました。誰も逆らえませんからね。
それにここだけの話ですけれど、ソフィア様もエリザベス様もアリスに悪感情を一切抱いておりませんよ。
むしろ可愛らしいと思っていたようです。
アイリスに向ける悪意の眼差しは、幾分和らいだようです。あれだけ頭を下げ続けられては、さすがにアイリスの真意も通ずると言うものです。
こうしてお茶会は再開し、暫く歓談した後お開きとなりました。
アイリスはイリスの時も王命は生きてるがそれに甘えることなく、伯爵令嬢として白薔薇学園生という誇りももって日々を過ごすようにと、皆様の前で釘をさされました。
わたしはもとよりそのつもりでボスにもその旨を伝えてあったので、これは別に
『アイリスだけ特別扱いしているわけではないから勘違いしないように』という他のご令嬢へ向けての気遣いですね。
そしてなぜかアイリスだけ今後のことでお話があるからと、現場に残されました。
─はて。なんじゃろか?
ご令嬢の皆様が退場されたタイミングで、ソフィア様からにこやかな笑顔を向けられました。
花が咲き乱れるような素敵な笑顔でございますが、貴族の笑顔ほど怖いものもないと庶民楓は思うのでございます。
─嫌な予感しかございません
「アイリス様。今からなにかしらご予定がございまして?」
「いいえ。特にはございません」
ソフィア様はさらに笑顔を咲き誇られ
「それはようございます。今からわたくしに少し御時間を頂けて?」
「はい。ソフィア様の御心のままに……」
ソフィア様はアイリスの手をお取りになり、しっかりと見つめてお言いになりました
「では、今からわたくしと行きましょう。昨日のお茶会の後お会いできる機会がごさいまして、アイリス様のご症状をお話し致しましたら、ぜひお会いしたいとお言葉をいただきました」
─どこへ?誰とあうの?
「白薔薇棟までご足労願っても宜しくて?ここではお会いできませんもの」
「はい。何処へなりともついて参ります」
ソフィア様は嬉しそうに破顔いたしまして
「では、今からまいりましょう!
王太子アーサー殿下のところへ!」
「…………えっ?」
わたしは固まりました。
ホントもう帰りたい。




