そふぃとべてぃさま
アイリス達は四階の階段を上りきり扉のある踊場で待機。
護衛の赤薔薇騎士がコンコンと扉を叩く。
扉の小窓が開き女の人が顔を覗かせ、アイリス達を鋭い目で確認し扉を開けた。
其処は四階層の先程よりも豪華な階段部屋。調度品も豪華になっている。護衛してくれた赤薔薇騎士は戻った。
そして扉は閉められ、階段は見えなくなった。
この部屋にも赤薔薇騎士が6名いた。
階段扉と出入口の扉の左右にふたりづつ。残りふたりは近くで待機している。
それにしても、ものものしい。階層一つ上がるにもいちいち大袈裟。
ここは寮で寝室があるからね。血の継承が絶対の貴族にとって不純物が入らないように守っているのは分かるけど、庶民楓にはどうしても馴染めない。
赤薔薇騎士が動くたび鎧がガシャガシャ鳴り、鞘に収まっているとはいえ、剣がちらつくのは緊張する。
なんか悪いことしてないのに警察官を見ると、ちょっと挙動不審になる感じ。
日本時代も制服で茜と手を繋いでキャピキャピしていても、警官が向こう側から歩いて来るのを視認すると、楓と茜はふたりして笑顔を消し真顔になって、空いた手をびしっびしっと振って通りすぎるまで、なんかガチガチしていた。
アリスは全然平気だし、赤薔薇騎士なんて空気みたいだった。御貴族様ってみんなそんな感じかな?
そうこうするうちに出入口の扉が開き、護衛の騎士を先導に廊下に出る。
廊下側の出入口の左右にも赤薔薇騎士のお姉様方がいた。ただこちらの階層の赤薔薇騎士は皆20歳を越えているようで、熟練した安心感がある。
護衛赤薔薇騎士。ソフィア様の従者。アイリス。リリの順番で廊下を歩く。
ここは最上階。そして天井までの高さが他の階層の1.5倍くらいあり、解放的で豪華だ。
そして驚きは、廊下にレッドカーペットが敷き詰められている。光源のランプ一つとっても金ぴかだし、異空間だ。
わたしは目の前を歩く従者の、薄い金色のブロンド髪の後ろ姿を見ている。このソフィア様の従者はシンシアさん。25歳位の凄く綺麗で落ち着いた人。雰囲気がリリと似ているから、きっと侍女なんだと思う。
楓はどうしてもこんな物腰の洗練されたお姉様を見ると、劣等感に苛まされてしまう。
未だにテーブルマナーも合格を貰っていないしね。
見た目チートなアイリスは、楓のアイリスは、第三者から見てどんな感じだろ?
『わたし。ちゃんとご令嬢してるかな?』
不安になってしまう。まぁ要するにお嬢様であることに自信がないのだ。
そしてある扉の前に着いた。
シンシアさんが扉脇にある飾りのついた紐をひっばる
♪タリラリラリラ~♪
とメロディーが流れる。紐を引っ張るとオルゴールがなる仕組みみたい。
紐の隣の壁の小窓が開き、これも綺麗なお姉様が顔を覗かせる。皆の顔を一人一人しっかり確認すると小窓が締まり、扉が開いた。
アイリスたちが部屋にはいると護衛騎士は玄関の扉を締めた。扉前で待機するみたい。
侍女ふたりに出迎えられ今度は居間の扉が開かれた。
─なんじゃこりゃ?
楓が驚く。部屋の豪奢さが半端ない。
─ここって寮だよね?
アイリスのあてがわれた部屋も無駄に豪華と思ったけど、ランクが違う。
調度品ひとつとっても洗練されていて
『高いわこれわ』って直ぐ分かる。
それにもちろん床はカーペットが敷き詰められている
そして……ラスボスがいた
「お待ちしておりましたわ。アイリス様。さあこちらへどうぞ」
白地に金で装飾されたテーブルの向こう側に、ラスボスソフィアが大天使の微笑みで待ち構えている。
──負けた──
人が違う。格が違う。なんていうかもう同じ空気吸っちゃダメなレベル。
犬がね、初対面でボスに服従するってあるでしょ?
耳垂れてしっぽが丸まって、もう貴方に逆らいませんって?
─今のわたしあれ
もうコーラ買って来いって命令されれば、ダッシュでコンビニまで直行するわ。
ここにはコーラもコンビニもないけどね……
ソフィア・ローレンス公爵令嬢
言わずと知れた白薔薇学園の白百合。
王太子アーサー・ジュエルク・フォラリス様の婚約者であり、この赤薔薇棟の女子学園生の代表でもある。
生徒会では副会長もつとめている。
髪は白銀の絹糸
美を結集した容姿
瞳は清く澄んだ泉
白雪のような肌にほわっと赤く染まる頬
形良い唇も赤く思わずキスしたくなっちゃう
キャラのゲーム内データでは、プラチナブロンドの髪で瞳はサファイアとあり、全くもってそのとおりなのだか、それだけで表現するのは勿体ないほどに美しい。
憧れのお姉様だったから、楓はミーハー的に
『もう死んでもいい』とガチで思ってしまった。
アイリスのよりも濃い水色のドレスを着こなしている。肩から絹のショールを掛けているので、色合いが凄く柔らかく感じる。ドレスもヒダが多く流れる水のよう。
水の女神様だね。
─で、その……隣のお方はもしかして?
わたし。びびりました。
ソフィア様の隣に、金髪のお姉様がいらっしゃります。
金髪が見事に巻いてます。
巻いて巻いてドリルのように巻きまくっています。
金髪碧眼
こちらも白雪のような肌
真紅の唇
赤いドレス
堂々とした佇まい
胸をビシッと張り、背中には鋼鉄の芯棒が通っているかのように背筋をピンと伸ばしている。
赤薔薇棟もう一人のボス
エリザベス・テイラム公爵令嬢
第二王子の婚約者。
ゲームの第二王子攻略パートでは、壁の如く山の如く立ちはだかりアイリスを虐めぬく
─悪役令嬢!
ソフィア様でも手一杯過ぎて溢れにこぼれて、むしろこぼれた方が多いみたいになっているのに、ここへ悪役令嬢が加わったら……わたしにどうしろと?
もはやしっぽを巻いて逃げるしかないわね?
─逃げる?その手があったか!
「あの……お嬢様」
リリに促されて我に帰る。
逃げても同じ籠の中だものね。
覚悟を決めるか
「ソフィア様。この度はお招きいただきまして、とても光栄でございます」
「まあ!」
ソフィア様が嬉しそうに驚いた
「アイリス様のその可愛らしいお口から、そのようなお言葉を聞けるなんて!夢にも思いませんでしたわ。
エリザベス様もそう思わなくて?」
「そうですわね。長生きするものですわ。
ずいぶん雰囲気も変わられましたねアイリス様」
エリザベスがスッと視線を向ける。
「エリザベス様にもお会いできまして、たいへん嬉しく存じます」
「ごきげんよう。アイリス様」
「さあ、どうぞ御掛けになって」
ソフィア様に促されアイリスは着座する。
─うっ!イリス胃が痛い
「ところで……アラン様より今の病状のことは手紙で知りました。アイリス様が頭部を強打し昏睡状態に陥り、目覚めたらそのようになっていたと書いてありましたが、間違いないでしょうか?」
「はい。間違いございません」
アイリスはソフィア様の問いに答える
「では、時々以前の人格に戻られることもあり、それはコントロールできないというのも、本当でしょうか?」
「はい。本当です。わたしのこの人格ではコントロール出来ません。発作のようなものでいつ?どこで?入れ替わるのかも予想出来ません」
「なるほどね~」
ソフィア様は少し思考すると、続けた
「実は私達二人は、王命によりアイリス様の加護を任されております。加護というよりは保護かしら?
『気に掛けてくれ』という感じですが、私達は保護者のような気持ちでおりました。
ですから学園に通われる前に、今のアイリス様の症状を知りたいと思い、お呼びしました。
ご迷惑ではありませんか?」
「いいえとんでもございません。わたしもこの人格が目覚めたばかりで、正直どうしていいのか分かりません。
このようにソフィア様にお気遣い頂き、とても心強く感じております」
自分でも思うが、よくこれだけツラツラしゃあしゃあと言葉が出てくるもんだ。
それから紅茶と高級なお菓子を楽しみながら、当たり障りのない会話を交わして、なんとなくお開きのような感じになった
エリザベス様がふと
「以前のアイリス様の人格が出る時、兆候のようなものはございますか?」
とおっしゃられ
「兆候はごさいませんが、マカロンのようなカラフルなお菓子や、好物のチョコなどの見るからに甘いのが目の前に運ばれると、我慢できずにでてくるようです」
それを聞いたソフィア様がお付きの人に何やら指示を出し、間もなくマカロンや甘いお菓子の山がアイリスの前に置かれました
「アイリス様。どうぞ召し上がれ」
その言葉が言い終わらぬうちに
「うわぁ~美味しそうぉお!ありがとそふぃ」
とアリスが両手使いで、お菓子をかっさらう
─そふぃってあーた
次々とお菓子をくちに放り込むさまに、ソフィア様とエリザベス様は呆けたようにポカーンと口を開いたまま。
やがて二人とも優しい表情になり、嬉しそうに、懐かしそうに見守っている。
そんなお二人のお姿に、その風景をアリスを通して見ている楓に、ふと思うことがあった。
記憶にあるけど、顔のない二人のご令嬢。
青いドレスと赤いドレス。
顔は見えないけど、楽しそうな雰囲気は伝わってきていた。
もしかして、あの二人は……?
そしてお菓子がお皿から消え去ると
「そふぃちゃん。べてぃちゃんとってもお菓子美味しかったよ!
アリスまんぞくまんぞく大まんぞく!
明日もお茶会あるんでしょ?
美味しいお菓子楽しみしてるね!
また明日あおうね!
イリスあとはたくしたぞよ!みな、さらばじゃ!」
爆弾を幾つも投下して、アリスは入れ替わった、
『アリスあんた。ボスにちゃん付けとか!明日のお茶会とか!どうするよわたし……』
ここは断る一手。先手必勝!
「あの……さきほ……」
「まあ!嬉しい!アイリス様明日のお茶会に御出席遊ばすなんて!」
「……えっと……その……」
ソフィア様の攻勢にしどろもどろな楓
『なぜこうなった!もう胃が痛い……』
エリザベス様と目が合う。
もしかして助けてくれるかも?
「アイリス様。先程イリス様とおっしゃりましたが、もしかして先程の人格がアリス様。
今のアイリス様がイリス様でございましょうか?」
どんどん深みに入っていく。
エリザベス様の鋭い指摘に同意せざる得ない
「はいその通りでございます。
わたしの従者がふたつの人格を分かりやすくするために、アイリスの名前を分けて呼んでいたのを、そのまま活用いたしております」
「ならその事、明日のお茶会で披露した方がよろしかろうと存じます。無理に隠すより、上級貴族の方々に知っていただいた方が今後に繋がるのではないでしょうか?
一時噂にもなるでしょうが、収まるのも早いと存じます。わたくしもソフィア様と共にフォローいたします。
それにアリス様もあれだけ楽しみになさっているのですもの。わたくしも断るのは心ぐるしゅう思います」
エリザベス様。イリスの意向と別に助け船を出してくれた。最早断る道理も断れる勇気もない楓は、青白い顔しつつ精一杯の笑顔を作り謝意を述べた。
それから甘い別なお菓子でアリスは見事釣られ、アリスはソフィア様とエリザベス様と明日のお茶会の簡単な打ち合わせをした。
そうして秘密の会合は終わった。
アリスの暴走により、明日8月31日。
新学年の前日。
お茶会に出席することになりました。
まあなんとなく、こんなことになるような予感が有りました。
─ええ、有りましたとも!
その夜。
楓は眠れぬ夜を過ごした……。
─ヴァアーーーー胃が痛い!




