赤薔薇騎士のお姉様
いきなり公爵令嬢で王太子のソフィア・ローレンス様から、私的なお茶会のお誘いを受けたアイリス。
実に困惑している
今は午後3時半。4時半指定だ。
あくまで私的なもので急な話であり、カジュアルな装いで構わないとのこと。ただ、ソフィア様に呼ばれた事は内密にして欲しいとの話。
秘密の会合でもある。
「断る選択肢は……」
「ございません」
無表情で無慈悲なリリ
「イタタタタタ急に頭が……」
わたしはその場にうずくまる
「そこはお腹でございますよ。
ソフィア様の使いの者を待たせておりますので、ひとまず出席のご報告だけ済ませます。
よろしいですか?」
「断れないのですよね。ならお任せします」
リリは玄関へ行き何やらゴニョゴニョ話し、戻ってきた。使いの者に報告を済ませたよう。
「リリ?確か3日後の9月2日にアランと共に、白薔薇本館のソフィア様の処へご挨拶に行くはずだったよね?
なぜ、急に今日会うことになったの?
どいうこと?」
「おそらくですが、アイリス様の状態を確かめたかったと思われます。赤薔薇棟でのアイリス様の立ち振舞いが噂にでもなって、ソフィア様の耳にでもはいられたのでしょう。
もしかしたら明日のお茶会の事柄も関係しているのかもしれません」
「なるほどね~」
たぶんその推測で間違いないだろう。
わたしはそう思う。
今日は8月30日。
明日31日はお茶会がある。
ソフィア様のような公爵家は王族である。
王太子のフィアンセでもあるソフィア様は、白薔薇学園の女子学生のトップ。
公式非公式問わず行事が多い。そして新学年が始まるともなれば、貴族の令嬢の方々からのご挨拶の相手もしなければならない。
そうそう。9月1日は入学式だからね。
王族の皆様凄く忙しい。
因みに男子の貴族の新学年の挨拶を受けるのは、モチロン王太子だ。
実は9月2日の午後から、王太子との面会がある。学園生トップのアーサー様にアイリスの現状を知らせるためだ。むろんアランも同行する。
話はそれたが、明日のお茶会は伯爵家以上の上級貴族のご令嬢の学園生が一同に会す。
挨拶は一辺に済ましましょう!ってことね。
出席すればイリス胃袋イタタ間違いない重要なものだ。
幸いアイリスは、アランを通して事前に欠席の通知をして貰っている。
実は白薔薇学園に入学してから、公式のお茶会にアイリスは出席したことがない。
アリスがじっとしていられる訳がないからだ。
ソフィア様には非公式であるが、私的なお茶会に毎年呼ばれている。半年に一度くらいかな?
ただアリスがお菓子をたらふく食べて帰るだけのものだ。一応顔合わせしましたよの実績作り、アイリスと云うよりもユークラリス伯爵家に気を使ったもの。
そして今回の上級貴族令嬢お茶会も、アリスの行動がとても読めないわたしには無理な話で、アランと話し合って欠席に決めた。
とにかく。
秘密の会合。
今から、わせわせと準備して行かねばなるまいて!
リラックス子猫ちゃんモードは一瞬で消滅し、今は臨戦モードに変更!
といっても、わたしには何をどうしていいのかさっぱりわからない。
リリにお任せするしかないのだ。
そして、同行者一名のみ。もちろんリリ。
お土産には、異国の白磁のティーポットを選んだ。
白磁はこの世界では凄く高級品らしい。
庶民の家が一軒建つくらいの金額がするらしい。
─なんじゃそりゃ!?
わたしは持たないわ。触らないわよ。
リリが選んだんだから、あなたが運んでね!
それと衣装。ドレス。
カジュアルっていっても、ジーパンとかないからね。
色が控え目な、ちゃんとしたドレス。
今回は珍しく水色を着た。首の回りと二の腕から下はシルクの透け透けのやつ。
夏の終わりだけどまだ残暑が厳しい。涼しげな感じがでている。
うん。
でも、何でこんなにウェスト細く見せたがるのだろう?
─スゴく窮屈
髪は一部編み込んで、その部分だけ後ろからみたら冠みたい。他はストレート。
化粧も直して貰った。
アイリスはいつも薄化粧。
まっ素材チーターだからね。
わたしはただのお人形状態。
リリとララに急ないじくり回されているだけ。とにかく忙しい。遅れる訳にはいかないし、待たせることも出来ない。
一時間なんてあっという間だからね。
ちゃんとトイレは済ませました。
ここは簡易水洗になっていました。
アリスはね。実は一人じゃ出来なかったの。
わたしをリリとララが手伝おうとしたけれど、丁寧に断って一人でできたよ!
誰か褒めて褒めて!
──ここは赤薔薇棟。男子禁制の女の園──
白薔薇学園初日。まだ白薔薇本館には楓は足を踏み入れたことはないけれど、いきなり到着三時間も経たないうちに赤薔薇棟のラスボスソフィア様に会えるなんて、なんて余計な引きの良さ!
ボーッと考え事しながら釣糸を垂らしていたら、いきなりサメが掛かってしまった様なもの。
喰われないように気を付けなきゃ!
─はぁ~
ため息しかでないよ。
ここではアイリスでありイリスでもある楓は、今リリと共に自室を出て向かっている。
☆☆☆
赤薔薇棟の説明を……面倒な方は飛ばしてね。
青薔薇棟も基本的に同じ。
赤薔薇棟は女だけ。スタッフや護衛も同様。
玄関付近の一部公共施設を除いて、男子禁制。
青薔薇棟は男だけ。以下同文だけどこちらは女人禁制。
以前青薔薇棟スタッフに女の人がいたことがあるが、ある貴族の女子がスタッフに変装し逢い引きしていたことが発覚し、女人禁制となった。
赤薔薇棟は四階建て。
一階は会議室や客間。下級貴族等の使用する食堂などの公共施設。そして、赤薔薇棟スタッフの仮宿泊所や赤薔薇騎士団の詰所等がある。
二階は男爵、準男爵、騎士爵等の子弟の寮がある。
食事は基本一階食堂でとるか、食堂から各貴族の使用人が食事を部屋へ運ぶ。
三階は子爵家。伯爵家。侯爵家の寮やお茶会用の部屋等の公共施設。厨房はあるが食堂はない。食事は厨房で調理され、赤薔薇棟スタッフが届ける。
四階は公爵家。王族の寮。他執務室やお茶会やサロンの部屋。厨房などがある。
基本的に赤薔薇棟は身分差によって階が分けられていている。そして各階層の入口には赤薔薇騎士が護衛して、侵入者を防いでいる。
赤薔薇棟玄関から階段は二階、三階、四階層へは直通である。
王族や公爵専用階段は四階へ直通。警備も厳重だ。
他の階級の者も各階層へ行く直通階段の警備も重要で、いちいち身分証を提示しなければ通れない。
貴族付きの使用人の数も定められている。
下級貴族は一名まで。子爵家、伯爵家は二名。侯爵家は三名。公爵家は五名。王族は無制限。実際は10名以下が多い。
寮に引っ越し等の荷物の運び入れは、ほとんどを赤薔薇棟スタッフに委任する。
そして、基本的に身分の高い者はその階層から下りることはない。
例えば伯爵令嬢のアイリスの場合。赤薔薇棟から外出時はもちろん下りる。だが、男爵家以下の者と会おうとすれば使いの者を出し、赤薔薇棟各階層の警備スタッフに了承を取り呼んで来て貰う。貴族家お抱えの使用人も無闇に下りれない。
そして公爵家や王族の方に会う場合は、こちらから四階層へ出向く。
今回の場合は、四階からソフィア様の従者が三階層護衛の赤薔薇騎士に伴われて要件を伝えに手紙を持ってきた。
☆☆☆
そしてアイリスとリリは、今、三階とソフィア様がおられる四階層に向かう階段のある部屋にいる。
階段も扉で閉められている。
中には椅子とテーブル。ソファー。
そして赤薔薇騎士六名。
アイリスは入室すると直ぐさま椅子に座らされ、お菓子や紅茶を提供される。
リリは赤薔薇騎士に用件を伝え、1人が階段のある扉を開け出て行き、直ぐに扉は締まり施錠される!
『べ○バラだね。宝○歌劇団だね。格好良すぎ!
ずっとみていたい!』
直立不動の赤薔薇騎士たち。兜は被らず、胸元に赤い薔薇の紋様が入った銀色の鎧。真紅のマント、
─それにしても格好いい!
髪の毛は編み込んで、後ろに垂らし、額が晒されている。もしもの戦闘の時、前髪が目に入って視界を奪われるのを防いでいる。
サイドの髪はそれぞれ個性を出しておしゃれしている。
女子だもんね。赤いリボンをしたりね。
赤薔薇騎士団は15~25歳迄。ほとんどが騎士爵家のご令嬢だ。団長、副団長は30歳まで。団長副団長に限って既婚者でもいいが、今は皆未婚だ。
直立不動で微動だにしないよ。
階段入口扉に左右に1人づつ。そして出入口側にも左右で二人で一人。更にアイリスの直ぐ隣に1人。
出入口外側にも二名いたから計八名もの赤薔薇騎士がいる。
そしてわたしはチラッと隣の素敵な騎士のお姉さまを見る。栗色の髪で目も同じ。鼻が高くて唇は薄く、眼は涼やか。まだ少しソバカスがある。
ちょっと目があった
ちょっとドキドキした
あんまり見るのも失礼かと思い、出されたお菓子を見る。ケーキはレーズン入り。アリスの嫌いなやつだ。
そしてチョコレート三粒。
「チョコだ!」
アリスが一瞬で出て来て楓と入れ替わり、さっさっさっとチョコを全部口に放り込み、口の中でデロデロ溶かしてる。
そして隣の綺麗な騎士お姉さんを見て、目が合う
「ばぁ」
とチョコでデロデロ黒々とした口を開ける。
お姉さん顔を真っ赤にして震えている。
笑いを必死に堪えている姿がいじらしい
「キスしたらダメだよ」
ぶっ!!!
おならよりも大きな音が、綺麗なお姉さんの閉じた口から炸裂した!
皆一斉にこちらをみた。
捨て台詞を残してアリスは消え去り、わたしはニコッとエンジェルスマイルを浮かべる。
騎士のお姉様方は何故か、ほわっと頬を赤らめる。
わたしは『わたしは何も存じません』的に首をこてっとかたむける。
そして肩を竦めてチラッと
─ぶっ!!!─
としたお姉様をみて、また他のお姉様方を見つめて、ほわほわっと微笑む。
お姉様方は非難の目を『ぶっ!!!』のソバカスお姉様を向ける。
向けられたお姉様はブンブンブンブンと小刻みに首を振っている。オナラの濡れ衣だね。
やっと口のチョコのデロデロがなくなったので、とりあえずフォローをしてみる
「心配なさらないで、あまりに真面目そうなお顔をなされていたから、少しからかっちゃいました。
この騎士のお姉様は下品なものを出しておりませんよ。わたしの冗談を見事耐えてくださったのです」
─耐えきれなかったけどね
『アリス、アホでしょあんた?』
そうこうするうちに階段扉の小窓が空き合図すると、階段扉が開き、四階から戻った赤薔薇騎士と先程のソフィア様の従者が現れた。
そして従者はアイリスとリリを伴い、赤薔薇騎士一名を護衛に四階へと戻って行った。
階段扉が閉まり、部屋の中には赤薔薇騎士だけになった
「はぁ~~ルディア。なにオナラこいてんのよ!」
「誰がこくか!笑いを耐えきれなかっただけよ!
アイリス様も言っていたでしょう?」
ソバカス女子ルディアとその同僚で友のシルフィ。
こちらは赤毛の女子。
どちらも18才。
二人はもう窓辺のソファーに腰かけている。
そして扉に各一名づつ配置して他、ルディアとシルフィ含めた四人はリラックスしている。
女子が鎧を着て立ち続けるのは、流石に無理難題な話しで、用件がある時だけ赤薔薇騎士様になる感じ
「でも、噂は本当だったのですね。あのアイリス様があのように美しくなられて……」
「そうですわね……元々とても美しい方だったけれど、落ち着きがありませんでしたものね~」
二人は話していたそこへ、ふたりも話に合流し、休憩中の四人は話に花を咲かせる
「そうそう!変わったと言えばアイリス様のパートナーのアラン様もずいぶん変わられたという噂ですわ!」
「私たちには弟枠のアラン様ですけれど……早く一目見たいわ!」
赤薔薇棟玄関までアイリスを送ったアランは、アイリスとは別の意味で噂になっていた。
玄関護衛赤薔薇騎士から矢よりも早い噂が騎士団詰所にもたらされ、そこから此処へと伝播した。
元々次期伯爵という高スペックな上に、ミステリアスな美男子であったアラン。それが何やら美男子ぶりに拍車がかかり、態度も優雅に洗練され、堂々とした姿に皆思わず見とれてしまったという。
それに笑顔!あの作り笑いをは張り付けたような笑顔のアラン様が、アイリス様にむける眼差しと微笑みはキラキラと輝かんばかりであったという。
この一月で何があった?
アラン様隠れ同好会のご令嬢の方々には驚天動地の出来事!
そして……あのおバカなアイリス様ならば、付け入る隙もあるだろうと虎視眈々と狙っていた方々は、豹変したアイリス様に更なる嫉妬を向けたという。
でもここにいる赤薔薇騎士の面々は、先程のアイリスの可愛らしく美しいお姿に心を撃ち抜かれた。
そしてアイリス様隠れ同好会会員になったとか……ならないとか。
ただ一様に皆思うことは同じであった
「羨ましいわぁ~~~~」
こんなキュンキュンしている赤薔薇騎士のお姉様方。
赤薔薇棟の誰も想像出来まいて……




