お嬢様。恋していらっしゃるのですね?
女の子3人の女子会。
主催者 アイリス・ユークラリス伯爵令嬢
侍女 リリ・クローセット
侍女見習い兼メイド ララ・ランドルフ
女子は紅茶を楽しみ、お茶菓子に舌鼓をうち、話に花を咲かせる
だといいけれど……
アイリスの独演会みたいになっていた。
アイリスは2つの人格がある
アリス=元のアイリス。大体八歳の女の子!
イリス=楓
とにかくイリスは話しまくった。
もちろん異世界や楓のことは省いてある。
それでもひたすらひたすら話まくった。
不安や恐れなども赤裸々に語った。
これは実は馬車の中でアランと話合って決めたことだ。
イリスに付き人リリとララではなく、仲間のリリとララを作る。
義務的にイリスに接するのではなく、仲間、同士という感情も持って関わってほしいという想いがあった。
この白薔薇学園でのアイリス・ユークラリスの立場は絶望的だ。故意でもわざとでもないが、アリスがここで積み重ねた日々が味方ではなく、結果的に敵を増殖させてしまった。
その結果のボッチである。
もちろんアランがいる。わたしにとっては最強にして最愛の助っ人だ。
けれど両伯爵邸のように周りが味方ではなく、四六時中一緒に居られる訳ではない。
特に赤薔薇邸は男子禁制。血の継承が絶対の貴族の貞操を守るための措置でもある。
当たり前だが、アランは入れない。
必然的にリリとララだけが傍にいれるのである。
ララは天然だし、ある意味アリスと通ずるところがあるからまあ何とかなるだろう。
問題はリリだ。
優秀で真面目。そしてこの世界の使用人の模範生だ。
公私の区別はハッキリしといて、いつも明確にビシッとぶっとい線を引いてくれている。
普通の貴族ならそれでもいい。
問題ぜんぜんナッシング。
けれどボッチ楓が強烈な悪意に晒されて無事に居られる訳がない。
普通の女の子だからね。
日本のように喧嘩したり、怒鳴ったりは出来ない。ここは個人と個人の世界ではなく家と家が重視されている。
こいつ嫌いと喧嘩してぶん殴りあえば、そのぶん殴ったのは個人だけではなくその貴族家に喧嘩売ったことにも成りかねない。
それは耐えながら焦らず状況を変えていくしかないのだ。その間悪意の中ボロボロになった楓が、自室に帰ってリリとララに他人行儀に接しられると、精神的にいつか破綻してしまうだろう。
だからアイリス・ユークラリスではなく、わたしが我が家で寛げるような場所がほしい。
「お嬢様紅茶が入りました」
「美味しくてよリリ」
じゃ、窮屈で更にストレスになってしまう。
せめて
「はいイリスお茶」
「ありがとー。んーーーーん。うめいわこれわ」
くらいじゃないとイヤイヤイなのだ!
しかも足を揃えて優雅に紅茶など啜れん!
コーラやアイスコーヒーを学校帰りにグビグビ呑んでた楓には、毎日あれじゃ辛すぎる。
せめて足くらい崩させてくれや。
ちょっとだらけた格好しただけで
「お嬢様。それは貴族の令嬢としてあるまじき姿でごさいます」
「はい、以後気を付けまする」
─なんてやってられるか!
その為には最大の障壁はリリの堅物さであり、初日に先手打って奇襲して桶狭間してリリを打ち取らねばならないのだ。
で、先ほど奇襲して追い込んで今打ち取りかけている。
反論を許さず。
正論を粉微塵にし。
どれ程この空間がわたしにとって大切か切々と訴えている。泣き落としでも脅しでも何でもつかう。
とにもかくにも、今日明日中には何とか決着を付けるつもりだ。
だが、リリは手強い。
「ですがお嬢様。日頃の行い行動こそが、日々慎ましやかな美しい令嬢としてのお姿を形作るのです。人の目に触れない時こそ、どのような行動生き方をするのかで人生が決まると言っても過言ではありません」
「だーかーらー!それやったらイリス死んじゃうよ!
窒息して溺れ死ぬるわ!マジで、絶対、死ぬる自信あるのさよ!わたしゃ生きられんのよ」
「またそのような言葉遣いを。平民の方々もそのような乱暴な言葉は使いません。本当に訳が解りません」
で、一時期首をとりかけたのだか、大反撃にあって楓は逆に追い込まれている。
─これは手強い
「ということでーここはイリスちゃんのリラックス空間に決めました!もちろん他人が来たら猫かぶりまくりますよ!でも、リリとララがそんな調子でガッチガチなら誰か来ても猫かぶんないぞー!場合によっては白薔薇学園でも猫脱ぎ捨てちゃうぞよ!それでも良いのかね君たち?」
「それは……」
強権発動して流れをぶった切ってやった
「いい?リリ、ララ。
ううんリリ。今はあなたにだけ言うわ。
あなたの気持ちは痛いほど解る。ずっと一緒に居てくれてたのですもの。
そしてあなたは優秀で絵に描いたような素晴らしい侍女。そして使用人の鏡です。
わたしはそれを誇りに思い、そしてこれからもリリはそうあって欲しいと願っています。
これは偽りなき本心です。
けれどわたくしイリスは、ここでも白薔薇学園のようにお嬢様お嬢様は出来ないのです。
わたし。イリスという人格が生まれてから、本当に困惑しました。何とか年相応の令嬢になろうと日々努力してきました。
そして人格を隠し、アリスとして生きようとしました。毎日毎日演技しました。その結果。わたしはもうボロボロになりました。わたしはわたしなのですから。
もう本当に毎日生きるのが辛くて辛くて、どうしようもありませんでした。
そしてそんなボロボロのわたしに気付いてくれたのがアランです。
アランは馬車の中で、わたしのもうひとつの人格。あなた方が呼んでいるイリスを見つけ、もう演技はしなくてもいいとわたしを受け入れてくれました。
それがどれほど嬉しかったことか。
わたしがわたしとして認めて貰える。
それがどれほど心地好いことか……。
そしてわたしは素を晒け出しました」
「アラン様の前でも、先ほどのような態度やお言葉を……」
リリが驚く
「もちろん!と言いたいですが、イリスも女の子です。少しはしおらしいお姿を見せたいから、ちょっとだけ猫かぶりました。そうですね。
子猫ちゃんになりました。
子猫ちゃんになって結構アランに甘えちゃいました。
アランそんなイリスを好きだと言って貰えました。
もう嬉しくて嬉しくて。
毎日楽しくて楽しくて。
こんな日が来るなんて夢にも思わなくて……ううん……何度も願ったけど、絶対叶わない。誰もイリスを知らない。イリスなんていらないって諦めていたから。
今回のこともアランが提案してくれたのよ。
このまま演技する日々に舞い戻ったら、きっとまた心がこわれるのではないか?
せめて、この部屋の中だけでも誰にも気兼ねなくすごせるように……とわたしを気遣ってくれて」
リリは意外そうな顔で
「アラン様がそのようにおっしゃったのですか?」
イリスは可愛らしくうつむき
「はい。
アランはいつも…………」
そしてイリスはアラン様の話を永遠始めた。
名前を口にするたびに、はにかみ、ホントに嬉しそうにほほえむ。
頬が赤らみ、声は甘く蕩けていく……
そんなイリス様を見ながらリリは、自分の強張った顔が緩んでいくのを感じた。
☆
アイリス様が目覚められ、いつものアイリス様の他にもうひとつの人格が生まれたのはすぐわかった。
あの子供子供したアイリスは鳴りをひそめ、大人びた、そして女性となったアイリス様がいた。
そして密かにリリは、元のアイリスをアリス様。もうひとつをイリス様と呼んだ。
アイリスの名前を分解しただけの、単純な区分けだ。
もし、イリス様という言葉が漏れ聞かれてもなんとでも言い訳できるだろう。
1日のほとんどはイリス様だった。
失礼だがイリス様は優秀とはいえない。
それでも一生懸命だった。
足りないおつむをフル回転させて努力していた。
そしていつもいつもアリスの演技をしていた。
リリはそれがイリス様が好きでしていると思っていた。
ただ日々を重ねるたび、笑顔が消え、表情がくすんでいった。
でもリリは何も出来なかった。
いや何もしなかった。
どうしていいか分からなかった。
そして
時々出てくるアリス様にホッとした。
そして、イリス様と距離をとった。
距離をとったというより、その場から動けなかった。
イリス様がどんどん学び歩みを進めていくので、その距離はどんどん離れていった
☆☆
でも
─な~んだ
アリス様にしていたように
イリス様にもついていけばよかったのですね
リリは覚悟を決めた。
─腹を括って物事を見てみると……
あの愛嬌と無鉄砲さをあわせ持ち、興味のある方へぶっ飛んでいくアリス様に仕え、優雅に傍に侍る日など1日もなかったのだ。
イリス様は言葉使いや態度は猫を脱いだり被ったり急変するが、こうしてお茶を楽しんでいられる。
ならアリス様に鍛えられたリリにとって、イリス様を受け入れるぐらいの隙間は空いているはず……。
そして一人前の歳相応のアイリス様を望んだことがないのか?と尋ねられれば『ございます』と答えるしかない。
そしてある意味ずっと望みずっと願ってきたアイリス様の姿が目の前にある。
それから……アイリス様も……ようやく……。
─私と同じように……
「お嬢様。恋していらっしゃるのですね?」
リリはアイリスに微笑んだ。




