第一回女子会をはじめま~~~す!
「お嬢様いかがでしょうか?」
「ええ。とても美味しくてよリリ」
上品に紅茶をすするアイリス。
今日は8月30日の15時。
午後のティータイムのお時間でございまする。
本日14時到着、そして入室しました。
場所は赤薔薇棟。
男子禁制でアランとはお別れ。
ここは四階建ての三階の一室。
上級貴族の伯爵令嬢の為にあてがわれたお部屋てごさいます
─というか、もう家だよね?
マンションか?
庶民の王道の楓からすれば無駄に豪華。
装飾過多。
居心地悪すぎ。
壁紙ひとつとっても金色の唐草模様がうごめいている。
おそれ多くて、画鋲なんて刺せないよね。
玄関。リビング(居間)×2。ダイニング(食堂)。軽キッチン。寝室×2。トイレ。浴室。そして使用人用の一室。
最後の部屋はリリとララの部屋になるね。
玄関のすぐ近くにある。接客しないといけないからね。
中は二段ベットと小さな机とイス2つきり。洋服タンスは備え付け。
リビングの玄関に近い方は客間扱いかな?お友達呼んだり、御貴族の接待したり
─まっ、ボッチですから~
お友達もぉ~いませんけど~
女子の顔、誰も知りませんよ
丸二年通って女子の顔見知りゼロ!
─皆のっぺらぼうでしたからね!
しかも会う人会う人
ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ
ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ
ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ
わたしを見て、優雅に会釈をしてくれはくれるけど後方から人が群れる気配と噂話が半端ない。
リリ優秀でご令嬢を見掛けるたび
『どこぞの誰ソレです』
と長ったらしい名前を教えてくれる。
秘書だよ秘書。
その〈どこぞの誰ソレ〉というすれ違う人の名前も顔も誰一人として覚えられなかった自称秘書とは大違いだよ。
「リリ。もしかして、お屋敷に勤める使用人の皆様のお名前もお分りになって?」
「はい。一通り存じております」
もう秘書廃業しよ。
ほんまもんには勝てんわ。
ていうより、初めからリリに教えて貰ったらよかったんじゃね?
身の回りのお世話してくれるだけじゃ、なかったのね。
知らんかったよ
「ララは?」
「知ってる人は知っております……ち」
そりゃそうだ
─わたしだって知ってる人は知ってるさ!
仲間だね。親近感がわくよ。
しかも小さな声で『ち』って聞こえたよ。
チラッとリリをみる。
なんだかララを睨んでる。
ララ全然気づいていない
─今鼻くそほじくったぞ
リリのこめかみ〈ピキッ!〉っていったよ〈ピキッ!〉って!
─うわあ、ララ、ガンバ!
リリはさ、凄い優秀で美人で格好いい婚約者もいて、いうことなしだけど、わたしの事どう思っているのかな?
明らかにアリスがでてくると嬉しそうなんだよね。
ちょっと前のわたしなら『わたしなんていらない』なんて鬱ってたかもしれないけど、もう白薔薇学園っていう郷に入り込んじゃっているからね。
今更アリスに押っつけて楓を亡きものにはできんのさ。
わたしの為にもね。
ここは流してもいいけれど……逃げてばかりじゃ先に進まない
「リリ、ここに座って。ララも。一緒にお茶しましょう?」
「それはできませんお嬢様。ご身分をわきまえていただかないと」
リリがすかさず正論する。
わたしは居住まいを正してリリを見つめる
「今のわたしがイリス様。
今までアイリスがアリス様。
アリスのいうことは聞けて、わたしの言葉は聞けませんか?
それともわたしもアリスと同じように
『一生のお願い』をすれば聞いていただけるのでしょうか?」
「ご存知でしたか……」
平静を装っているけど、リリ凄く動揺している。
リリ表情にも態度にも出さないけど〈無表情にも表情あり〉ってね、今のわたしにはリリなんて〈リリの無表情は口ほどに物をいう〉だよ。
わたしなりにずっとリリを観察してたんだ。
動機は……『バレるんじゃないか?』ってビクビクしてたから。一番傍にいるはリリだからね、わたしずっと顔色伺って気をつかっていた。
モチロン、楓のことはともかく人格のことはバレまくりだったみたい。
で、先ほどリリとララが運び込んだ荷物の整理をしながら、「イリス様」だの「アリス様」だのヒソヒソしてるわけ。直ぐにピンとアンテナたったのさ。
スキル〈聞いてるのに全然知らないふり〉を発動して
「なんだか疲れたわ。すこし休みます」
とソファーに仮眠したふり。
ふたりは安心したのか、少し声のトーンを上げた訳。
で、そのおさらい
☆☆
初日の初顔合わせのディナータイムでのこと言ってた。
「あちきらはあの場所に居なかったけど、噂の食堂での佇まいはアリス様っちで……」
「違うわ。妖精のようだったのがイリス様でお食事でアリス様に戻られた。たぶん大人しくドレスの着付けをされていた時にはイリス様になっていたと思うわ。それにオマルの時もイリス様」
よくご存知で
「ああ。アリス様ならうんちっちの時
『アリスうんこしたくな~い!』
『ララ代わりにうんこして~』なんて言うっちもな!」
アリスすごいよあんた
「じゃ!今度からイリス様にうんちっちして貰えばいいってことっちか?
『アリス様いまからオマルのお時間ですよ。イリス様にお代わりあそばせ』
って言えば楽っちな!」
ララ。あんたもすごいよ。
それと「うんち」に〈ち〉つけんの蛇足じゃね?
─はあ~~~~~~~~~
リリのため息が、地の底からわきでたよ。
「ララ。論点がずれています。
今はアリス様とイリス様。それぞれどのように接していけば良いか話し合っているのです。
それにアイリス様は私たちが『アリス様』と『イリス様』分けて呼んでいるとは知りませんよ」
「そこは今まで通りでいいと思うっち。アラン様もそのように言ってたっち。
イリス様も変に気を遣われると、居心地悪いと思うっち。だから、『アリス様』だろうが『イリス様』だろうが関係ないっちよ。
あちきにとってはどちらも大事なアイリス様っち」
─ララ健気
ウルウルウルウルなんて感動したいとこだけど、正直面倒くさいんだろ?
アランに暴露されるまで、全然知らなかったしね。
でも、ララ良いこといっている。その通りだよ。
あんまりあからさまにされると、わたしも気に障るしね
「それはそうですけど……私もどうすればいいのか分からないのです。もしアラン様に2つ人格のこと教えてもらわなければ、知らないふりして通せたけれど、いざ知ってしまうと……。
あまりにも違うもので、別人のようで、同じように接するのはかえって失礼でないかと思うのです」
「リリは考えすぎっちよ。アイリス様はアイリス様っち。それ以下にも成り得ないほどアイリス様っちよ」
リリは暫く黙って
「それはどういう意味ですか?」
「それをあっちに聞くっちか?
あっちがわかる訳ないっちよ!」
リリが絶句している。きっと呆れているのだろう。
ララ。あんた大物。わたしゃあんたの大ファンだよ。
☆☆
そんな、後半ぐだぐたな会話を思い出しつつ、わたしはリリに言った。
「リリ。あなたにとってはわたしはアリスとは別人に見えるかもしれません。『二つの人格がある』それはその通りでしょう。
でもアリスとイリスはひとつであり、1人なのです。わたしは誰に否定されようとアイリスなのですよ。
あなたがアリスに見せる愛情あふれる眼差しを、イリスたるわたしにも見せろとはいいません。
でもその能面のような表情で見られるとわたしは傷つくのです。そしてわたしが傷つけばアリスも同じように思うでしょう。アリスとイリスは繋がっているのです。
その事、心のどこかにでも置いておいてくださいますか」
リリは青い顔をしている。何か言葉を出そうと口を開きかけたが、わたしは畳み掛ける
「リリ。
あなたにはアリスとイリス。
ふたりのアイリスがいるかもしれません。
けれどわたしにとってはリリはリリだけなのです。
ずっとずっとわたしを支えてくれてましたね。
いつも傍にいてくれましたね。
わたしが長く眠っている間も献身的に仕えてくれだそうですね。
アランから聞きました。
わたしはリリの顔がわからなかった。
でもようやくリリの顔をみてこうして話せるようになったのよ。
それはわたしの喜びであり。
奇跡なのです。
なのに……わたしのことだけ、あんな目で見られると……。
胸がとても締め付けられます」
アイリスはホントに辛そうに胸を押さえた
「アイリス様の気持ちもお考えせず……申し訳ありません……私……」
リリの動揺が激しい。アイリスにこんなに言われたことないよね。
でもわたしは容赦ないよ。
ここが正念場
「リリ。こういうのは本来は時間をかけて距離感を探っていくものかもしれません。でも思考錯誤している時間はないのです。先ほど廊下ですれ違うたび、わたしはヒソヒソ噂話に晒されました。
アリスならばそんなものは気にしません。
でもわたしは言われている言葉も理解できるし、どんな風に思われているかも分かります。
だから……」
楓は手を出した。そしてその手をリリに握らせた
「リリ。どうですか?」
「震えています」
リリはその手を離さなかった
「ぶっちゃけ怖いんですよ!」
「ぶっぶっぶっぶっちゃけ?」
リリが変な声を出した
「わたしの人格、イリスねイリス!
生まれて間もないのよ。
言ってみれば赤ちゃんなのよ赤ちゃん!
それがさ。こんな伏魔殿に放り込まれたら、怖くて怖くてチビりますよ!」
「ちっチビり?」
リリ。まだ頭が?????だ
「考えてもみて!わたし孤立無援よ!
ボッチ!ボッチ!大ボッチよ!
もちろんボッチだからお友達も1人もいないし、誰の顔も分からないし、頭も悪いし。
あっ、わたし、あんまり物覚え良くないから!
知ってるわよね?」
「は……はい。存じております」
「ハッキリ言われると、堪えるわー」
「申し訳ありません」
リリ。本当に申し訳無さそうな顔をする。
無表情のリリは何処へ消えた?
「いいっていいって、気にしてない。
それよりもリリ」
「はい。アイリス様」
「ララ」
「はい。おじょお」
「ここに座って!つべこべ禁止!
一緒にお茶します!
イリス。一生のお願いです。
あっ、その前にあなたたちの紅茶も用意して」
「はい。承りました」
リリは勢いに呑まれ、そそくさと紅茶の準備を始める。
楓は手を挙げて
「あっ。お茶菓子も三人分ね……いや五人分。アリスが出て来て食いそうだからね。用意できる?」
「はい。大丈夫でございます」
そして三人が席に着く。
アイリスが身を乗りだし、リリとララを見る
「さっきの猫っかぶりどうだった?」
「猫っかぶり?」
リリはさっきから???が絶えない
「えっとね。ですます調ってやつ。丁寧な話し方ね」
「アイリス様としては変ですが、普通の人々にとっては違和感ありません」
「ララは?」
「怖かったっち」
─ふんふんふん
わたし腕を組んでご満悦
「わたし。猫いつでも被れますので、ここでは被らないことにしま~す!意義ある方は、挙手」
リリが恐る恐る手を挙げる
「二対一。多数決および民主主義で決定!
ここでは猫脱ぎ捨てま~~す!決定!
パチパチパチパチ」
楓パチパチ拍手する。
「あなたたちも拍手!」
「はい」
「っち」
パチパチパチパチ拍手する
「では第一回女子会はじめま~~~す!」
わたしは高らかに宣言した!




