アランのバカ!
──馬車に揺られて5日目──
もう二時間も経たないうちに王都郊外のユークラリス伯爵別邸に着くだろう。
今までの甘すぎて蕩けそうで、胸焼けしまくりの馬車旅だったけど、それなりに色々話合ってきた。
「楓。これからどうしますか?」
アランが手を握ったままの、楓なアイリスに聞く
「やっぱり、急に変わるとアレだから、アリスメインでいいと思うんだけど……」
「イギ!ありまくり!!」
アイリスが突然ビシッと右手をあげる。
アリスだ。
アリスが突然割って入った
「アリスの時はアリス。カエデの時はカエデでいく!」
「姉様。僕もその方がいいと思います」
「でも……変じゃない?」
楓に戻った。
この頃こんな風に、楓とアリスが入れ代わりが直ぐに出来るようになった。
「確かに変かも知れません。でも姉様が変なのは楓が転生前からですから、変に隠すよりは自分の素をさらけ出した方がいいと思います」
「ということは……楓の事みんなに知らせるってこと?」
「そこは秘密にしましょう」
アランは見つめる。
「異世界のことも、楓のことも、そこは秘密にした方がいいでしょう。だから急に性格変わった理由も、そのままでいいと思います」
「そのまんまって……転生しちゃったからってことでしょう?そしたら秘密になんないよ……」
「違います。頭打って意識不明になって
『目覚めたらこうなっていました』
でいいってことです。
だってそれは本当のことですから。
楓あんまり演技上手く無いでしょう?
姉様、学園ではボッチだけど結構目立ちます。アレだけ人の目がありますから、楓の人格隠しきれません。
途中でバレて
『やっぱり王子様に近づくために演技してた!』
って大騒ぎになりかねません。
そしたらもう修復不可能です。
姉様が出て来ても
『あれって演技でしょう?』
と思われて、さらに冷ややかな目でみられます」
「それは……ちょっと怖い」
ボッチでさえ辛そうなのに、色々負の感情上書きされたら学園生活耐えられそうもない。
ただせさえ楓は、白薔薇学園に通うのが嫌なのだ。
火中に飛び込む虫のようなもので、誰が好き好んでボッチ生活&冷ややかな視線&恨み嫉み妬みのオンパレードにダイブするだろうか?
アリスはあんなだから、全然平気のヘースケで何があってもどこ吹く風状態で、揺らがないけどね。
アリスの記憶にある学園生のアイリスに向ける眼差しは、ユークラリス伯爵邸とは真逆。
もう負のオーラ隠してないから。
一応これでも伯爵令嬢だからね。気を遣われてもいいと思うけど、それがない。
口にはしないけど、アカラサマ。
ヤバい。胃が痛くなる。
でも今回もアランがいるから。
ずっと傍にいてくれるっていうから。
なんとかなりそうな気がする。
「では、異世界や楓のことは秘密。
でも人格はそれぞれ隠さない。
なるべく僕と二人で行動する。
この三点でいいでしょうか?
特に三番目は、初めは僕が付きっきりで楓をフォローした方がいいと感じます。
何があるか分からないし、楓はあまり突発的なこと得意じゃ無いでしょう?
楓はどうおもいますか?」
「うん。その方が嬉しい」
願ってもないこと。また改めて声に出してもらえると、勇気が沸いてくる
「それと提案です。
いきなり学園生活でそれをやると、流石に色々対応出来ません。伯爵別邸から始めたいと思います。
どうでしょうか?」
「アランに任せる。わたしもその方が気が楽かな。
記憶の伯爵別邸の人々は、みんなアリスに優しいから。でも、リリやララには知らせなくてもいいの?
いきなり変わったら戸惑うんじゃない?」
「そうですね。リリは異世界の楓のことはともかく、2つの人格があることには気付いているみたいですが……。
ララちゃんは……あの子天然ですから予想つきません。
では直ぐに二つの人格があること、知らせた方がいいですね。善は急げといいますし……その前にこの位置なんとかしましょうか?」
体を寄せ合い手をにぎにぎしている姿見られたら、さすがにね~。
ふたりは適度に離れる。
それからアランは、御者とを繋ぐ小窓の脇にあるドアノッカーをトントンした。
小窓を開けると、御者が顔を覗かせる。
アランが何事か告げると、ピーピーピーと三回笛がなって、馬車が止まった。
〈用事がある。直ぐ来い〉
の合図だ。
こんどは馬車の扉がノックされ、アランの『入れ』と共に、金髪に近い茶髪のいい男が現れた。
アランの付き人ティークだ
『なんでこの異世界イケメン率高すぎ!』
高身長で黒いスーツをビシッと着こなし〈出来る男〉感が半端ない。
これがリリのね……お似合いだわ。
「何か御用でしょうか?アラン様」
「ええ、大事な話があります。
付き人皆をここに呼んでもらえますか?」
「リリやララもですね」
「はいそうです」
「畏まりました。直ぐに呼んで参ります」
そしてそれから直ぐ四人が連れ立ってきた
付き人達はアランに促されて馬車に乗り込む。
馬車後部座席。左奥から入口に向けてアラン、ティーク、タックの三人。
馬車御者側座席。向かい合って奥からアイリス、リリ、ララと並ぶ。
合わせて6人。伯爵仕様の立派な馬車なので、まだ少し余裕がある。まぁ広いってことね。
「揃ったところでアイリスは僕の付き人のこと、あまり知らないでしょうから改めて自己紹介しましょう。
まずティーク。三子爵家のひとつ、ドラルド子爵家出身です。見た目通り凄く優秀です。
もう一人はタック。ライチェル子爵家出。まだまだ勉強中ってところですね。見込みがあります。
それから僕がアラファルト子爵家。
この三家の子爵家が伯爵家の血統を守っています。
僕はたまたま伯爵家の跡を継ぎますが、もしかしたらこの二人が跡取りで僕が付き人だった可能性もあるわけです。
きっと私の父がロベルト伯の弟で、血が濃いから選ばれたと思います」
「あの、アラン様。発言をお許しいただけるでしょうか?」
とティーク
「なんでしょう?いいですよ」
アランの許しを得て
「私達が跡取りに選ばれず、アラン様が選ばれたのは血の濃さではありません」
「違うのですか?」
「はい。代々の家訓があります。
〈容姿が初代に似ている者を、血統の絶えそうな伯爵家の跡取りとする〉
つまり、グレイの髪とアンバーの瞳。
これが跡取りの最優先事項です」
「というと……血統でもなく……優秀とか関係なく……ただ容姿が初代のようだから……だけ……」
少し呆然としているアラン
─てか、知らなかったのね
「はい、アラン様が選ばれたのは必然です。
そして、私達がアラン様にお仕えするのも当然になります。今回に限っては同じ子爵家だから私たちが跡取りになれる可能性はありませんでした。
アラン様が家訓そのままの姿であらせられますから。
ですから、アラン様にお仕えすることに私もタックも何ら未練もわだかまりもごさいません」
断言する付き人筆頭。アランを見つめるタックもその眼差しは揺るがない。
アランは思わず目を瞑る
『……結局僕は……何も見ていなかった……』
初代の話は本当だろう。なら両親はアランを家訓に倣って養子に出したに違いない。
兄は母親寄りで金髪だから……。
もし自分が金髪で兄がグレーの髪なら、兄が養子にいくだろう。
『捨てられたのでも……愛されていなかったわけでもなかった……』
なんかいろいろ屈折して、こんがらがっていたみたいだ。
そしてアランは今、こんがらがってどうしようもないのを、いきなりまとめて根こそぎぶった切られた気分だ
「おかげでなんかスッキリしました。
ティークそしてタック。
今まで僕は全部自分でしようとしていたようです。
ホント自分一人で出来ることなんて、たかが知れていますからね」
アランはアイリスの事故で身に染みた。
あの場からアイリスをベットに運ぶことも、身の回りの世話をする事も自分一人ではどうしようもない。
「結局僕は傍に居ることしか出来なかった」
アランは誰にも聞こえない小さな呟きを漏らした。
でもそれは楓の耳に、心にしっかりと届いた
──アラン。あなたが命を救ってくれた──
あなたがずっと傍にいてくれた
それがどれ程
アリスの力になっていたのかわかる?
わたしにはわかるよ……
あなたのアイリスへの想いが……
愛が……
目覚めの一番の特効薬だったよ
あの暗い暗い暗い世界で……
たった10日だけど
アリスには10年の日々が……
あなたの存在があったから
ずっとずっと
あなたの名前を呼んでこれたから
あなたに会いたかったから
あの絶望的な世界の中から
あなたが光となって
戻って来れたんだよ
そして今もこうして
傍に居てくれる
それが何よりの
──わたしたちの宝物です──
わたしは想いを込めてアランを柔らかく見つめた。
アランはそんなわたしに微笑みを返し、小さく頷いた。
そしてティークとタックを見て
「ユークラリス伯爵家の将来の為に、必ず君たちの力が必要となるります。
これからは力を合わせて伯爵家を守り立てて、次代に、子孫たちに繋いでいきたいのです。
僕に君たちの力を貸して頂けないでしょうか?」
その問いにティークは力強く頷き
「おまかせ下さい。タックや他の使用人達と共にアラン様の力となります。
今までは暇すぎました。
これからはその分、我々をコキ使ってください」
「俺……いや、わたしも力になります。
絶対アラン様の片腕になります。
ティークとあわせて両腕となり、アラン様のお役に立ちます」
「ありがとう」
アランは二人の仲間と握手した。
それからアランは、アイリスの2つの人格のことを話した。
元の幼女のような人格の他に15歳の年齢相応な人格が生まれたこと。新しい人格が、幼いアイリスを演じていたことも話した。
そしてもう演技しないことも……。
そしてどちらも間違いなくアイリスだから、不安にならず今まで通り接してほしいことも付け加えた
リリとティークは、なんだか府に落ちたような表情をしていた。
タックもなんとなく分かっていたのか、落ち着いていた。
ララは……あんぐりと口を開けたまま。
さっぱり気付いていなかったのね。
─って、気付いてよ!
ずっと一緒にいたよね!
せめてタック君のような反応見せてよ!
タック君ほとんどアイリスと接点ないんだよ!
全くもう!ぷんすかぷん!
─ララらしいっちゃらしいけどね!
それから王都伯爵別邸では、2つの人格を隠さないと決めた。
ただ反応が見たいので、屋敷の誰にも明かさず、それぞれの人格で過ごすことにした。
最後に執事マードックさんには、手紙で知らせるつもりだ。
方針が決まったので付き人達は出ていき、馬車が動き出した。
またアランと楓
──馬車の中──
二人きりになった。
「あの楓。学園のことですが……」
なんだかアラン。歯切れが悪い。
「何。アラン?」
「乙女ゲームで攻略していた……その……王太子殿下と……一緒になって……白薔薇姫を目指すのですか?」
?????…………!!!!!
楓はしばらく何を言われているのか分からなかった。
放心して、二の句を告げなかった。
─だってそうでしょう?
さっきまでお手手繋いだり抱き合ったり、チュッてしてたのに今さらそれ!?
『アラン!わたし、本気だったよ!』
あなたを好きで好きで好きでずっと苦しんできた
そしてようやく両想いで恋してる!
今も現在進行形でそうじゃないの?
どこでどうなったら
あのチャタ男君の王太子と
白薔薇踊るってなんのよ!
おかしいよ!
別に王太子と
なんともなっていなかったよね!
ソフィアさんていう素敵なフィアンセもいるし
わたしそんな不義理できないよ!
しないよ!
アラン好きだし!
アランもわたし好きなのでしょう?
ねえ!
『なんでそんな事聞くの?』
『なんでそんな事言うの?』
絶対おかしいから!
アリス!
わたし怒った!
ぷんすかぷんだよ!
だからわたし
ストライキします!
伯爵別邸まで
断固ストライキします!
ホントぷんすかぷんぷんだよ!
アリス替わって!
着くまでわたし
ストライキするから!
ほら早く!
『でないとオマルに拘束しちゃうよ!!』
「あ……あの……楓?……」
小難しい顔で黙りこくっている楓。
ただならぬ気配を感じたアラン。
「楓?」
「もうアラン!
おんな心ぜんぜんわかってない!
あれじゃ楓かわいそう!
ほら!」
「姉様!?痛っ!!!!!」
アリスはアランの頭を掴んで、頭突きをしつつ額を合わせた
「アラン!目つむって」
アランは慌てて目を瞑る。
そこには地団駄踏んで
ぷんすかぷんぷんぷん
と連呼している。
ジョシコーセーの楓がいた
地団駄踏むたび
スカートが捲れて
白いのがチラチラ覗く
でもお構い無しに
ぷんすかぷん ぷんすかぷん
ぷんすかぷんぷんぷん
と真っ赤な顔で
地団駄を踏み続ける楓に
アランは小さく
ごめんなさい
と呟いた
でも
なんで怒っているのか
ぜんぜん
心当たりがなかった
アランのバカ!
 




