女子ふたり男子ふたり馬車の中
『辛気くせーなー
なんだよこれ!』
タックは心の中で毒づく。
次期伯爵アラン様とその妹のご令嬢アイリス様は、豪華伯爵家仕様の馬車にふたりきり。
こちらはまあ普通の御貴族様仕様の馬車に、四人が座っていた。
内訳はアイリス様付きの侍女リリさんとメイド姿のララちゃん。
アラン様付きのティークと俺タック。
タックはララと同じ13歳。三年の使用人の修行期間を経て、進級に合わせてアラン様の付人となった。
そしてこの度の王都への旅は、タックにとって初めての遠出で、しかも使用人の中でも五本指に入るほどの美少女ふたりと同席できるとあって、密かに楽しみにしていた。
─なのに、なのにだ!
お互いの自己紹介とティークとリリさんがそれぞれアラン様とアイリス様の近況報告を済ませたあとは、ほとんどいや、全然会話がない。
休憩を挟んでの三時間後の食事でも、一言もない。
皆押し黙って食事をしている。
食事は教会で済ますことが多い。
街の教会はそれなりに規模も大きく、厨房も大人数を扱うので大きい。修道士や修道女が多ければ、それだけ教会もおおきくなる。
ユークラリス伯爵家は専属の料理人を先行させ、昼食を任せている。
夜も中規模から少し大きめの教会で宿泊することが多い。食事はもちろん専属の料理人。
教会には来賓用の寝室もあるし、宿屋のように平民との関わりも少ない。
伯爵家は宿泊代も兼ねて、いつもより多めの喜捨をする。
教会としては、厨房と来賓用の食堂や寝室を提供するだけで寄付と称したお金がはいり、伯爵家にとっても安全で休まる教会はうってつけだ。
持ちつ持たれつというやつだ。
王都までの旅の場合は先行した伯爵家の使用人が宿泊場所や昼食の食事処などを予約等の段取りをつけてある。ほとんど教会だけどね。
専属料理人たちも食材も詰めた馬車で乗り合わせて、アイリス達とは別行動がおおい。
今回も食事を提供したら、食器等の後片付けを済ませて次の宿泊場所へ向かう。
この辺は治安も良く、盗賊はまずでない。
出たとしても御貴族様の馬車を襲う馬鹿はいない。
襲ったら最後、徹底的に王命で盗賊狩りが行われる。
王国に弓を引いた扱いにされ、捕まったら問答無用で絞首刑となる。
あまりにもリスクが高すぎるのだ。
アラン様とアイリス様はそれなりに豪勢な食事をし、使用人たる俺たちはパンとスープ。申し訳程度に肉が沈んでいる。
リリさんとララちゃんはそそくさと食事を切り上げ、アイリス様の世話をしにゆく。なんだか嬉しそうだ。
アラン様は自己完結するので、俺たちは空気だ。
そしてまた宿泊場所まで乗り合わせる。
使用人の馬車はアラン様の馬車より早く出発する。
料理人達は片付け済み次第。
宿泊場所での準備があるからだ。
で、また無言の馬車旅が始まった。
まあ、暇だろうからつらつら考えてみる。
馬車は右側通行で走る。
席か四人分。御者を背にした側と進行方向を向いてる側で2つの長椅子があり、向かい合っている。
左奥、つまり進行方向を向いて左側の席が一番偉い人が座る。ここには将来の跡取り伯爵アラン様の付人筆頭ティークさんが座っている。その隣が俺だ。入り口側で、偉さからすれば三番目の位置になる。
御者側奥、ティークと向かい合ってリリさんがいる。
その隣俺と向かい合ってララさんだ。席次としてはリリさんが2番目、ララさんが四番目になる。
まっ、所詮使用人で同僚だからねその点では余り窮屈ではない。寝てもいいし……。
ちなみにティークは、18歳。金髪に近い茶髪。顔はまあ、俺より断然いい男。真面目だしね。
ドラルド子爵家の三男坊。ユークラリス伯爵の付人は子爵家出身の者がなる。
で、俺も三男坊。ライチェル子爵家のね。
頭髪は茶髪。顔は黙っていると『生意気』といわれる顔。
アラン様はアラファルト子爵家の次男から伯爵家に養子に入ってる。
この子爵三家が、ユークラリス伯爵家の一番濃い血統を守っている。跡取りのいない伯爵家に養子に入る場合、年齢や長男次男などは一切考慮されない。髪の毛がグレーで瞳がアンバーの者が選ばれる。子爵三家ではアラン様だけがそれに当てはまり、当然伯爵家を継いで次代様となる。
だから俺たちには
『同じ子爵なのにあいつだけズルい』
という感覚はない。アラン様に仕えて当たり前なのだ。
初代様の容姿に近い者が問答無用で選ばれるって訳。
アラン様は順当にいけば妹君のアイリス様を正妻に迎えるだろうね。アラン様は養子だし、父親はロベルト伯の実の弟君だから、アイリス様とはいとこ同士になるね。
アイリス様といえば、近頃急に女らしくなったという話だ。もちろん俺もそう思っている。
前なんて、キョロキョロ鶏みたいに落ち着きがなく、なんだか女の皮を被ったガキみたいな感じがした。
でも、頭を打って生死の境から生還してから人間変わったよ。まだ子供っぽいといえばぽいのだが、落ち着いている。
何より走らなくなった。
そして時々ゾワっと鳥肌が立つ位いい女になる時がある。
目覚めて初めての夕食会はヤバかった。
食堂に入ったアイリス様は一国のお姫様のようでさ。
微笑みながらゆったり辺りを見回す様は、ホント鳥肌立ちまくりだった。俺、体震えたもん。後で仲間に顔真っ赤だぞ!ってからかわれた。
それから伯爵様に向けた笑顔
後光が射してたね。キラキラキラキラ空気がキラめいたよマジで。正直、女神かと思ったね。
まっ、その後食事ん時、元へ戻ったけどさ……。
アラン様とアイリス様。ふたりきりで馬車に乗って正直うらやましい。以前は世話係としてリリさんが乗り合わせることもあったけど、アラン様は人嫌いだから、この頃はアイリス様と2人の事が多い。世話もお手のものだからなぁ。
今回は激変したアイリス様との旅だから、ちょっとムフフな事があったりして……。ないな。あのアラン様に限ってそれはない。断言できる。
─ん?
視線を感じた。
正面のララちゃんと目が合った。ニヤリとされた。
なんかムフフの思考読まれていたような気まずさを感じる。
で、俺は目の合った一瞬で下を向く。ララちゃんが嫌いな訳ではない。眼前に凶器があるからだ。
胸だ。胸がでかすぎる。無意識に俺の視線を奪い取るだろうことは分かっている。だから、予防だ。
─お年頃の俺には……キツすぎる
でリリさんの方をチラッとみる。相変わらずうつむき加減で微動だにしない。で、美人。緑の髪は鮮やかで、瞳はエメラルド。スタイルもなんかいいしさ。年頃の使用人の男たちの憧れのお姉さんだ。才色兼備でいうことなし。アイリス様に献身的に仕え、もしアイリス様が正妻となれば、アラン様の代替わりにあわせて侍女頭になるだろうという噂だ。
俺もそう思う。
で、リリさんと向かい合っているくそ真面目な男ティークに俺は、ムラムラと嫉妬の炎を燃やしてる。
なんせふたりは婚約者なのだ。
挙式はリリさんのたっての希望で、アイリス様が学園卒業後まで待って貰うらしい。
このふたり、事務的な話だけしてもう半日も押し黙っている。一見険悪な感じだが、俺は知っているぜ。
屋敷の死角でキスしてるとこ見ちゃったもんね
─あん時のリリさんの顔ったらそりゃぁもう!
……メラメラメラメラ嫉妬の炎が半端ないぜ!
また視線を感じる。
またララちゃんと目が合った。
またニヤリとされた。
目がヤバイ。
絶対俺の思考読んでいる。
ともあれ、ティークもさ、リリさんを愛しちゃってるわけよ。今時相思相愛って羨ましいねぇ。
そうそう、アイリス様が【眠り姫】だった頃。リリさん結構精神状態ヤバかったらしいんだ。
夜中アイリス様の担当じゃない時は泣きっぱなしだしね。
仕えている時といない時の落差が凄かった。
もう、リリさんすげー死にそうな顔しててさ
『もしあの時、手を離さなければ』
って自分を責めまくっていたみたい。
アイリス様にいきなり頭突きくらって、思わず掴んだ手を離したらしいけど、誰だって離すよね。
そんな時期、リリさんを支えたのがティークって訳。もう完璧仮面のリリさんが、ティークの胸で泣いているの何度見た事か?
普段のリリさんなら公私をわきまえて絶対そんなことこ見せないけど、よほど心に余裕が無かったんだろうなぁ。
婚約者同士って知っているから、誰も邪魔しないし、見てみぬふりしてたよ。
あの厳しい岩みたいな女子の使用人統括のライザさんも、ティークにもたれて泣いているリリさんを見て、何も言わなかった。初めて優しさをみたぜ。
アイリス様が元気になった今は、リリさんも元に戻ったけどさ。
俺たちは相変わらず馬車に揺られている。
─で、なんだろこれ?
─この無言劇、いつまで続くんだろ?
今日もいれて後五日
─俺、耐えられるのかな?
俺おしゃべりじゃないし、黙ってろと命令されれば黙ってられるけど、ここご主人様いねーじゃんよ!
使用人ばかりだぜ。せめて一時間に一言二言でも言葉を交わしてもいいと思うけどな。
何でみんな押し黙っているんだ、王都に行く時は話しちゃいけないっていう不文律でもあんのか?
─ん?
また視線を感じる。
今度はリリさんだ
─なんだろ?
チラッ見てみる
─えっ!
今あからさまに顔を背けられた!
─俺、何かしたのか?
ほとんどリリさんと接点ないし……
こんどはララちゃんの方からだ。
視線が痛い。
なに見てんだよ。
見てなくてもわかるぜ。
見ちまうと、凶器見ちまうからな!
でも、気のせいってあるからな!
見て見よう
─チラッ
目が合った。
ニヤリと笑われた。
そして人差し指を立てたられた
─なんだ?
その指が、ララちゃん自身の凶器を指した。
その凶器……いや、胸をぐいと張った。
またニヤリと笑われた。
ついでにフッと鼻で笑われた。
思わず俯く。
絶対あいつ俺の思考読んでる。
からかってる。
でも俺今、顔が赤くなってるはず。
顔が熱いぜ
─くそ!
また視線を感じる。
ティークだ
『んだよ!』
って無言でみてやる。
ティークじっとり俺を見ている。
ガン見している。
「さっきから震えているようだが
……トイレか?」
「違うわ!!」
プッ
─おならじゃないぜ
ププププププププ
「あははははははははあーおかしいー」
目元を濡らしながら、リリさんが笑っている。
「もう私の負けです!ティークさん何がいいですか?」
「えっと……先に声だしてしまったから、オレの負けだと思うが……」
「後輩のトイレを心配をするのは、事務的な事柄の範疇ですよ。だから、私の負けでいいです」
─な、何を言っているんだ?この人たち!
「えっ!ティーク!そしてリリさん、何の話ししているのですか?え!」
「ティークとリリ、賭けをしてたっち」
賭け?賭けってなんだ?
「ララちゃん何のことだ?賭けってなんだ?」
「ちゃんはいらんっち、ララでいいっち。
このふたり、私語をどれだけ我慢できるかゲームをしてたっち。初めに私語を言った方が負けっち。
アッチも便乗して、タックをからかっていたっち」
─からかってた?
「んだよ!それ!
俺だけ知らなかったのか?」
「あーそれは、新人の登竜門ってヤツっち。
初めて王都に旅する使用人を、初日みんなで無視して不安にさせて、宿でビックリ種明かしな訳っちよ。
アッチもリリもティークもみんな経験者っち。
もう、タックとは話ししたから、これは終了っちね」
コホン
ティークが咳払いした
「タックを無視してみんな押し黙るから、退屈だろう?
オレたちにも我慢大会みたいな物だからな。で、どうせ黙っているなら、オレとリリ、どちらが先に私語するか賭けをしていたんだ」
「もうララが変顔したり、私たちをからかって大変だったの。タック君をおちょくって、私たちを笑わせようとしたりね。
さっきだって、ララ。
自分の胸とタック君を交互に指指して私の耳元で『次もアッチのララパイを見るっちよ』なんて囁くのですもの。そしたら直ぐタック君が私を見るから、思わず笑いそうになって顔を背けちゃったわ!
それからね、ララったらホントに指先一本動かしただけで、タック君が釣られて胸を見ちゃったじゃない?
あれでもう限界だったの。
あの時は顔を背けちゃって、その、気分悪くさせてご免なさいね」
「あっいえ……」
そういうことか?別に嫌われていた訳ではなかった。
そんなに俺、あからさまにララの胸を見てたっけ?
でも気になることが
「あの、リリさん。もし賭けに勝ったら、御褒美は何でしたか?」
「リリでいいわよ。私もタックと呼ばせて貰うから。
私たちはお互い、勝ったら相手の言うこと
『何でもひとつ聞く』ってこと。
何でもっていっても常識の範囲内ね。
もし私が勝ったら、休日に王都を案内して貰おうかと思っていたわ」
「それは奇遇だ」
ティークが驚いたように言った
「オレも勝ったら、王都のデートに付き合ってもらうつもりでいた!」
「本当ぉ!すごいわ。嬉しい!」
何やら奥の方で、お二人さんお手手にぎって、見つめ合ってる。見ちゃいられない
「けっ、つまらんっち。
勝手に行けっち!ちっちっち」
ララはリリと距離をとって、リリとティークに手の平をヒラヒラさせている
「という事で、アッチらもデートするっちか?」
「えっ?お、俺とっすか?」
ララの爆弾で俺テンパる
「イヤっちか?」
「イヤじゃないっす。むしろお願いしますっす」
「じゃ決まりっち。美味しいスイーツのお店知ってるから案内するっち。
もちろん案内するから、タックの奢りっち!
反論は許さないいっち!」
これってデートと云うより、サイフ要員ではないだろうか?
「それとっち!」
ララがぐぐぐっと迫ってくる。
胸部の凶器も破壊力を増しましてくる
「エッチィな事はダメっちよ!
ララパイはタックにはまだ早いっちよ!」
「さ、触るか!!」
まだ女の子とプライベートでさ、デートも手も握ったことないのに、出来るか!
でも、例えサイフでもいい。
─ララとのデートすげーワクワクする!
残りの馬車旅。
─楽しくなりそうだ!
アイリスとアランの付き人達
馬車という箱庭での小さな物語
いかがでしたか?
それぞれの個性が出るように
一話にまとめてみました
ホントはもっとララ無双していましたが
自嘲しました(>_<)




