ジョシコーセーカエデ
「ということは楓。
ここは異世界の乙女ゲームの世界みたいで、間違いないですか?」
アランは右手の指先を顎に添え、思案中。
左手は膝の上。
アイリスの右手と絡まっている。
わたしは体の左側をアランにくっ付けて、夢見心地な締まりのない顔をしている。
二人は隣どおし、長い座席の両側がやけに広い。
アランとアイリス。いや楓は、抱き合いお互いの想いを、甘く激しくぶつけあった。
さっきまで5分以上も唇と唇を重ねぶちゅっていたのだ。
それからなんとなしに口づけをやめ、なんとなしにまたチュッとして、なんとなしに見つめあって、なんとなしにまたまたチュッとして、なんとなしに抱き合っていた体を離し、なんとなしに手と手を絡めて、なんとなしにまたまたまたチュッとして、なんとなしに楓は自分のいた世界の事を話し始めたのだ。
自分の事
家族の事
日本の事
世界の事
異世界の事
乙女ゲームの事
もとより頼りないおつむから
思いつく限りいろいろもろもろ
話した
で今ここ
楓はまだシアワセに浸ったまま。
アランはもう夢から醒めて、質問してくる。
「楓。聞いてますか?かえで!」
「え、はい。何ですか?」
この調子でなかなか進まない。
─はぁ~
アランはため息をつき
「少し休憩しますか」
「え、そうですか?何でしょうか?」
「休憩しますか?」
「そんな……恥ずかしいです」
またため息をつき、夢から醒めるのを待った。
「ねぇアラン?カエデのこと好き?」
「姉様?」
突然アリスがでてきた
「ちょっと手痛い!」
ってあっけなく手を離す
「カエデね、アランのこと会ってからずっとずっと好きだったんだよ」
「僕も同じです」
「アリスのことも好きでしょう?」
「はい大好きですよ」
「カエデがアランを好きと、アリスがアランを好きね。
同じ好きだけど少し違うの。
アリスはね、アランを考えるとすごく嬉しくて楽しくて幸せなの。
カエデもね同じだけど、なんか胸が痛くなるの。カエデはね『切ない』ってよくいってたよ」
アリスは両手を自分の胸に添える
「アランも『アリスを好き』と『カエデが好き』は違うの?」
アランは目を閉じ、少し嬉しそうに微笑んだ
「僕も姉様といると、楽しくて嬉しくてそして凄く安心します。
楓とはそうですね……安心というより……『もっと』って気持ちが強くあります。
もっと会いたい。もっと一緒にいたい。もっと知りたい。そんなもっとが次から次へと湧いてきて止まらないんです。
もっともっともっとって。
ずっと一緒にいれる訳じゃないし……。
離れてもそのもっともっとが続くのです。
離れているから、もっともっとが叶わないでしょう?
そんな時、胸が痛くなります。
僕の場合は楓としてきちんと接したのが、今日が初めてですし、今までのカエデは何かいつも寂しそうで、辛そうだったから、そんなカエデを見ても胸が痛くなりました。
言葉にすると難しいですね。
言いたいことの1/10も伝わらない」
「むつかしいね。ぜんぜんわかんなかった。
でも、アランもカエデを大好きだってわかったよ!」
「さすが姉様!そこが一番伝えたかったとこです」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
アリスは
「撫でて!」
って、アランの太ももにコロンと頭を乗せ膝枕してもらった。
「狭い。もっとそっち行って!」
と奥へ押しやられたのはご愛敬。
アランは当たり前のように、アイリスの頭を撫でる。
アリスはもし猫ならゴロゴロ喉を鳴らすような、満更でもない表情でまったりしてる。
──これがふたりの日常──
積み重ねてきた日々の当たり前。
姉様とずっとこのまま過ごしたいという思いと、楓と早く会いたいという想いが矛盾せずに同居する不思議な時間
「あの姉様。先程の話、もしかして楓に筒抜けでしょうか?」
「ん?聞こえてないよ。今眠ってる」
「心の中で楓が寝ているのですか?横になって眠っているのですか?」
アイリスは上目遣いになる。アランではなく上の方を見ている
「そうだよ。今はね、ジョシコーセーの楓ちゃんが寝てる。可愛い制服着てるよ」
「ジョシコーセー?ああ、異世界で亡くなる前、学生だったと言ってたような?
どんな姿なんですか?……ちょと気になって」
「えっとね、髪が黒くて短いよ。瞳も真っ黒。顔はアリスと似てないけど、すごく可愛いよ。見たい?」
「えっ!見られるのですか?」
「たぶんね。でもカエデには内緒だよ。
知ったら凄く恥ずかしがるよ。
それに今ね、なんか自分なんて全然可愛くないって思ってるの」
「楓が嫌がっているなら……いいです……残念ですけど……」
ホントに残念そうに俯く。
膝枕中のアリスは、うつむいて近くなったアランの顔をチロって覗き込み
「ふ~ん、女心わからないね~アランくんは……。
カエデね、自分のこと知ってほしいんだよ。
カエデには内緒だけど……ホントの自分をアランに知ってもらったら嬉しいんじゃないかなぁ~?
カエデもホントは見てほしいって思っているよ」
─ちらっ、ちらっ
っと挑発する。
う~んと唸っていたアラン。
ついに誘惑に屈服
「見たいです。知りたいです。もっともっとです。
姉様。お願い出来ますか?」
「いいよ。内緒だよ。バラさないでね!でないとこんどはアリスがオマルに座らされるから!」
「……オマル?……」
キョトンとするアラン。
アリスはじっとしているのが苦手。
トイレの時いつも楓に代わって貰ってた。
アリスは膝枕をやめ、アランの顔を両手で挟み横に向ける。
隣通しで座っているので、アリスも顔を横に向け、ふたりは面と向かい合う。
アリスとアランは額と額をくっ付ける。
「アラン……目を閉じて……そしたら視えるよ!」
アリスとアランは目を閉じる
アランは驚きの声をあげる
「この女の子が……楓……!?」
アランは白っぽいグレーの空間に横たわる一人の女の子の姿を見ていた。
両腕を揃えて枕にして、横向きにねている。
髪は常闇のように黒々とし、抜けるような白い肌をより白く浮き上がらせている。
唇は赤く艶やかで、吐息を漏らすかのように少し開いている。
頬は朱に染まり、それは生命への賛歌を感じる。
髪の長さは顎の辺りで途絶え、白く細い首が露となっている。
白い制服のシャツの生地は薄く、胸元のボタンは外れ、僅かに胸の膨らみの起点が見える。
そこは意識の世界のはずなのに、健やかに呼吸し、胸部が上下している。その上下の合間に、胸を隠す下着の一部が見え隠れし、アランを赤らめる。
制服には赤いラインがいくつか入っていて、袖は短く二の腕から露となっている。
更にスカートは黒基調で、赤と緑のチェック模様が鮮やか。
スカートの丈はやたら短く、太もものほぼ根本の辺りまでしか隠していない。
両足はくの字を描きかすかに左右ずれて揃えてある。
剥き出しのふくよかな太ももと、綺麗な流線形をえがいて下腿部そして素足と、白く白く悩ましく目に印象付ける。
──これは目に……毒すぎるけれど──
貴族社会は特に女性は肌の露出がすくない。言葉は悪いが娼婦もこんなに肌を晒していない。
漸く遅い思春期を迎えたアランには余りにも刺激が強すぎる。
本来のアランからすればこんな格好は唾棄すべき忌まわしい姿として、一瞥もくれず目を背けるだろう。
けれど今はただその恋する楓の全身が妖精のように美しく、幻想的で胸を焦がして止まない。
いつまでもいつまでもその姿を見ていたいと願う自分がいた。
──なんて綺麗なんだろう──
……アラン!……今から楓起こすね……目覚めても……こっちのことは分からないから……安心して……
そして楓は気だるそうに瞳を開いた
長い睫毛、黒真珠な瞳。虹彩が紫がかったブラウンで神秘的な光を放っている。
瞳という芯を得た顔は、生来の目映さや美しさを強烈に発現し、アランの心根をえぐった。
上半身を起こし、横座りとなる。
ほぼ丸出しの足が、目のやり場を困らせた。
髪をかきあげボーッとしてる。
それから体育座りになり、膝の上に頬を乗せる。
考え事をしているのだろうか?
……ねっ、姉様!……その……ちょと……これは……さすがに……
楓の姿のアングルが下からになり、あからさまにスカートの中、下着が丸見えになった。
瞬きしたり、目を背けたり、目を閉じたり出来ないアラン。視たいけど、視てはいけないのに、ガン視せざるえない罪悪感に苛まれる
……え~っアラン……いまちょっと見たいって……思ったよね……せっかく……叶えて……あげたのに……
……や……やめてください……からかわないで……姉様!……
無事?下着が見えない位置に映像が固定される。
名残惜しい気もするが、これで十分いっぱいいっぱいだ。
楓は立ち上がり伸びをする。
シャツとスカートのあいだにおヘソが覗く。
どことなく華奢な感じが、守ってあげたい男心をくすぐる。
それから、手を後ろに組み此方へ歩いてくる。
どんどん近づいてきて画面が楓の顔でいっぱいになる。
瞳がクリッと光り、嬉しそうに愉しそうに微笑んだ
─可愛い
アランの心がキュッとなる。
『アラン!』
楓は呼んだ。
それはアイリスとは違う、涼やかな爽やかな鈴の音色のような声の響きだった。
もっともっと聞きたい。
もっともっと名前を呼ばれたい。
アランはそう願った。
──刹那──
楓がアイリスに変わった。
それはアランが八歳の時初めて出会ったあの日の姿そのままだった。
無邪気な好奇心に満ち溢れた顔、最高峰の笑顔で手を振った!
……アラン!今、カエデと代わったからね……目を開けてもいいよ……
……デワ!アランクン!ケントーヲイノル!……
小さなアイリスはかわいく敬礼をした。
アランは目を開いた。
超眼前にアイリスがいた。
顔を真っ赤に染め上げた楓だ。
「あの……アラン……すごく近いんですけど……額が……くっついているんですけど……アリスと……何かありました?」
「あっ、ごめん……ちょっと熱っぽいていってたから……熱は……ないみたいだね……」
ちっこい嘘で誤魔化すアランの顔も真っ赤だ
「「あの」」
ふたりの声がハモる
「あの。楓。ちょっといいかな?」
「なんでしょう?……今……近くて……すごく恥ずかしい……です……」
「楓。君はすごく綺麗だ」
「ありがと……でも……アイリスだから……ホントのわたしなんて……」
楓は目を伏せて、悲しそうに呟く。
アランはそんな楓の瞳をみつめ
「ううん、君は綺麗だ」
「……アラン……ありがと……嬉しい……その……気持ちだけでも……嬉しいよ……」
「だから、僕は君を知ったから。
言うよ。
アイリスではなく
楓。君に告げるよ。
楓。僕は君に恋してる」
「アラン……わたしも、……楓も……
アランに恋してます。
だから……キス……優しいの……おねだりしても……
……いいですか?」
そしてふたりはまた
長ったらしい
キスをした
優しいのは
初めだけだった
ホントはいなかったアリスとジョシコーセーカエデ。
これからも精神年齢8歳のままのアリスと共に
コンビを組んで異世界生活を駆け抜けますよ!
今回はアランをからかってみたかっただけ。
頑張ったアランへのちょっとした御褒美!




