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アラン……馬車なかの秘め事……

 

王都に向かう馬車の中。


アランはうつらうつらしてるアイリスを見つめていた。


馬車の中はふたりきり。

使用人は別の馬車に乗り合わせている。

アイリスはついに眠りにつき、座席に横たわる。



アランはそんなアイリスを見て、ため息をついた。




 ☆☆☆




アイリスは変わった。

あの長き眠りより目覚めた日から姉は、どこか別人のようになった。

いや、あの日以前の無邪気な子供ような今までの姉様アイリスと、ナニカ別人のようなアイリスがいる


二重人格だろうか?


だが、それにしてはどちらの人格でも同じ記憶をようしているようだ。

やはり、頭をうった影響だろうか?

あまりにも違うふたりがいる。

そしてナニカの方は無邪気な姉様を演じている。

もう7年もアイリスの側に居たのだ。気付かぬ方がどうかしてる。

ひとつハッキリしていることがある。



 僕はナニカに恋をした



あの日。食堂に現れたアイリスはナニカだった。

妖精のような微笑み、ゆったりと辺りを見回す姿に思わず見とれた。

そして天使のような晴れやかな微笑みで、伯爵(義父)を見つめる姿に嫉妬した。

僕にもその微笑みを向けて欲しかった。

そして食事が始まると、突如いつもの見慣れた姉のアイリスが出現した。

姉は無邪気に本当に美味しそうに食べていた。

その日はナニカは現れなかった。


2日後、テーブルマナーを教えた。

そこに居たのはナニカだった。

目が合うとナニカは頬を染め、はにかんだ表情をする。

その顔が堪らなく好きだ。

アイリスのことは美人だと思っているが、そんな思いになることは今までなかった。

いつも無邪気なアイリスを演じているが、だいぶ綻びが見える。演じても演じていなくてもナニカと丸わかりだ。


それから昼食がてら毎日テーブルマナーを教えた。

いつも来るのはナニカだった。

アマンダさんに礼儀作法を学んでいるのもナニカだ。

まるで突然連れて来られた人が、この世界を学び必死に溶け込もうとしているかのようだ。


毎日のテーブルマナー講座で、僕は良くナニカに話しかけた。

無邪気なアイリスが解らない少し難しい話しもした。

演じているが、明らかに理解している。

そしてたまに冗談を言うと、弾けるように笑った。

その笑い方も大好きだ。

でも出会いを重ねるたびに、ナニカは寂しそうな辛そうな表情をすることが増えた。

思わず抱き締めたくなる。

僕と嬉しそうに話していても、急に瞳がくすみ無邪気な姉を演じはじめる。



『そんな暗い顔の姉様なんて見たことないよ』



ある日の夕方。

窓辺で黄昏てるナニカをみた。

リリとララの姿もなく、珍しくひとりだった。

本当に本当に悲しそうな顔で沈む夕日を見ていた。

それは望郷の姿であり、別れた愛する誰かを思い出してるようでもあった。

そしてその頬を一筋の涙が伝った。


思わず駆け寄りナニカを抱き締めた。


ナニカは僕の胸に身を埋めて泣いた。


「……寂しいよ……わたし……ひとりぼっちだよ……」


ナニカはそう呟いた。


『僕が側にいるよ』


そう言うつもりだった。

でも溢れ出た言葉は違った


「君は……誰?」


その言葉にナニカは目を見開き固まった。

驚いたように口を半ば開けていた。



僕は反射的にキスをした。



ナニカはビクッと怯え、それから(とろ)けそうな表情(かお)をして僕の背中に手を回した。

けれど、それは束の間だった。

直ぐに手を離し、唇も追従した。

僕から距離を取り、震える体で言った


「わたしはアイリス。あなたの姉様。

 アランが大好きな無邪気なアイリス」


ナニカは瞳から光が消えた虚ろな顔で、無邪気風な微笑みを作っていた。

そして僕の元から去って行った。

去り際、僕は聞こえた。

ナニカの独り言を……

たぶん僕に聞かせるつもりではなかった言葉。

小さくてかぼそい消え入りそうな声



「わたしはカエデ。

あなたに恋をした、あなたの知らない女の子」



僕はその時から、ナニカをカエデと呼ぶことにした。

僕はその日その時その瞬間どうしようもなく解ってしまった《カエデを愛している》と……。

その愛は無邪気な姉様への無条件な愛とは違う愛おしさ。


それからカエデと何度も会ったが、カエデは明らかに僕から距離を取っていた。

話しかけてもぎこちなく、作り笑いしか見せてくれなくなった。



 ☆☆☆



今日は出発の日、皆とお別れの時は姉様で、馬車の中でカエデになった。


今日のカエデは少し柔かな感じがした。

思い出し笑いだろうか、クスッと笑ったりした。

あんまり可愛くて、ドキッとした。


目が合った。


ずっと見つめていたのが気恥ずかしくて、微笑んだら微妙に距離を取られた。

物理的な距離だった。

向かい合って座っていたのが、対角線に移動された。

何か気に障ったのだろうか?

嫌われたのだろうか? 


それから笑いかけても、作っような微笑みを返してくれるだけ。

話しかけても一言二言返事をして、押し黙る。

とても気まずい。



このままではいけない……



 ☆☆☆



今は長い座席に横たわり眠っている。

安らかな寝顔が、目の前にある。


あの日のように接吻したらまた目覚めるのだろうか?

そして目覚めたら、カエデはいるのだろうか?

流石に今は寝かせるつもりだ。


でも、僕は覚悟を決めた。


もし目の前で眠るアイリスが目を覚まし、それがカエデなら、僕は尋ねるつもりだ。


『君はカエデ?』


カエデがなんなのか、本当の事を僕に教えてくれるか分からない。

でも僕は、カエデの味方であると告げる。

もしカエデが姉様の体にいる別のナニカであっても、誰にも話すつもりはない。


 馬車の中はふたりきり

 秘密は守れる


いきなり愛の告白とかは無理だけど……。



「……アカネ……」


寝言?

誰かの名前?

アイリスの顔が少し苦しそうだ。

悪夢を見ているのだろうか?

起こした方がいいのだろうか?


「……わたし……やっぱり…………じゃったんだ……もう……かえれない……」


その顔は苦痛に歪み、絶望的に悲しそうだ。

起こした方がいい。


僕はアイリスのすぐ傍、向かい合う座席と座席の間の床に膝をついた。

揺すって起こそうと肩に手をのばす


「……とうさん……かあさん……ごり…………ごめんなさい……」


閉じた瞼から涙がポロポロポロポロ落ちる。

ポロポロポロポロ幾つもの小さな水の粒が、キラキラと頬を伝っていく


『今起こしたらいけない』


なんとなくそう思った。

カエデは大切な、かけがえのない時を過ごしているように感じた。


ただただ見守る事にした。

カエデの前の床に両膝をつき、もし目覚めたら直ぐ慰めてあげられるように待機した。


「……みんな……アカネ…………あいしてくれて………ありがと……う……」


そう寝言を呟くとまた安らかな寝顔になった。


ホッとした。


アカネって誰?

カエデが愛する人?


なんだか胸の奥がクシャッと痛んだ。

思わず目を閉じ、着ているシャツの胸の辺りをクシャッと掴んだ。


そのまま暫く痛みに耐えていた。


視線を感じた。

目を開けた。


眼前には大きく見開かれたバイオレットな瞳。

宝石のように美しい半球体に僕が写っていた。


水滴が涙袋の上で大きな玉となっている



「……僕も愛してるよ……カエデ……」



僕を見つめる瞳が驚愕に変わる。


僕はいま、とんでもないことを言葉にしたような気がする。





涙袋の大きな水滴が、ポロっと落ちた。






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