すがる藁
【聖刻の乙女】
またの名を
【聖刻の聖女】
滅びや破滅の淵ではなく
安らかなる岸辺に誘う者
【聖なる刻を刻む者】
初代は獣を生み
次代は周りの獣を家族とし母となる
3代目は肥太り餓えた獣を鎮め
4代目はその獣に安らかな憩いをもたらす
聖女がこの世を去る際、新しい伝承が生まれ後世へと伝えられる。
伝承をつたえる者は2つの世界を生きている。
この現実世界と精霊達の世界。
シェレイラにもふたつの世界がみえ、伝承を受け継いでいる。そして3つ目の世界はこことは理を異にする《異世界》という。
百年前。4代目が死を迎えるとき、新たな伝承を生み伝えた
次代……5代目の《聖刻の乙女》は
ふたつの大いなる獣が一方を喰らう
そのひとつとなる世界獣を安んじる者なり
もし最後の伝承を心あるものが聞いたら、誰もが想像するだろう。
その2つの獣。2つの国の名を……
だから伝承は秘伝として秘密にされた。
もし知られたら、この娘はアイリスは無事ではいられない。その命はこの国に必ず消される。
シェレイラは怯えていた。
子供まま一向に心が成長しない我が子に。
〈聖女は隠れている〉代々の聖女たちは〈精神が病んでる者〉として家の奥底に隠されてきた。
アイリスもそうなる筈だった。
だが、シェレイラは無理をいいアイリスを学園に通わせた。そうすれば、代々〈隠されていた〉事実から逸脱し、表にでたアイリスが運命から逃れられると思ったからだ。
このことはもちろんユークラリス伯爵は知らない。
アランにも、随分と無理をさせたと思う。
だが、アイリスは死の縁を彷徨い、生還したその心には別のナニカを宿していた。
シェレイラは一目見て判った。いや、みる前から判っていた。
聖女は成人する前、必ず異常に見舞われる。
ある者は高熱で
ある者は階段から転げ落ち
ある者は落馬して
ある者は急に気がふれて
皆一応に意識不明の時を経て、目覚めたときには異世界の者を心に宿すという。
アランがアイリスの目覚めを告げた時、そのあからさまな変化を見て確信した。
でもひとつ、どうしても聞かなければならない
「アリー教えて。これからどうなるのかしら?」
「あのね天使さんが言っていたの。
カエデがどの人を決めるかだって。
その人によって、いろいろ変わるって。
アリスはアランしか選ばないから、カエデが決めるの。
でもね、変わらないこともあるって。
間もなく大きなケモノが一匹、死んでしまうって!
そのケモノの体がバラバラになっちゃうって。
その死体が、他の小さなケモノに食べられたり、腐らないようにするのが、アリスとカエデのお役目だって。
でもアリスがシロバラに通っている間は、それはまだだって教えてくれた。」
「もし……カエデさんがその人を決めなかったら、どうなるのかしら?」
そのとたん、アイリスの瞳はゆらぎ。体から淡いオーラが立ち上る。
大精霊がアイリスを依り代として降臨したのだ。
その光はシェレイラしか見えず、また精霊のことも他は誰も知らない
「ひとつの獣が血を吐き身悶え倒れる。
その死骸を食らおうと、もうひとつの獣が水の世界を航らんとし、暴風に呑まれ沈むだろう。
されば周りの小さな獣が、主のいない空いた巣に残った子等を喰らい、その旨味を覚えた小さな獣たちは互いに喰らい合う。
やがて大きなふたつの巣の中で、肉片が腐り百年に渡り腐臭を放ち続けるであろう。
次代の《聖刻の乙女》が獣の主を決めるまで、それは続くであろう」
ここまで言葉を紡ぐと、元のアイリスに戻った。
『なんと残酷な……』
もしそれが本当なら、ふたつの大国が消え百年にわたり乱世が続くということだろうか?
もしシェレイラがアイリスを運命から遠ざければ、苛酷な世界がやってくる。
その世界で果たしてユークラリス家は、アイリスは生き残れるだろうか?
一人の人間に……まだ年端もいかぬ少女に……それだけのものを背負わせて良いのか……嘆かざるを得ない。
シェレイラはアイリスを運命に任せ、母として支える以外にないであろうか?
そんな止めどなく沸き上がる思考を妨げるように、アイリスがなにかを思い出したように語った
「あ!カエデね。アリスのいる世界は、おとめゲームの世界だって!」
「おとめゲーム?ゲームってあのチェスやトランプみたいなもの?」
「ううん。てれびの中で絵の人が動くの。
アリスねそのゲームに一番出てくるの。
ヒロインだって!
カエデねアリスになってね。シロバラで恋をするの」
その瞬間シェレイラの瞳が妖しく揺らめいた
「その、恋のお相手の方は判るかしら?」
「えっとね、おーじふたり。金色の太陽と銀色のお月さま。
それとこーしゃく……サイショーになるんだって。これもこーしゃく……なんかいつも女の子を連れているの。
あとははくしゃく……あっ!これアランよ!絵のアラン!でもカエデ、ゴリ嫌だからアランはダメだって……」
「カエデさん。アラン嫌いなの?」
アイリスは遠い目をした。
記憶を覗いている
「ううん。好きとか嫌いじゃなくて、ゴリを思い出しちゃうんだって……同じおとうとさんだから。
他には、きしのひと……ダンチョーになるんだって。最後にへーみん……黒い人!船に乗ってる!」
「あの……それだけ?他にはいないの?」
「うんいないよ」
『そんな筈はない』
シェレイラは思う。
アランも含め七人の男達の名前は目星がついた。
皆、白薔薇学園の在学生だ。
だが、肝心のあの者がいない。
カードに例えればJOKERだ
使い方とゲーム次第だが、どのカードにも勝てる目がある。もし、アイリスが〈聖刻の乙女〉なら、あの者はなくてはならない筈だ。
「カエデね。ゲームで王子様とシロバラヒメしたくて、頑張ってたんだ。でもね、いつも黒いのが邪魔しに来るの!」
「黒いのって平民のお舟に乗っている人?」
「違うよ。黒もぶさいこやろうあいりすすとーかー!」
「くろもふ?あいすとかー?」
アイリス首をブンブンふる
「違うよ!ホントの名前はでゅーく!
でゅーく・みかえる・おーぎゅすと!
いっつもアリスをさらっていくの!」
「デューク……」
シェレイラは呻く
やはり
やはり
やはり
運命はかくも残酷
なぜ、異世界のカエデがその名を知っているのか?
彼の国の彼の者
『デューク・ミカエル・オーギュスト』
オーギュスト帝国の第三王子。
『……そしていずれは……』
シェレイラは呟く
「───皇帝になる男───」
ふたつの獣のうちひとつを束ねるであろう男。
アイリスは無邪気な声で更に不吉を重ねた
「カエデがここに来たのは、最後の最後にアリスがでゅーくに拐われて怒ったからなの!」
「……アリーが最後の最後で……拐われる……」
脱力に脱力を上書きし、やっと漏れでた言葉。
絶望の中で救いがあるとすれば……アイリスが選ぶ七人にその者が入っていないということ……
ただそれだけがシェレイラがすがる藁。
補足。獣=国です。
大いなる獣 海 大いなる獣
間に海があります。違う大陸です。
シェレイラさん。
空気なはずのシェレイラさん。
うちの娘。
怖いというシェレイラさん。
思い切りネタバレしてくれました。




