生きてるよ!わたし!
アイリスは母様
シェレイラ・ユークラリス
に抱かれている。
シェレイラはハグを終え、わたしと目線を合わせる。
─わぁ母様。マジで綺麗
楓はアイリスと良く似た顔立ちのシェレイラに見とれている。
二人は生き写しと人は言う。
親子だからね似てるよ。
顔はアイリスを更に美人にした感じ。
でもね、全然違う。
纏っている雰囲気とか深みとか、なんか別物。
こうしてバイオレットの瞳を見つめていると、何故か心の奥底が覗かれているようなら気がしてならない
「ねぇアイリス。あなたの好きな花を用意したのよ。
何が見えて?」
そう言って視線をテーブルの真ん中の花瓶に飾ってある花に視線を向けた
「赤くて可愛らしい小さな花。とっても素敵」
「そう……ね。とても可愛らしい素敵な花ね。
はじめましてアイリス。もう一度ハグしていただけて?」
「母様。喜んで」
わたしは再びシェレイラとハグをした
「なんだシェレイラ。娘にはじめましてとは。
随分他人行儀ではないか?」
伯爵は不思議そうな顔をしている
「あら、幼いアイリスが長い眠りから目覚めて、こんなに素敵なご令嬢になったのですもの。
あなたも『本当にアイリスか?』なんておっしゃっていたではありませんか?」
「そ、そうだな。見違えた。
いまだに驚いている。アイリスもう一度ハグしておくれ」
「はい父様」
わたしは伯爵とハグする
「さあアイリス。食事だ。
アイリスの好物を、我が伯爵家自慢のシェフが腕をふるって料理したぞ。
楽しみだろう?」
「ええ父様。とても楽しみです。
とてもお腹がすきました。
10日も何も食べていませんから」
「はははは、そうだな。その通りだ。
これは一本とられたな」
使用人に案内されて、それぞれの席に着く。
お祈りが始まり、楓は見よう見真似で合わせて口をゴニョゴニョしてお祈りをする。
料理が運ばれてくる
『どうしようこれ…………わたし……テーブルマナーなんて知らない』
これは茜ちゃん講座
『とりあえずいい女と勘違いさせる方法』
にはなかった。
─ゲキヤバピンチ!
なんか外側のフォークやナイフから使っていくような?そうでないような?あやふやだ。
なんとなく見ないフリチラ見で見てみる。
父様も母様も堂々と食事してる
『わたし……どうしよう……とても……あんな風に出来ない……』
手がぶるぶる震えてナイフも持てない。
肝心のアリスはテーブルマナーなんて身につけていない。とても当てにならない。
─ホントどうしよう……
庶民楓にはどうしようもない実技スキル。
転生するの知ってたら動画サイトで勉強したのに、ここにはスマホがないし持っていても今更だ。
「どうしたアイリス、食が進まないのか?」
父様の心配顔
「いえ、その……」
楓は膝の上で拳を握り、体の震えを体感していた。
どうしよう?
どうしよう?
どうしよう?
どうしよう?
どうしよう?
不安で圧し潰されそうだ。
わたしはただの女子高生。
ャンクフードを貪り、ハンバーグを楽しみ、湯上がりのプリンを寝っ転がって食べる。
そんな生き方しか知らない。
姿かたちだけ貴族に成り代わっても、所詮は付け焼き刃。いや、付いてる焼き刃もないただの楓の棒切れ。
どうしようもなくどう成りようもないほど、楓は楓なのだ。
「アイリス大丈夫か?具合が悪そうだ」
今自分でも分かるよ、すごく青ざめているって。
とりあえず聖母の微笑みを返してみるけど、きっと聖母じゃなくなっている。
父様と目も合わせられない。
─怖い
助けて
─怖い
「アイリス?!」
涙が溢れ出た。
でもこれ、わたしの涙じゃない。
もう少ししたら泣いたかもしれないけど、これは楓の流した涙じゃない。
渇望
この心に沸き上がる激情は『渇望』だ!
わたしであって
わたしじゃない
もうひとりのわたしが渇望している
「これ、わたしが食べてもいい?」
父様が驚いた顔で頷く
「むろんだ。今日はアイリスの好きなものを揃えたんだ。アイリスが食べなくて誰が食べるのだ。食べていいんだよ」
「わたしが食べてもいいの?」
「ええどうぞおあがり。あなたが食べてくれたら、私も嬉しいわ」
母様が微笑みかける
「わたし……食べてもいいの?」
これはわたしに聞いてる。
アリスがわたしに聞いてる。
初めからわたしに尋ねていたんだ。
『食べてもいい?』って
─わたし……なんて馬鹿なんだろう?
自分の事ばっかで、アリスの事これっぽっちも思いやっていなかった。
アリス。食事するの10年ぶりだよ!
眠っていたのは10日かもしれないけど、体感10年あの暗い暗い暗い世界で飲まず食わずで過ごしてきたんだよ!
美味しそうな食事を目の前にして、お預け喰らっちゃったんだよ。
楓のわたしがつまらない面子なんか気にして、テーブルマナーなんかにこだわって!
モジモジして固まって!
アリスそんなもの気にせず食べてたじゃん!
ここにいる誰もアリスのテーブルマナーなんて気にしないって判ってるじゃん!
楓のわたしもハンバーグ平らげるみたいに、牛丼かっこんでたように、ただ旨そうに食えば良かったんだよ!
─馬鹿馬鹿馬鹿バカちん楓!
わたしのせいだ!
わたしアリス守るって粋がったのになんてザマだろう?
─いいよアリス!
いいんだよアリス!
もう我慢しなくていいんだよ!
─アリス!!!
『わたしの分まで、ガッツリ食っちゃえ!!!!』
その瞬間!
グサッ!
前菜にフォークをブッ刺し、豪快に口に持っていく!
─美味しい!!!
ヤバい!!超絶うまいっす!!!
咀嚼するたび、渇望が歓喜にかわる!
「姉様、これも」
隣のアランが自分の分の皿を、アイリスの前に滑らす
グサッ!!
皿の上の物体が、地上から消えた!
アラン。不安がっているアイリスを気にして、料理に口をつけていなかったみたい。
なんて優しい。
ガタッ
父様立ち上がり、叫ぶ!
「わたしの分は後回しでいい、いや、いらん!アイリスにやる!どんどんアイリスに料理を運べ!」
「私の分もどうぞ、娘の幸せそうな顔を見れて嬉しいわ!それだけでお腹一杯」
「僕のも、姉様にあげて!」
次から次へとアイリスの元へ料理が運ばれてくる。
スープを皿ごと持ち上げ、一口で流し込む。
飲みきらないのに、もう片方の手にはスープ皿を持って待機
それも飲み干す
ぷはーーーぁ
─親父か!
満面の笑み!
楓も幸せだよ!
お魚さん
ムニエル
グサッ
グサッ
両刀使い
ナイフは捨てて、両手にフォーク。
二本のフォークにはムニエル。
ガブッ
ガブッ
ガブッ
右かじり
左かじり
また右かじる
ムフフフフフフフ
ハムスターの頬袋のようにふくらませ、ニッコニコ。
─なんだろう?
生きてるよ!
生きてるよ!わたし!
激烈に生を満喫しているよ!
私今まで生きてきてこんなに
─生を感じることなんてなかったよ!
『生きるって食べること。食べることは生きること』
実感!実感!実感!実感!実感!
心の中で私は歓喜に震えて笑っているよ!
父様も笑っている!
母様も笑っている!
アランももちろん笑っている!
使用人の皆様もみんな笑っている!
みんなみんな笑っているよ!
─馬鹿にしてるんじゃないよ!
みんな楽しくて!嬉しくて!
どうしようもなく幸せで!
もう笑うしかないんだよ!
グシッ
グシッ
ダブルフォーク
ダブル人参
バク
バク
むしゃむしゃ
ヴエェ~~~~~
─こらぁ~~~!出すなぁ~~~~~!
私も人参嫌いだけどさ
─出すなぁあ~~~!
サッと
アランがハンカチと空き皿駆使して、ドレスを汚す前にデロデロ人参をキャッチする。
流石だよ伊達に7年もアイリスの世話を焼いてないよ
─もう結婚しよ
「はい。姉様。お口直し」
シャーベットをスプーンでアリスの口に流し込む
ひとくち
ふたくち
みくち
流れるようなアランのスプーン捌き。
最後に別のまっさらのハンカチで、アリスの口をシュッっと拭う。
対アイリス用にハンカチ何枚用意しているの?
さあいよいよメインディッシュですよアリスさ~ん!
さっきから、鼻孔をぐしぐしくすぐってますね。
眼前に居並ぶ肉肉肉肉。
4枚の最高級のステーキ!
☆キラリン☆
目が星っているよ。
グサッ
二枚左右同時ブッ刺し。
二枚左右同時持ち上げ。
まず右から
グワァッシ
かぶり付き
首を振って引きちぎり
むしゃむしゃむしゃむしゃ
─アリゲーターかよ!
二枚のステーキを瞬く間に平らげる。
グッサ
残り二枚左右同時ブッ刺し。
残り二枚左右同時持ち上げ。
固まる。
そのまま皿に戻す。
─フォークが肉に立ってる!
その二枚のステーキの皿を、アランに押っつける。
「アランにあげる」
─腹っくちぃだけだろ!
─刺す前に気付けよ!
ニンマリしてお腹擦ってご満悦。
それにしても良く食ったわねアリスさん。
その調子ならフードファイトできますよ。
いやマジで。
さすがにお腹一杯だもんね。
なんかドレスが凄まじく窮屈に感じるよ。
もう、無理だね。
一口も入んないよね。
もうホント幸せそうな顔しちゃって。
わたしも幸せだよ!
ビシッ
両手を高々と挙げるアリス
「デザート!!!」
─それっ?別腹!!!!!
思わず突っ込みを入れる楓であった。
アリス
突然沸いて出てきたよ!
ホントは困った楓をアランがさりげなくサポート!
それでちょっと楓がクラッとするみたいな感じだった。




