ヴァージンロードを突っ走る!
ひかり溢れる舞台に蝶が舞い降りた。
アイリス・ユークラリス
丁寧に編み込まれたピンクブロンドの髪。
垂らした髪が肩口に泳ぐ。
バイオレットの瞳が照明で煌めきを増し、薔薇色の頬が抜けるような白い肌に彩る。
小さなふっくらとした唇も鮮やかな薔薇色に染まっている。
夏の花々の美麗な刺繍がほどこされた薄紅色のドレス。
胸元を大胆に開らきがらも、少女の年齢にしては大きめな胸はしっかりと隠している。
胸元から細い首へのラインは白磁の壺のように艶やかで滑らか、ほんのりと朱に染まる肌が柔らかな色気を放っている。
引き締まった腰はまだ少女の幼さを残し、これから咲き誇るであろう花の蕾。
其処から大きくひろっがたスカートはシンプルながら足元にゆくほどフリルが豪奢になり薔薇の花を思わせる。
足を止めた美少女は、妖精の微笑みでゆったりと辺りをみまわす。
視界に触れた男逹は少年のように頬を染め息を飲む。
それはアイリス・ユークラリスながら、ここにいる人々の記憶にあるアイリス・ユークラリスとは違う存在。
以前のアイリスはどれ程着飾っても年齢を重ねても、挙動は幼いまま。目はキョロキョロと辺りを見回し、絶え間なく体は動く。
全身で感情を表し、興味のある物をみつけたら弾かれたように駆け出す。
それはそれで愛らしいのだが、皆の向ける眼差しは手のかかる子供を見守る親のようであった。
けれど今ここにいるアイリス・ユークラリスは凛として佇んでいた。それは当代最高の絵師が、幾百の時間を塗り込めた肖像画のよう
─時が止まったまま動かない─
舞い降りた妖精はある一点に目を止めると、ほわっと微笑んだ
──花が咲いた──
中腰のままの伯爵は自らに笑みを向ける愛娘の姿に、漸く我にかえり歩みを進めて出迎え、両手を広げた。
吸い込まれるようにその腕の中へ、アイリスは身を埋めた。
「アイリスか?本当にアイリスか?本当に本当にわたしの愛しいアイリスか?」
社交界で浮き名を流し、貴族社会の荒波を乗りこなしてきたロベルト・ユークラリスその人とは思えぬ間の抜けた問いに
「あら、父様。わたしがアイリスでないなら、本当のアイリスは何処にいらして?」
返す愛娘の悪戯っぽい笑顔にメロメロになる伯爵。
みつめあう親子。
☆☆☆
『マジでおじさまでもありかもよ、茜』
な~んて抱かれながらヨコシマな思考に取りつかれる。
わたしは親友との会話を思い出す。
あの時は『ないないない、ないわ~』って全否定したけど、ロベルト父様素敵。
父様じゃなかったら、食べられてもいい。
とにかく、わたしはもういっぱいいっぱいなのですよ。
ただのお夕食会なのにお部屋で着飾らされました。
そうそう何処から沸いてきたのか部屋に五人も侍女のお姉様方が来て、色々いじくり回されました。
リリとララは蚊帳のそとでした。二人共、わたしを色々いじくっている侍女様方の手元をガン見して、技術の吸収してるのよ。エライわね。
見習わなくちゃね。
侍女様方は母様のお付きの方々で、プロフェッショナル。こんなに大勢で来たのはいつものアイリスは落ち着かないから、ガシッて抑える役目も必要だから……。
アリスやるわね
今日は大人しい楓ちゃんだから、ガシッ係もいじくり係に変身して何時もより早く終わったんですって。
姿見の鏡で見せられたアイリスはまるで
『おとぎ話のお姫様』
─こんなのわたしじゃない
誰なのよ
あんまり素敵であんぐり口をあけちゃった。
感動して、侍女のお姉様方にお礼をいうと、あちらの皆様もあんぐり口を開けていました。
初めてお礼言われたのですって、なんか皆様涙ぐんでました。アイリスが無事目覚めた安心感も出たのか、今度は皆で抱き合って号泣してました。張り詰めていらしたのね。
もらい泣きしちゃったので、化粧を直されちゃいました。
☆☆☆
それから、いきなり連れて来られた食堂はきらびやかで、まるで映画のワンシーンのよう。
記憶には有るけど、椅子に据わって足をブラブラさせているアリスがちらつく。
─当てにならんね
旅行前ガイドブックでさんざん眺め倒して、動画サイトで映像見まくっても、実際現地で実物に遭遇するとえもいわれぬ感動があるよね。
あんな感じよ。
注目されて視線が集まってどうしていいか分からなくて、固まっちゃった。
こんな時はスキル発動。
茜ちゃん講座
『とりあえずいい女と勘違いさせる方法』
より。
まずは、急がず慌てず深呼吸。
困った時には、とにもかくにも笑顔。
楓ちゃん特製、エンジェルスマイル。
小便小僧にちっちゃな羽を生やして翔んでる
あの子達のニンマリスマイルじゃないのよ。
オラクルカードの天使の微笑み。
聖母の微笑みは対個人用だからね、ここでは封印。
何が違うかって?それは……気持ちの問題ってとこかしら。
『ゆっくりゆったりナマケモノ』
自分に言い聞かせながらエンジェルスマイルを維持し、あせらず悠然と、会場の男逹を端から端まで見回す
─誰一人も見逃してはだめよ
そして良い男を見つけたら、そこへ視線を戻しロックオン!
『わたしあなたに会えて世界で一番幸せよ!』
って心で叫びながら、自分の最高の微笑み笑顔で相手を見る。ひたすら見る。すると相手が寄って来るんですって!
とりあえずここでは最も身分が高く、ダンディースマートな父様で試してみました。
─寄ってきたわ
効果抜群です。
ありがと茜。
あなたのおかげで、今こうして良い男に抱かれています。テンパってアリスモードのお子様言葉を演技し忘れました。
ロベルト父様と見つめ合っています。
さて、これからどうしましょう。
視線を外してくれません!
泣かない父様が目をうるうるさせています。
ヨコシマなこと考えてすみません。
わたしはあなたの娘を貫きます。
『あ~考えときます』
だってヤバい位良い男よ。
見た目モロ、ハリウッドスターよ!
わたし根っこは庶民中の庶民よ!
中流中の中流よ!
庶民の王道をゆく女よ!
もし、身長差がなかったらアラン様にしたようにキスっていたでしょうね
─あっそれもありかしら?
わたしっていつからこんなに浮気な女になったのかしら……
しかも父様と弟となんて……禁断の響き
あれ?キス魔の父様まだわたしにキスしてない。
なぜかな?記憶ではチュッチュッチュッチュッされまくってたような?
「貴方、いつまで子猫ちゃんと戯れあうつもり。
いつになったら私にも撫でさせていただけるのかしら?」
凛とした響き。母様だわ
「いや、あまりにも子猫が愛らしくてな。
皆がいるのを忘れてしまった」
「では、アラン。ハグしてあげて」
無事?解放されたアイリスはアランと向き合う。
さっきあんなことあったばかりだから、目も合わせられない。意識しないようにすればするほど、気になっちゃう。
気恥ずかしさに、みるみる顔が赤くなるのが分かる。
「姉様」
「うん」
両手広げで出迎えるアランに、ぎこちなくハグするアイリス。父様には思い切り胸を押っつけてたけど、アランにはとてもできない。肩でハグするようになったので、何だか前屈みになってしまう。
頬が触れ合い甘ったるい匂いが鼻孔をくすぐる。
くらっ気を失いそうになる。
『アリスあんた、アラン様好きすぎ』
心が、アリスが喜んでいるのが分かる
『もうエンディングでよくね』
『アラン様と結ばれてもう終わりでよくね』
『白薔薇学園ボッチだし、もう通わなくてよくね』
これ、病気で引きこもりってことにして、結婚したら治りました!って社交界遅いデビューで万事収まるでしょう。
我ながらgoodアイディア!
わたしもアラン様好きだし。
ビジュアル的に申し分ないし。
優しいし
─うんシューリョー
後はアラン様の姉様好き好き病を直して、時間をかけてアイリス好き好きに変換させれば終了!
パンパカパーン
ファンファーレ
告知で~す!
これで〈白薔薇姫~乙女ゲームのヒロインに転生したのに学園生活三年目?出会い告白イベント全スルーでなんかボッチみたいです〉
終わりました~。
皆さ~ん長い間お付き合いありが……
「アイリス。いつまでアランに抱きついているの?
もうアラン蝋細工のお人形さんのように固まってますわよ。
これはこれで飾っておいてもいいわね。
でも、あなたの父様がちょっと可哀想なことになっていますわよ」
─へっ
母様の言葉に我にかえる楓。
─えっと
アラン本当に固まってる。
わたしずっと抱きついたままらしい。
─やだっ
慌てて離れようと押したら、アラン倒れそうになる。
ガシッ
アランの腰に抱きつき、無事立たせることに成功。
ちらっ
父様を見る。
青白い顔の蝋人形。
そっと
アランから離れて。
ギュっと
父様をハグする
ギュギュって
胸を押し付ける
「急に立ちくらみしちゃったの。
まだくらくらしてるから父様、もう少しこうしていてもいい?」
可愛い嘘で塗りかため、乙女の必殺上目遣いで攻略してみる
「そっそうだよな。ずっと寝てたのだからな、そういうこともあるな……。
大丈夫かアイリス。好きなだけこうしていればいい」
「父様大好き」
止めの一撃を加えて攻略完了。
父様うるうるリターンだよ
─ちょろいね
とりあえず100数えてみました
「もう大丈夫みたい。父様ありがと」
「ああ、もういいのか?」
名残惜しそうな父様
『ちょっとかわいい』
うん父様。わたしねやっぱりアラン様好きみたい。
アリスが好きすぎるのかわたしもなのかは、まだ分からないけど禁断の関係はもうないかな。
でも、大好きだよ父様。ホント好き。
格好いいし、娘大好きだし、母様大好きだし、でも、もうお着替えや湯浴みは覗かせないわ。
女の人の前で真っ裸になるのはもう慣れてきたけど、殿方の前は慣れなくてもいいかな。
茜に言ったけどこんな世界だからこそ、異世界だからこそ
──結婚するまでヴァージンロードを突っ走る──
そう決めました。
わたし楓のポリシーかな。
それが心の芯に有るだけで結構イケメンが多いこの世界を、フワフワ迷子にならなくて済むかもしれないから。
少なくともアイリスの色気で、男子をどうこうする気はない。
わたしはあなた
あなたはわたし
ふたりでひとり
ひとつになったかもしれないけど、やはりわたしはわたし。アリスはアリスだからアリスの体であるアイリスを、あの純真無垢な魂を、いろんなことから守ってあげたい。
それが楓たるわたしには出来ると思っている。
むしろわたしにしか出来ないと信じている。
楓がこの『異世界にいるちょっとした存在意義』かな。
矜持ってやつかもね。
母様が呼んでいる
「さあアイリス。おいで」
わたしは母様に抱かれた。
家族っていいな
ノスタルジーで一番初めの題名残しております。




