あっまーい!
いよいよあの氷のように冷たい皇帝と面会する。
謁見の間ではわたしはただの聖女候補で隣国の伯爵令嬢でしかなかった。そう。皇帝の前でみっともなく頭を垂れる臣下のようだった。
あそこに聖女の尊厳も何も無かった。
でもわたしは聖女だ。
間違いない。
だってわたしの隣で女神マーリア様が
『フレー!フレー!アッイッリッス!』
なんて応援してくれている。
あの応援に使うビニール製のポンポンを振って、しかもチヤガール姿にコスプレしてる!
レイン殿下、マーリア様をガン見している。
シルエットしか見えないらしいけど、きっとスカート短くて綺麗な足を出して、ピョンピョン跳ねているのは分かるだろうね。それに両手のポンポンは何だと思っているのかな?
後でレインに聞いて見よう。
それにしてもマーリアうるさい!
時々チラッチラッて見えるパンツが気になる!
しかもちゃんとミセパン履いてるのが、笑えてしまう!
──女神がミセパンって?!
せっかく気合いを入れたのに気持ちが萎える。
でも負けていられない!
扉が開いたわ!
いよいよ皇帝と二度目のご対面よ!
☆
扉の向こう。
金色の唐草模様が蠢いている豪華絢爛なソファーに皇帝が黒髪の美女とならんでいる。
この美女は顔立ちがわたしのパートナーと瓜二つだから、デュークの母親の皇后陛下に間違いない。
皇帝は相変わらず氷点下の空気を出している。
というか皇帝のオーラがみえない?
だから皇帝の思っていることがさっぱり分からない。
ここはオーラに頼るのではなくて、自力で足を踏ん張って対峙しないとね
「良く来たな伯爵令嬢。掛けたまえ。
挨拶は良い」
そしてわたしはソファーに腰かける。
ギュッと拳をにぎる。
拳の中の手汗が凄いことになっている。
わたしはテーブルを挟んで皇帝夫妻と向かい合っている。
皇帝夫妻の両隣、テーブルの側面のソファーにデュークとビオレッタが座る。デュークとビオレッタは向かい合っている。レイン殿下と日焼けのクラウドは、この部屋には入らなかったみたい。ここに居ないもの。
皇帝は右手を上げ
「アドラーとナーシェ以外の護衛は下がるように」
アドラーとナーシェの兄妹を残し、私達に付いて来た護衛は部屋を出た。アドラーはデュークの後ろに控え、わたしの後方にはナーシェが陣取っている。
部屋には皇帝直属の親衛隊と侍女が残っている。そして皇帝の後ろには黒い長髪で赤い瞳のダンディーな騎士が控えていた。30歳前後だろうか……落ち着いて、これは武に疎い素人のわたしでも分かる
──絶対強いよこの人
そして不思議な事に、ここにいる誰一人としてオーラが読めない。まるっきり分からないのよ。
だから聖女に覚醒前の徒手空拳で渡り合うしか無いみたい!
どうでも良いけど徒手空拳て格好よいわね。
皇帝は深くソファーに座り、睨むようにわたしを見ている
「伯爵令嬢よ。良く帝国へ来た。
これよりこの皇宮を我が家と思い過ごすと良い。
ソチの部屋は用意した」
そして皇帝は横目で黒髪の美女を見た。
美女は微笑んで
「わたくしはオーギュスト帝国皇后サーシャ・エルマンガルド・オーギュストよ」
わたしも挨拶をしようとすると手で制して
「ここでは固い挨拶は抜き。
いずれ家族の成るのですもの。
ただの顔合わせよ。
それよりもデューク。
どうやってこの可愛子ちゃんを物にしたのかしら?
そこのところを是非教えて欲しいわ」
「いずれお話致しましょう。
気が向いたら二人きりの時に……。
けれどわたしが気が付いた時には、銀竜のネックレスを彼女に贈っていました。
それだけで十分だと思います」
デュークは真顔でそんな言葉を口にする。
それよりも何だろう?
わたしが気合いを入れて臨戦態勢になってこの部屋に乗り込んだとゆうのに、だんだん弛緩してゆるゆるとなっていく。
そして……侍女がケーキスタンドに山盛りのお菓子をカートで運んでくる。皇后様がにこやかに
「アイリスさんが甘いお菓子をお好きだと聞いたので、揃えてみました。遠慮なさらずどうぞお召し上がりください」
そのとたんに
──ヤバい!
この頃大人しいアリスが急にもたげて来た。
聖女になってからは半透明な精神体で側にいて催促するだけなのに、今回はわたしの体に入って……
「うっわー!美味しそうなお菓子!
これ!全部食べていいの?」
──やらかした!
皇帝の前でいきなり立ち上がったアリスなアイリスは、ニコニコ満面の笑みで祈るように腕を胸の前で組んで、目をキラキラさせてニコニコしている。
いきなり手を出してお菓子を掴まないだけマシか?
デュークは殿下は突然のアイリスの変貌に口をあんぐり開けて呆けている。こんなデュークの顔初めてだわ!レアよね!
そして皇帝夫妻も固まっている。
皇后様は突然金縛りが解けたように我に返ると
「どうぞ。貴女の為に用意したの。
好きなだけ召し上がって」
「ありがとうー!サーちゃん!
それから!誰かフォーク頂戴!」
皇后陛下にサーちゃん……て。
侍女がフォークを持ってくると両手に持って、いきなりグシッ!グシッ!って左右のフォークにお菓子をぶっ刺して、口に放り込みモシャモシャ始める。
ずっと立ったままよ!
「おいひいーあっまーい!」
それにしてもエリザベス様にしつけられて、手掴みで食わなくなっただけでも成長したわね。
──お姉ちゃん嬉しいわ
アリスの消えた後の展開を思うと、涙が出てくるの。
もうわたしには制御不能ね。
次から次へとお菓子を口に放り込み
「熱い!もっと温いのがいいー」
なんて紅茶に水を足して貰ってガブ飲み!
口に溜まったお菓子を流し込んでいる。
いやはやわたし……。
──もう聖女をアリスに任せて良いですか?
このまま消えてしまいたい……。
それと……さっきの決意。
どうか保留で御願いします……。




