売られた喧嘩は買ってやろうじゃない!!
マーリア教は[神聖マーリア教団]が本名らしくて、貴族は[マーリア教]と、庶民は親しみやすい[聖女教]と呼んでいるらしいの。
ややこしいね。
で、これからは[マーリア教団]に呼び名を統一するわ。
マーリア教団には序列があって、一番トップの偉い人が[教王]でそれを補佐して教団を動かすのが[枢機卿]らしいの。枢機卿は八人も居て、次期教皇は彼らの中から選ばれるらしいわ。
その下には[大神官]の地位ね。
教団は帝国全体の教団組織を12に別けていて、その一つの区域をまとめる代表者が大神官なの。
その大神官の治める地域を幾つかに分割して、その一つを担当するのは[神官長]ね。
そして大神官や神官長を支えるのは[神官]になるの。
更にその神官を補助するのが[助官]
その下にも色々あるらしいけど、それらの役職を憶えれば何とかなるみたい。
他に有名なのはマーリア様の神霊を身体に降ろして、神託を伝える[神女]
女性の方ね。
聖女のお世話をする女性達も呼び方が同じの[巫女]。凄くややこしいわ。
巫女のまとめ役が巫女頭!
これらはデュークが教えてくれたわ。
デュークが言うには
「マーリア教団は大きく成り過ぎた。
特に大神官以上の地位の者は、王公貴族にも劣らない贅沢な暮らしをしている。神官長になって五年も務め贅沢や賭け事をしなければ『死ぬまでの財を築ける』とまで言われている。
その過剰な財の元が聖女だ。
この頃は[聖女の守り手]を勝手に自称し、聖女は神殿に帰属し『皇室よりも民の為に奉仕すべきだ』と唱えている。皇室から聖女を切り離し、教団の意のままに操るつもりだろう。
アイリス。君は教団にとって金の成る木で、生命線でもある。何としても己の陣営に取り込みたいだろう。
何処までも甘い言葉でアイリスを籠絡しようとするに違いない。気を付けるんだ」
だそうですよ。
どう気を付けていいのかさっぱりだけど、教団の上の方々は民の為を標榜しながら自らの権力と蓄財に明け暮れていると分かったわ。
そんな教団トップの教王様を支える枢機卿なる者が、わたしを迎えに来たらしいの。というかアポ無しの突撃訪問みたいで、凄く感じが悪い。取り敢えず会って見るだけみようかしら?
朝の九時頃に、わたしは宿泊先の応接室を借りて枢機卿なる人物に会ったの。デューク殿下は同伴を望んでいたけど、わたしが却下。枢機卿がわたしとの単独会見を望んでいたこともあるし、わたしも相手の出方をみてみたかった。
聞いた話では確かにここから大神殿は近いらしい。
半日時間を潰せば寄り道する事も可能ね。でも大神殿を訪問する予定は後々組んであるし、今わざわざ行く必要は無いわけ。と言うことは、聖女が皇室より先にマーリア教団の教王に謁見したという既成事実が欲しいのだろう。
それはデュークにも指摘されたけど、頭の悪いわたしにも解るわ。
という事で……御対面です!
枢機卿の待っている応接室へ案内された。身分の高い者が後から部屋に入る慣わしだから、聖女が先に待っているのは不味いらしいの。
わたしは一目見て……
──こりゃ……あかんわ……
思わず心の中で呟いてしまった。
目の前にはやせ形の黒いローブで正装したシュナイター枢機卿。教王の側近中の側近と呼ばれる人物で、教王の信頼も厚い。年齢的に次期教王は無理だけど、いずれ教王に成れる器だという。
まだ30代で焦げ茶色の頭髪に黄土色の瞳。
枢機卿としては異例の若さでエリートらしい。
えっと……。わたし超偉そうに分析しておるけど、みんな殿下から教えて貰ったの。だから受け売りね。
そのシュナイター枢機卿が立ち上がって恭しく礼をする。
わたしは一瞥して一通り挨拶を交わすとソファーにドッカリ座り、ちょっと臨戦態勢に入ったの
「朝早くから突然の訪問。
何用かしら?シュナイター枢機卿様」
「敬称は良いです。シュナイターもしくは枢機卿と呼び捨て下さい。
用とは大神殿の事でございます。我らが教団の教王聖下が聖女様にどうしてもお会いしたく、お待ちかねでございます」
「それほどわたしに会いたかったら、ここまで足を運べば宜しいのではなくて?」
そう言った途端。シュナイターのオーラが黒々と焦げ付いた。わたしが部屋に入って初めて会った時に思わず拒否反応を示したのは、この目の前の男のオーラの状態が芳しくなかったから。
黒く淀んでいる感じ。
そして分かるの。何となく思っていることが……。
今の言葉にきっとシュナイターはこう思ったことでしょう
『小娘が……付け上がりよって!教王聖下に足を運べと?馬鹿か?そう言えばこいつ。学園ではとんでもない成績だったらしいな』
この聖女様を見下しまくっているのが丸分かり。
本人は本性を隠して涼やかな笑顔を張り付けているつもりらしいけど、残念ながらオーラで丸分かりなのですよ!
わたしも不愉快な気持ちを隠して、ホワホワ馬鹿みたいに微笑んでいるの
「聖女様。聖女様は国民の希望です。
大神殿にて教王聖下と共にマーリア神へ祈れば、国民も心を安んじる事が出来ると思うのです。
幸いここから大神殿までは目と鼻の先。不肖わたくしが道案内を務めますれば、是非足を御運び下さい」
──絶対嫌!
なんか黒々としたオーラがわたしの方へ伸びてくるの。それにあの顔。絶対的自信でわたしが言うことを聞いてホイホイ付いて行くって、確信している!
でもそうは問屋が卸さないのですよ!
「はて?先程からわたくしを聖女と敬っておいでですが、貴方達にとってわたしはまだ聖女じゃないのでしょう?
何でも[聖女降臨の儀]でしたっけ?
それとも試験を受けるのでしたっけ?
それで受からなければ聖女と認められないと聞きましたが?まだ聖女ではない只のフォラリス王国の伯爵令嬢が、大神殿へ赴いてどうすれば良いのでしょう?
教王聖下と一緒にお祈りするなんて!畏れ多くて足が震えて、大神殿へはとても足を運べません!
あっそうそう!わたし!とっても試験が苦手なので、貴女方の聖女には成れそうもありませんわ」
「小娘が……」
今。ポソッと呟きましたね。
思い切り聞こえてますよ!
これほど嫌われて居るのなら、行かなくても良いですよね!どうせ数日後に大神殿へ足を運ぶ事になるし、今日は予定が詰まっていて、街道でもお昼の休憩先でも聖女を今か今かと待っていてくれているよ!
アポ無し訪問でホイホイ付いて行って、聖女を待ってくれている人たちの想いは無駄には出来ないのです!
「とうことで……シュナイター枢機卿猊下。
わたしは、皇室と民の聖女として役目を果たさなければなりません。後日に大神殿へ赴いて、教王聖下にもお目に掛かれると思います。
『その時を楽しみにしております』とお伝え下さいませ。
ではわたし。準備がありますので、これにて失礼致します」
わたしは部屋を去るべく立ち上がった。途端にシュナイターも立ち上がって追いすがり、わたしの手首を掴む
「聖女でなければ只の綺麗な顔のでき損ないが!
いくら聖女とはいえ、お前は我々の保護なくしてこの帝国で生きてはいけまい!我々には数千万の信徒が付いている!我々の鶴の一声で、彼らは敵にも味方にもなるのだ!
斜陽の皇室ではなく我々に付くのが賢明だぞ!」
シュナイターは黒々としたオーラを撒き散らしながら、わたしを睨み付けた!
あんたがそう来るのなら!
売られた喧嘩は買ってやろうじゃない!!




