聖女水
サーラント伯爵家では至れり尽くせりの歓待を受けた。
みんなわたしを見て震えている。
別に絶望のオーラを振り撒いているわけではないわ!
伝説の聖女様を御世話出来て、感激で震えているらしい。
好奇心を表すオレンジ色のオーラに、うっすらと赤やピンクがかかっている。
赤は情熱、ピンクは愛情!
これはきっと聖女のファンということね!
何だかんだ色々な色が入り交じっているけど、わたしに害意あるくすんだ黒色は見えない!
代わりにみんな共通して銀色を纏っている。
銀は神聖さもあるから、聖女を見て心からの信仰心を持ったということね。
この帝国の人達は、大なり小なり聖女を慕ってくれているのね
フェリスさんのように好奇心を全開にさせて
「レアでVIPな響き!」
なんて言う輩はいない。
あそこには聖女に対する信仰心の欠片もなかったからね。
いや……普段のわたしに神聖さの欠片も無かったからね。
なんせ下から数えて一番凄い学力だからね!
ぶっちぎりだったらしいよ!
帝国民にとって本当に聖女は特別で大切な存在みたい!
子供の頃から聖女の伝説は聞かされて育っていたらしいから、聖女はみんなの心の中に息ずいているのね。
とにかくわたしに対する接待は想像を越えていたわ。
用意された部屋は無駄に豪華だしね。
わたしの世話を焼いてくれる侍女やらメイドも合わせて10人くらい付いた。
伯爵の護衛騎士も3人。
何処へ行くにも付いてくるしね。
もちろん男性騎士は部屋には入って来ないわよ!
部屋ではもうバスタブが用意されていて、到着するな否や速攻で脱がされてリリやララ、リッチェやラッチェも出る幕もなく大勢で洗われる。
何だかお湯にも花びらが浮いてるし、香油の良い香りがするし、部屋中『これ高いヤツやん!』そう思えるお香の香りが充満している。
それにわたしの体を洗ってくれるのはいいんだけど、扱いが丁寧すぎるの。
ほら高級なシルクの布地なんかに触る時、肌触りを堪能するように優しく撫でたりするでしょう?
思わず頬ずりしたくなるような感じ!
あんな感覚でわたしの肌を洗うのよ!
触れるような触れないような柔らかい感じ……身体中10本の手が絶え間なく洗ってくれてるのよ。
くすぐったくて死にそう……。
それにその間も
「お綺麗です」
「光栄です」
「もういつ死んでもいいです」
「孫の代までこの日の事を語り継ぎます」
「聖女様の御世話が出来て幸せです」
最後の方はみんな感極まって、泣きながらわたしに御奉仕してくれてるのよ。
それなのにくすぐったいからって、笑えないじゃない?
別の意味での拷問みたいなものですよ。マジで!
食事もね。
晩餐会を開いてくれて、偉そうな椅子にデューク殿下と並んで座らされて、ひっきりなしにこれまた恰幅の良い偉そうな貴族のおじさん達のご挨拶を受けるのですよ。
わたし王太子の秘書をやっていましたが、カンペを読まなければ役目をこなせないクズでしたからね。
御貴族様の名前なんてこれっぽっちも憶えられないのですよ。
だから仕方がないからホワホワ微笑んで、名前を紹介されたらオウム返しにその名前を呼んで上げて
「~様!わたくしもお会いできて光栄ですわ!」
「~様!これからも宜しくお願い致します」
「~様!共に帝国を繁栄させましょう」
こんな文言をひたすらループさせてました。
もうね。手の甲にチュッチュッ、チュッチュッ口付けされまくりで、拭う暇もないのね
「おじさん同士の間接キスだわ!」
わたしがそんな思考に至っているのにデュークはやたら不機嫌になるし、貴族のおじさんは目をウルウルさせて中々手を離してくれないし、いい加減笑顔を維持するのも疲れるし、腹は減るしで大変だったわ!
食事はね。
フォラリス王国はヨーロピアン的な食事だったけど、こちらはエスニックね。
香辛料が利いていて、色が派手!
でも見た目よりも味は辛くなくて、美味しく頂きました。
もちろん地獄のロイヤルルームで鍛えられましたから、もうテーブルマナーは完璧!
と言いたいけど、こちらにはこちらのマナーが有るらしくて、食事前にレクチャー受けました。
大した違いはないですけど、食事前には女神マーリア様と聖女様に祈りを捧げ、日々の糧を感謝しながら天へ向けて杯を掲げ、それが乾杯の合図になって食事が始まるのよ。
で……マーリア様はともかく、伝説の聖女が目の前にいる訳じゃない?わたしの事ね。
だから杯を天に掲げた後、皆わたしに向かって杯を捧げるんよ!
どうしていいのか分かんなくて、固まってしまったわ!
誰もその後どうすりゃいいか、教えてくれなかったもの!
だから伝説の聖女の微笑み!なんて知らんから、ブッタのアルカニックスマイルを意識して微笑んであげたわ!
「帝国の繁栄の為に!」
デューク殿下の乾杯の合図でその場は収まったけど、年末に断罪された同じ女とは思えない扱いに、大分戸惑っている。
敵意を向けられるよりはましだけど、無条件に信頼と愛情と尊敬を向けられるのも、結構辛いかも!
部屋に戻ったら、ベッドにダイブして脚をバタバタしたい!
ようやく晩餐会も終わり、わたしは部屋に戻る事になったの。デュークとレインの両殿下と打ち合わせも有ったけど、今日は疲れただろうからと明日に持ち越しになったわ。
でね。
部屋に近付くに連れて、大事そうに水の入った陶器の入れ物を抱えた侍女たちに遭遇したの。
みんなわたしを見ると喜色を表して、丁寧に御辞儀をして去っていくわ!
そして部屋に着くと、部屋の中からも水瓶を持った侍女やらメイド達が出て来るのね。
『なんだろう?』
不思議に思って部屋に入ると、バスタブのお湯を水瓶に注いでいるのよ。
わたしの入った残り湯ね
しかも部屋の隅では、その水瓶のお湯を小さなガラスビンに入れてるの
──RPGゲームのポーションみたい!
そんな入れ物ね。
蓋もガラス製で、何か元は香油とか入ってそうな高そうなビンね。
でね。その中身がポーションじゃなくて、たぶん……間違いなくわたしの入った後の残り湯な訳よ
「あの……それは?」
わたしが不審そうに訊ねると、ビンに入れていた侍女は驚いて
「あの……聖水でございます」
「聖水!それってわたしのお風呂の残り湯ですよね?」
「はい!そうです!
聖女様の沐浴された聖水でございます。
皆は〈聖女水〉と呼んでおります。
求める方々が大勢でおりますので、伯爵様のご指示でこうしてビン詰めしているので御座います。
私達使用人にも漏れなく一本づつ報酬でくださいます!」
わたしはしばし絶句した。
女の子の入ったお湯とか欲しがる変態とかいると聞くよ。
でも目の前のメイドさん。
わたしと同年代の女の子だよね?
それが何故、残り湯なんて欲しがるの?
「あの……それ……きっと汚いですよ?」
船旅では水は貴重だから、御風呂には入れなかった。
身体は毎日水拭き出来たけどね。
ほぼ十日ぶりの御風呂ですよ!
垢も出ただろうし、お尻も……その……お股も丁寧に洗われてますからね。バスタブの中で!
絶対汚いですよ!
「いいえ!聖女様の沐浴された貴重な水でございます!
こんな小さな一瓶で、金貨一枚出しても欲しがる方がおります!」
──へ?残り湯が金貨一枚?
日本円で10万円だよ!
わたしの御風呂の残り湯に10万って!
わたしの懐に入るのなら売るかも?
「それ……どうするの?
まさか……飲んだりはしないわよね?」
「いいえ!飲まれる方も大勢おられます!
聖女様の残り湯は万能薬になるらしいですから、きっと皆さん有り難がってお飲みになられます!」
──やめて!マジでやめて!飲まないで!
というか!万能薬に成るわけ無いでしょう!
むしろ雑菌が繁殖して、食中毒になるわ!
「万能薬なんて……きっと無理ですよ」
聖女が保証する!
絶対万能薬になんてならない!
「ですが聖女様?ほら、見ててくださいませ」
メイドがガラスビンに残り湯を注ぐと、中で液体がホワーっと金色に輝き出す。
呆気にとられて見ていると頭の中に女神様の声が響く
『万能薬とまではいかないけど、大抵の病気や体の異常は治るわ』
──ちょっと。何を言っているのか分からない……
女神マーリア曰く。
聖女の残り湯を有り難がって持ち帰る風習が出来た頃、初代聖女が
『残り湯にも女神マーリアの加護が付きますように!』
そう真摯に祈り、その願いが叶えられたという
──いや。可笑しいから!
それに色が金色になったのは、馬鹿な奴らが儲けようと思って只の水を〈聖女水〉として販売し始めたから、紛い物に当たらないようにマーリアが色を付けてくれたという
もうね。どう突っ込んでいいのか分からない!
わたしは自分の残り湯がそんな事に使われるのは、激しく抵抗感があるけれど諦めた。
嬉々としてビン詰めしている目の前のメイドを止めさせる勇気はなかった。
ただ……次の日。
わたしを見かけたやたら恰幅の良い御貴族様が、喜色満面にわたしの元へ駆け寄ってきて
「聖女様!聖女様のお力が込められた聖水を飲んだら、持病の咳も収まり、腰痛も治り、両膝の歩けない程の痛みも良くなりました。
こうして走れるようになったのも10年振りで御座います!」
なんてわたしの手を取り、涙を流して感謝してた
──うん。もうちょっと痩せようね
たぶんそれだけで治ったと思うけど……何よりも!
このおじさんが、わたしの御風呂の残り湯を飲んだと思うと、心の中が超カオスになりましたよ!
ホントやめて!!
──初代聖女様!何やってくれてんの?
いや……わたしの前世だったね……。




