魔力と神聖力
待機してあった馬車に辿り着き馬車の扉が閉まると『待ってました』とばかりに、盛大に溜め息を付いた。
全身の力が抜けてフカフカの座椅子に身を沈める。
驚いた事に同じ馬車に乗り込んだデュークとレイン殿下も、わたしと同じタイミングで溜め息を漏らしたことだ。
わたしは1人で座椅子を占拠し、良い男が仲よくならんでわたしの前にいる。
この目の前も2人もロイヤルファミリーとして人慣れしている筈なのに、流石に今回は緊張していたらしい。
三人は顔を見合わせると思わず笑った!
力が抜けて笑うしかなかったのね
「両殿下共!随分と顔が青いですよ!」
「はぁ……心臓に悪い。
デュークよこんなに帝国民が集まるなんて聞いていなかったぞ。そりゃ……聖女さまを尤もらしく偉そうに御披露目する手伝いはする約束はしたが、これ程とは……」
レイン殿下がデュークに抗議の目を向ける。
デュークは肩を窄めて
「いや。オレの想像を遥かに越えていた。
オレこそ聖女を甘く見ていた。
それにアイリスが、打ち合わせなくあんな行動を取るなんて思ってもいなかったぜ」
きっと大地に伏せって祈りのポーズを取った事を指すのだろう。でも打ち合わせもクソもなくて、この目の前の二人に何もかも仕込まれていた。
このケバケバしい衣装も、大勢の人が聖女と分かりやすいように派手にしたのだろう。
けれど大地へのキッスはわたしも衝動的だった
「いえ……わたしもそんな事をするつもりはサラサラなくて、気が付いたら地面が目の前にありました。
でも聖女に成ったせいか分かりませんが、この『帝国を守って導いていかなきゃ!』って強く思いました。
中身はまだ伴っていませんけど、わたしにも漸く聖女の自覚が生まれたようです」
「何だアイリス。今まで自覚がなかったのか?」
デュークが呆れた顔を向ける。
レインも同調しているのが、何気に頭に来る
「いえ!『聖女だろうな~』とは信じていましたけど、何処と無く他人事というか……現実感がないというか……自分自身の事なのに、地に足が付いていなくてフワフワした感じで生きてました。
けれど今日!人々のあの聖女に向ける眼差しを見て覚悟が定まったというか、『ちゃんと聖女を生きなきゃ!』って決意しました。
だから精一杯聖女として頑張りますね。
それはそうと……」
気になることがある。
ここに凄まじい数の民衆がおるけれども……
「デューク様。もしかしなくても……ここに集った人々はわたしに一目会いたくてわざわざ足を運んだのですよね」
「もちろんだとも。オレもこんなに人が集まっているのは初めて見た。
ということは……アイリス。君に会いに来たので間違いないだろう」
そうだよね。確認しなくても伝説の聖女様を見に来たんだよね。わたしもわたしが聖女じゃなかったら、聖女を見に行くもん!
それで遠い処から折角足を運んだのに、聖女様を見れなかったら寂しいんじゃないかな?
お土産話もしたいでしょう?
例えばね
『ねぇねぇお母さん!聖女さま見に行ったのでしょう?
どんな方だった?』
と聞かれて
『残念だけど見れなかったの。せっかく足を運んだのに……』
と答えるよりも
『ピンクピンクしていた、ピンク女だったわ!』
なんて教えて上げると話が盛り上がるでしょう?
歴代聖女様も自分の為に集まって貰った人達を無視して、馬車の中で寛いで眠ったりはしなかったと思うの。
となればわたしが聖女として出来る第一歩は
「デューク様!お願いが有るのですが!」
「何でしょう。アイリス」
船の中で二人の仲は多少進展しまして……アランのように年がら年中キスをするような間柄にはまだ成れないけど、人目の余りない空間ではこうして名前で呼び合えるようになったのね。
キスは……デュークさん意外と奥手なのか、あの時以来……口付けはしてくれない。
守ってくれる時やエスコート以外は、極力わたしに触れようともしないのよ。
大切にされているのは分かるけどね……。
ごめんなさいちょいと脱線してた
「デューク様。オープンタイプ……えっと……屋根の無い馬車は用意出来ますか?」
「屋根の無い馬車……まさか!アイリス!
人前に姿を晒すつもりか?
警備上それは許可出来ない!」
「暗殺とかですか?
わたしなら大丈夫です。
矢とか飛び道具は当たりませんから!」
これは確信を持って言っている。
聖女になってこの数ヶ月。
無為に過ごしてきたわけじゃないのよ。
聖女としてのレクチャーを女神マーリアに施して貰っていたのよ。
それで眠っていた神聖力や魔力も解放されてたの。
神聖力とは神様と繋がる道を通って得られる、神聖な力ね。道というよりパイプかしら?
信仰心や神様の加護が強い人は、神々とのパイプが大きく広くなるのね。すると奇跡を起こす時には、そのパイプ経路で繋がりのある神様の力を借りる訳よ。
先ずはそのパイプが訓練で大きくなったと思って!
神聖力は自分の力というよりも、神様の力のことね。
わたしの場合は愛と癒しの女神マーリアのワケミタマという分身のようなもので、マーリアの加護を超受けてチートな力を使えるの。
まだ実践したことは無いけれど、人を癒したり生き返らせる事が出来るみたい。
魔力は、魔法を使うのに必要なのね。
魔法は基本精霊や妖精の力を借りて発動するけれど、発動出来る魔法の大きさは魔力によって決まるの。
魔力はこの世界に満満ちているマナを圧縮して体内に取り込んだ力。
マーリア様が言うには、この異世界の物質は全てマナで出来ているらしいわ。
マナが形を変えて鉱物に見えたり、人間に見えたりしているらしい。
何も無い空間から魔法で火や水を出すのも、マナが火や水に形を変えるかららしいわ。
人はみんな魔力を体内……というか魂と体を繋ぐ空間といえば良いのかな?良く分からないけど、そこに魔力を貯めるみたい。
その溜め込む魔力の量が、聖女のわたしは普通の人とは桁違いに大きいらしい。
だからわたしはその魔力を使って、大規模な魔法も行使出来るのね。
理屈ではさ。
まだ大規模な魔法を使用してないから、イマイチ実感が無いけどね。
長々と説明しちゃったけど、今言いたいことはその魔力を使って常時風の魔法を展開しているの。
矢なんか飛んで来ても、わたしに刺さらず逸れてしまうわ
「矢や飛び道具が当たらない?
それは聖女の力なのか?」
「そうよ。なら証明してあげるわ」
疑心暗鬼のデュークに、わたしは服に付いていた大きな宝石を外して渡した
「これをわたしの体にぶつけてみて!」
始めは躊躇していたデュークも、わたしの説得にしぶしぶ宝石を投げた。
宝石はわたしにぶつかる直前に軌道が逸れ、座椅子の上にポトリと落ちた。わたしはその宝石を付け直しながら
「わたしが結界を張れば、馬車一台くらいならこの矢避けの魔法を常時展開できるわ!
なんなら馬車を浮かせて空中を飛ぶことも出来るけど『無闇に目立つ魔法は使わないように』とマーリア様に釘を刺されているから、しない方が良いかと思うけど」
「馬車を宙に浮かす!」
これはレイン殿下ね
「なら人も空を飛べるということだね!
機会があったら是非ボクで試して欲しい!
でも流石にここで馬車を浮かせたら、パニックになるかもね。この大群衆だから、何が起きるか分からないから……。
それと……皇族が乗れるような屋根の無い馬車なんて、そうそう見付からないと思うけど……」
そりゃそうだわ。
屋根の無い荷馬車は其処ら中にあるけれど、豪華な特級品の馬車なんてそうそうないだそう。
レイン殿下の懸念は尤もだけど、ここで何故かアイツの顔が浮かんだ
──黒い男!肌がね
白い歯が眩しい、細マッチョ!
クラウド・カーマイン!
これは賭けてみるしかない!




