盤上の駒
次の日は朝から快晴だった。
わたしは相変わらず海の上!
曇1つないと思いきや、後ろにはそれなりに湧いている。
でも前方帝国方面は曇1つない青空!
朝食後。甲板に出て涼んでいる。
冬だから結構寒いけど、朝の風は心地いい!
これから少し早いけど、船長室でティータイム。
デュークにおねだりして、クラウドと少しお話が出来るようになった。
シェレイラお母様の事とか聞きたいし、一応乙女ゲームの攻略対象だから見納めしたい。
どういう訳か昨日の夜まで彼と会っていないし、姿を見掛けてもいない。
それに日に焼けてるとは分かっていたけど、月明かり越しに見ていたから明るい自然光で観賞したい気持ちもある。
それでデュークにお伺いを立てて
『護衛付きで船長室なら良い』と許可を得た。
黙って会ったら、拗れそうな気がしたからね。
それでリッチェとラッチェの双子のメイド兼侍女。デューク専属護衛騎士のナーシェお姉様を伴って船長室へ向かった。
そう言えば船長室へ入るのも初めてだし、船長にもまだ紹介してもらっていない。
以前デュークに船長さんの事を訊ねたら
「アイツのことはいい……」
なんて言葉を濁らせた。
トントン
「誰だ?」
「聖女アイリス様です」
リッチェが船長室のドアに付いたドアノッカーの金属の輪っかで叩き、名を告げるとドアが開いた。
中にはクラウドと若いメイドが1人いた。
挨拶もそこそこ、わたしは席に着き紅茶を啜る
「聖女様。昨夜は良く眠れましたか?」
「はい。お陰様で……」
クラウドはやっぱり黒い。
うん。焦げ茶ですね。
とても健康的な色をしておりますよ!
高身長で筋肉質で目がキラキラしてて、白い歯で笑顔が無駄に眩しい。右耳だけの5つの金の指輪のようなイヤリングが気になる。
でもこれだけ日に焼けるとなると、外で遭遇してもいい筈なのに会わなかったのはなぜだろう?
それに……
「船長さんはいらっしゃらいのですか?」
「あ。いるよ。オレ……私が船長です」
──え?クラウドまだ17歳だよね!
もう船長なの?
疑問をぶつけてみると、カーマイル準男爵家が率いる船団の内の一艘で、跡取りのクラウドが船長なのは当たり前だという。
尤も至極でございます。
船団の元締めはユークラリス伯爵家で、12の大規模な商団の1つをカーマイル準男爵家が任され率いているという
「12って言っても、公式には商団は8つという設定だ。
他の4つは独立商団の扱いになっている。
この4団体は単独でも大規模な商団だから、建前では独立しているが、実際は秘密だがユークラリス伯爵家が牛耳っている」
「秘密なのにわたしに明かしてもいいのですか?」
クラウドは呆れた顔をして
「何言ってんだ?お嬢様はユークラリス伯爵家の1人娘でしょうが!それに秘密と言っても知ってる人は知っている公然の秘密というわけさ」
だそうだ。
自棄に金回りが良い家だとは思っていたけど、王国一の規模の商団群を率いているとは想像すらしなかった。
でもその割には過度な贅沢はしていなかったと思う……。
その事を何気に聞いてみると
「ユークラリス伯爵家は、どんなに稼いでも余り溜め込まない。常に新しい業務を立ち上げそこへ資金を投じている。
『財は商売を通して市場に流す』
それを実践していて、そのお陰もあってフォラリス王国の市場は常に活性化されて、王国の繁栄に直結している」
ユークラリス伯爵家自体は店舗も持たず商品も扱っていなくて、お客様と面と向かって商売しているわけではない。
あくまで全体を見回し何処へどれだけ投資するか、はたまた事業を縮小するのか采配する側だという
『これなら!アランに向いてそう!』
アランが揉み手しながらお客様に商品を売っている姿は想像出来ない。こうして軍師的に全体を見渡して最善手を打つ姿こそ相応しいと思う。
言えることは……
『わたしには絶対無理だわ!』
そして何故か盤上の駒を動かすシェレイラお母様の姿が浮かんだ。
『もしかしたら……ロベルト父様も駒の一部かも……』
そんな気がしてならない。
それと話しは変わるけど、なぜ同じ船にいるのに『会えなかったのか?』といえば、デュークがそう仕向けていたみたい。クラウドのような外見チャラそうな男はわたしの目に毒だから遠ざけていたらしいわ。
でもそれならちょっと、おかしいよね
「デューク殿下は帝国の人でしょう?
なぜ王国のユークラリス伯爵家傘下のこの船長さんが、言うことを聞くのですか?」
「ああ。それは勿論お客様だからだよ。
帝国御一行様の送迎には随分と弾んで貰いましてね、出来るだけ御希望に叶うようにするのが、わたくし共商人の務めで御座いますから」
クラウドはニヤリと笑った。
王国や伯爵家に不利益にならないのなら、上客に忖度して気持ち良く利用して貰うのが本分らしい。
まあ。ニヤケた顔をみると話半分と言った所か……。
けれどデュークとは仲が悪い訳ではない。
この船で王国へ向かう最中に意気投合し、船長室はデュークとレイン殿下との溜まり場になっていたという。
それはこの帰りの道中でも変わらず、しょっちゅう集まっては飲み食いして仲良く情報交換していたらしい。
「いやはや。あの鉄面皮のデューク殿下がこうも特定の女性に御執心成されるとは……長生きもするものですな」
つうかこやつまだ17歳。
何処と無く飄々として掴み処がない。
言葉遣いも丁寧になったりタメ語になったり忙しい。
ただわたしに会えて嬉しそうなことは確か……
「シェレイラ奥様方と母であるカーマイン準男爵から、商売抜きでお嬢様の『力になるように』と仰せつかっております。何やらご用件が御座いましたら、直ぐに駆けつけますので……といっても帝国に居ればの話ですが、困った時には何より優先して力に成りますよ!」
なんて握手を求めてくるから、ついつい応じてしまった。
女の子相手に結構強く握ってくる。
でも他意は無さそうで好感が持てる。
中身が楓のわたしでスミマセンって重い思いも有るけれど……
「こちらこそ宜しくお願いいたします。
良き友人として助け合いましょう!
それと時折、フォラリス王国の品物を持って来て下さいな。一緒にお茶でも致しましょう」
遠く離れた異国では、同郷の者と話し合える機会は少ないだろう。異世界に来た楓には身に詰まされる。
クラウド・カーマイン。
彼なら適度な距離感で、良き友人になってくれそうな気がするわ。




