シェリリー・シルフィア・エルパニア【中】
窓辺で本をめくる貴公子から目が離せない。
わたしはシェリリー。
失礼とは思いながらもずっと視線を送っていおります。
貴公子がわたしに気付き柔らかく微笑みました。
そして本に栞を挟むと、ゆっくりと本を閉じたのです
──ホントに本がすきなのね♪
わたしは貴公子の本の扱いを見て心が踊りました。
学園で何人かの男子学生は、わたしを図書室で待ち伏せした時もありました。そしていかにも本が好きでここにいるような風を装って、本好きのわたしとの会話に繋げようとしていました。
けれど彼らの本の扱いは雑そのもの。
今読んで(読んでいる振りして)いた本のページに指を挟んで閉じたりしていたのです。
栞紐があるのにそれを挟む手間さえ惜しむ。
指を挟んだりしたら、本が歪んだり汚れたりするでしょう?
わたしはそういう無神経なところが耐えられません。
でも目の前の貴公子は柔らかく優しく宝箱を閉めるように本を閉じました。
わたしはその仕草にも心を居射ぬかれました。
彼は立ち上がるとそっと身を屈め、わたしに丁寧に礼をしました
「お初にお目にかかります。
私はフォラリス王国からの留学生。ユークラリス伯爵家の嫡子。
アラン・ユークラリスです」
─えっ!あっ!その……
「わたしはエルパニア公国第4王女。
シェリリー・シルフィア・エルパニアです。
宜しくお願いします!」
──何をお願いするのでしょう?
もうテンパって言葉が上手く表現できません
──何でこんなに顔が火照っているの?
「あっ。あの。どうしてここに……」
「失礼しました。
実は図書室を利用していたら第3王子殿下が此方を利用するように進めてくれました。
『ここの方がゆっくり読めるだろう?』と許可証を下さいました。以来。御言葉に甘えて利用させてもらっています。もしお邪魔なら場を変えますが……」
「いえ!どうぞそのままに!
わたしこそ!ジッと見たりしてすみません」
そんなちょっと恥ずかしい出会いでしたが、それがアラン様との初めての邂逅です。
それからわたしとアラン様はこの特別室で良く出会い、少しづつですが会話も増えてきました。
アラン様は紳士的で、わたしを誘ったり色眼鏡で見たりは絶対しませんでした。安心感はあるのですが、少し物足りなく思ってしまいます
──あっ!アラン様の文句じゃないですよ!
その……お茶にでも誘ってくれないかな?なんて思っているのです。
わたしからはとても誘えません
──そんな勇気がありません
ある日わたしが何時ものように男子学生から絡まれていると、颯爽と現れたアラン様が助けてくれました。
助けられたわたしがポーっとアラン様に見惚れていると、お兄様がやって来てアラン様にこんなことを頼んだのです
「アラン。君と妹は気が合うようだし、暫くシェリリーの護衛をしてくれないか?
護衛と言っても、ただ隣を歩いて貰うだけでいい。
どうだ?頼めるか?」
「護衛ですか?
私は構いませんが、姫様の迷惑になるのではないでしょうか?」
──迷惑だなんて!
「いえ!アラン様!……その……宜しければ兄の提案を受けて頂けると助かるのですが……嫌でしょうか?」
「……いいえ。迷惑でなければ構いませんよ。
私も1人でいると異性の方に声を掛けて貰える事が多くて、正直どう接すればいいのか困っていました」
──聞いておりますわ!
アラン様はフォラリス王国有数の大金持ち。
しかも未だ婚約者もいない超優良物件!
──えっと……わたしは言っておりませんよ!
そんな噂が嫌でも耳に入るのです
──学園中がアラン様の話で持ちきりなのです!
お兄様のような王族なら気後れして憧れで終わってしまうけど、フォラリス王国の伯爵家なら玉の輿も夢じゃないでしょう?
それにこんなに美しい好青年だもの。
みんな色めき立っているのも分かるのです。
それで待ち伏せして告白するのが流行りというか……何というか……。1日に何人もの御令嬢から御誘いを受けていると耳にしております。
だからこんなわたしも一応王女ですし……それなりに抑止力もありますし……公衆の面前でお兄様からの提案もありましたし……アラン様も困っていましたし……わたしも嬉しいし……
「では。アラン様。宜しくお願いします」
「はい。王女様。お任せ下さい」
こうして学園でも一緒に行動する事が多くなりました。
ただ誤解なく言えば2人きりではありません。わたしの友人も2~3人いつも同行しております。
2人きりになれるのは図書室のあの特別室だけ……。もちろん司書さんがいるのですが、誰にも邪魔されずゆっくり過ごせる空間です。
残念ながら、浮わついた事は一切ないですよ。
ある日特別室で植物図鑑を熱心に眺めているアラン様が気になり、声を掛けました
「植物がお好きなのですか?」
「はい。エルパニア公国にはフォラリス王国にはない珍しい植物も多いので、植生の違いとか条件とか気になります。高い山脈からの風で気候や気温もフォラリス王国よりは涼しいから、その環境の影響もあるのかもしれませんね。
でも中々見る機会が無くて……」
「それなら!今度の休日でも王宮の植物園にご案内致しますわ!」
──はっ……恥ずかしい……
柄にもなく大声を上げてしまった。
わたしはまたいつもの弱々しい声になって
「……宜しければご案内差し上げます。
休日はわたしも予定は無いですし……。
わたしが許可を取りますので……。
その……わたしのお気に入りの場所で……。
良く……。
散歩も……。
その……」
──勇気を出してわたし!
ああ。なんでこんなに不甲斐ないのでしょう。
歯切れも悪くて……挙動不審に見られそう……。
アラン様を見たいのに……。
なんでどんどん言葉を重ねるたびに下を見て、俯いてしまうの?
最後の言葉なんて……空気の中にとけてしまいそう……
「シェリリー様……」
「はいぃ!」
アラン様がわたしの名前を呼んでくれた。
ずっと王女殿下と呼ばれるので、この
「特別室の中だけでもシェリリーと呼んで下さい」なんてお願いして、様付きで了承して貰ったばかり。
自分から提案しておいて、名前を呼ばれると心臓が跳ね上がる。
声も裏返ってしまった。
アラン様にはわたしの良いところだけを見てほしいのに……なんでこの人の前ではこうも落ち着かないのだろう。一緒にいると心臓の鼓動は早まるし、とても平穏では居られない……
──もう……泣いちゃいそう
「シェリリー様。
是非植物園を案内していただけますか?
やはり図鑑でみるのも限界がありますし、生きている本物は印象強く私の心に残ってくれます。
機会があれば一度見学したいと思っていました。
私の休日はいつも空いてますし、シェリリー様の都合に合わせます。
是非にお願いします」
──やったぁ!
「こちらこそ御願いします。
早速今日にでも打診してみます。
明日。この特別室でお返事致します」
何だかデートみたいで楽しい!
友人のいる前で許可をしたら、きっと参加したがるだろうからこの特別室にしたの。もしも王宮の植物園へ行くことになっても、護衛が付くから2人きりにはなれないのは知っている。
でもね。気分だけでも恋人になれたら嬉しい……
──恋人?!
もう……自分で想像して勝手に顔が赤くなって……。
わたし……どうしたんでしょう?




