シェリリー・シルフィア・エルパニア【上】
『一目惚れってしたことありますか?』
わたしはシェリリー。
シェリリー・シルフィア・エルパニア
エルパニア公国の第4王女です
ですが母が平民出身なので何の権力もない名ばかりの姫です。
母は平民と言っても両親……わたしの祖父母になりますね。公国の御用商人でした。
奔放な性格の御父様の公王陛下は、少年の頃から王宮を抜け出して良く遊んでいたそうです。
先の公王からそんな少年の安全も兼ねて
「冒険に付き合ってやってくれ」と託されたらしいです。
そのとき良く外出に付き合っていたのが、母らしいです。
少年だった父は貴族のおしとやかな御令嬢とは違う、明るく活発で朗らかな母に一目惚れしたらしいです。
そして長い間に愛を育み、ようやく側妃に迎えたと聞きました。
けれど直ぐには結婚できず、先ずは最有力貴族の御令嬢を正妃に迎え、第2妃、第3妃と力ある貴族家から迎えてようやく許しが出たそうです。
先程も言いましたが、わたしの母が平民出ということもあり王宮でわたしの立場は弱いです。
まだ婚約者が定まって居なかったのもあり、功のある家臣に下げ渡すという噂も聞いていました。
実際は御父様が、わたしのより良い相手を探している内に時間が経ってしまったというのが真相のようです。
愛する母の娘として、わたしは父親のフィリップ・ドルハ・エルパニア公王に可愛がって貰っていました。
それに幸いな事に、兄弟姉妹誰からも苛められたり嫌な事はされていません。みんなわたしを目に掛けてくれていました。
良く世間では後継者争いの為に血で血を洗う殺し合いもすることが有るそうですが、エルパニア大公家は違います。
エルパニア大公家が治める公国は平和でのどか。風光明媚な観光地ですが、反面国力が弱いです。
とりわけ目ぼしい資源がある訳ではないので他国から狙われ難いですが、それでも戦争をすれば蹂躙されるのが目に見えています。
だから家訓として
『家族が団結し祖国たるエルパニア公国を守るべく手を携える』と唄っています。
エルパニア大公家は美形で代々子沢山です。
それで子供達は他国に妃や後継者の絶えそうな貴族家の養子になったりして、外からもエルパニア公国の平和の為に手を尽くすのです。
そうしてようやく生き残れる位の弱小国。
そして最大の庇護をうけているのが、フォラリス王国になります。
隣接するフォラリス王国は国土だけでもエルパニア公国の10倍以上はあります。国力比でいえば公国は15分の1ほどです。
フォラリス王国がその気になれば、10日も持たずに地図上から消え失せるでしょう。
───少し歴史を語ります───
まだエルパニア公国が影も形もない頃。
フォラリス国は一代の英雄が現れ瞬く間に領土を拡大して行きました。英雄は三人の息子を従え、戦の女神の加護を受け戦場を荒らし回りました。
フォラリス軍と共にある『やたら目付きの悪い戦の女神』の話はフォラリス王国の正統性を高める為の脚色が、伝説化したものと思われます。
そして別の国では戦の申し子と呼ばれる天才が現れ、此方も短期間に敵を平らげ領土を広げました。
やがてお互いに戦端を広げ領土が交わりました。
女神の加護を持つフォラリス国。
そしてテイラム国。
2つの大国が決戦の為に平原に集いました。
両軍合わせて数十万という大軍です。
ですが何故か決戦は回避され、テイラム王はフォラリス王の姫を貰い家臣になったそうです。
何故決戦が回避されたのか?
これは今も大いなる歴史の謎です。
フォラリス国はテイラム国を併合しフォラリス王国となりました。
テイラム王はテイラム公爵となり、永久に貴族家序列筆頭の地位と王妃の優先権が与えられました。
それ以降フォラリス王国は侵略の為の対外戦争を一切止め、領土保全と国内の発展に努めたそうです。
そして時は経ち、フォラリス王国が食べ損ねた地域に幾つか小国が出来ました。
その内1つがエルパニア公国です。
エルパニア公国は初期はエルパニア国と名乗っていましたが、同じような周辺の弱小国との無意味な争いが絶えなかったそうです。
それで弱小の国々は会談を開き、戦争を止め、フォラリス王国の庇護下に入る事を決めました。
当時のフォラリス王はその打診を受けて、その国々の王に大公の位を与えて名目上は属国にしました。
それらは公国と呼ばれ中小12ヵ国もあります。
けれどフォラリス王国はそれらの国々へは従属を求めず、完全なる自治を与えました。
フォラリス王国への納税や軍役の義務もありません。
ただ年一回。外交団の派遣を求めただけでした。
外交団には公国の一族の出席を求めていません。あくまで友好を深める為の儀式。形式的なものです。
只お互い侵略の危機に陥ったら助け合う約束をしました。
これは他の公国が、例えば隣の公国へ侵略したら、フォラリス王国は守る方へ手を貸し攻める側の敵に回るということです。
これで公国同士の小競り合いや戦争も無くなり、平和になりました。
それでも公国ではない国々との争いはあるので気を抜けず、せっせとエルパニア公国の王子や姫を平和外交で嫁がせたりしているのです。
つまり何が言いたいのかといえば、わたしは姫とは名ばかりの小さな存在だということです。
平和外交の為にいつ、どこぞの国へ嫁がされるか分かりません。
わたしは体が弱く、週に一回は寝込んでしまいます。
運動や社交は苦手です。
エルパニアの聖ウェンティーナ学園に通っています。
聖ウェンティーナとは水の女神です。
エルパニア公国は中央に広大な湖があり、それがシンボルで観光名所でもあります。
そしてその湖にウェンティーナが住んでいるとされています。
その名を冠した学園になります。
フォラリス王国のように大きな学園ではなくて、貴族しか通えません。そこで勉強の他に礼儀作法や社交を習うのです。
わたしは気の弱いせいか、良く男子学生に絡まれます。
これ見よがしに求婚をしてくる者もいます。
その都度兄や姉に助けられたりしているのですが、なんだか申し訳なく思えるのです。
わたしの母は平民出ですので家門の力も弱く、兄や姉妹のように取り巻きがおりません。
仲の良いお友達はいるのですが、わたしにチョッカイをかける男子学生を阻む抑止力にはなりません。
お友達はわたしが綺麗だから声を掛けられると言っていましたが、自分では良く分かりません。
とにかくとても煩わしいし面倒臭いですので、わたしは図書室に入り浸るのです。
図書室はわたしの聖地です。
知識の宝庫でもありますし、沢山の物語に溢れています。
恥ずかしながらわたしは恋物語が大好きです。
騎士と姫の恋物語とか憧れます。
ここだけの話。わたしの騎士はおじさんですので、恋心なんて抱きようもありません。
現実は物語のようにはいきません。
だからこそそんなに夢物語にあこがれるのかもしれません。
── そんなある日 ──
わたしはいつものように風邪を拗らせて寝込んでしまいました。
そして十日ぶりに学園に顔を出しました。
何だか何時もと学園の雰囲気が明るく、女学生が色めき立っていました。
放課後図書室へ向かったのですが、何故か図書室内に女学生が屯していました。普段は見かけない女子達がウロウロしているのです。
わたしは特別室へ向かいました。
特別室は王族か、王族から許可を貰った者だけが立ち入ることの出来るプライベートが守られたスペースです。
いつもは殆んど人が居ないので、わたしのお気に入りの場所です。そこでは余計なチョッカイを掛けてくる輩も居ないので、心置きなく読書を楽しむ事ができるのです。
わたしは目ぼしい書物を手に特別室の前に来ました。
驚いた事にここにも女学生が集団で固まっているのです
「すみません。通して下さい」
蚊の泣くような声で王族らしからぬ言葉を吐くと、わたしに気付いた女学生の集団が割れて道が出来ました。
わたしはこの居たたまれない状況から早く抜け出したくて、急ぎ足で特別室へ向かい扉をノックしました。
特別室の室内は外から窺うことが出来ません。
けれど密会の場にならないように司書が1人中に常駐しております。
ノックの音に何時もの女の司書さんが小窓から顔をだしました。わたしを確認すると中へ招き入れてくれました
「今日はとても騒がしいですね。
何かあったのですか?」
「直ぐにわかりますよ。お姫様」
眼鏡を掛けた綺麗な司書さんが含み笑いをして読書スペースの方を向きました。ここから見える範囲には誰もいません
──もしかしたらお兄様がいるのかしら?
生徒会長で第3王子のお兄様。
とても素敵で格好良くて、女学生達の憧れの的です。
ですが、お兄様はみんなと戯れているのが楽しくて、こんな寂しい所には余り寄り付きません……。
わたしは室内へ踏み込みました。
窓辺の席で夕陽に照らされた貴公子が本を読んでいました。サラサラと流れるグレイの髪。
切れ長の目に、長い睫毛から覗くアンバーの瞳。
その方の余りの美しさに、わたしの時間は止まりました。
わたしは息をするのも忘れて彼の姿をずっと見詰めていました。
その間……ずっと鼓動が高鳴っていました
『皆さんは一目惚れしたことがありますか?』
3話構成に成ります。




