カミラ・ソローズ
カミラはベッドにうつ伏せになっていた。
カミラ・ソローズは一糸纏わぬ裸体。
紫の髪が千々に乱れている。
直前までここにはいないある男に抱かれていた。
フォラリス王国王太子。
アーサー・ジュエルク・フォラリス
彼はカミラに一言もなくこの部屋を出て行った。
今日はもう戻らないだろう
「カミラ様。沐浴の用意が整いました」
メイドが無表情で声をかける。
カミラは気だるい体で隣の部屋まで歩みを進めて、浴槽に身を沈める。
メイドがその体を洗い始める。
カミラは頭を浴槽の縁に乗せ、天井を見ていた
『わたしはただのゴミ捨て場……あの学園で尤も高貴な男のね』
カミラは自虐的に笑った。
カミラはアーサーの情婦だ。
今は王宮の一室に身を寄せている。
かつてアーサーが学園の下級貴族の娘達に手を付け、挙げ句の果てに二人が身籠る出来事があった。
その子供達は認知はされず口止め料として親の貴族家は多額の現金を貰い、若い母親達は社交界デビューすることは無かった。
そして王家はそんなアーサーに闇で女を宛がった。
借金で首が回らない貴族家に資金援助して、その代わり娘をアーサーの女として押し付けたのだ
──他の女には手を出すな──
そんな意味を込めて……。
先の女性と違うのは口止め料も兼ねて、卒業後に側妃に成ることも決まった。けれど側妃になっても彼女達の立場も弱いまま。例え男子を授かっても王位継承権が限りなく低く、フォラリス王家を継げない条件付だ。
それで地方の別の男爵家から婚約者のいない御令嬢が選ばれて、白薔薇学園へ編入しアーサーと愛人契約を結んだ。
本来は侍女でもさせれば良いのだが、学園内の生きた情報収集も兼ねて敢えて学園に通わせた。
愛人に選ばれたのが三人の御令嬢で、カミラはその内の一人である。他にロゼとレベッカがいる。
今は事故が起こらないように避妊薬を服用している。
カミラはその中でもアーサーのお気に入りだ。
呼ばれた回数も肌を合わせた時間もカミラが断然多い。だからといってアーサーはカミラを愛してなどいない。
他の二人と違っていたのは、カミラはアーサーの感情の捌け口にもなっていたからだ。
ロゼとレベッカは時折呼ばれて、愛人の役割を果たすとそれで終わりだ。
けれどカミラにだけアーサーは様々な個人の心情を吐露した。いつも王太子という殻に守られて、決して他人には見せない本性をカミラにだけ見せていた。
そしてこのところ、毎日のようにカミラだけ呼ばれてアーサーと肌を合わせている。
カミラにはその理由が分かっていた。
アイリス・ユークラリス伯爵令嬢だ。
アイリスは断罪劇で本来はアーサーに救われる筈だった。アーサーが愛人のロゼとレベッカをサマンサのグループに入れ、動向を探らせていた。
そしてアイリスにだけ学園女子の不満が集まるように誘導していた。
あらぬ噂を撒いて広めたのはロゼだ。
ロゼは口が上手く、それでいて地味で目立たない。
ただここだけの話だが……脱いだら凄いけど。
アイリスに不満を持つ御令嬢達の会話に然り気無く入り込み、あらぬ噂をたてアイリスへの憎悪を煽った。
そして小ホールを宛がったのもアーサーで、ロゼとレベッカはサマンサの取り巻きに小ホールを使うようにと、言葉巧みに誘導していた。
それが上手く行き舞踏会の日に小ホールで断罪劇が開演されたが、姫を助ける主役の白馬の王子様が駆けつける前に黒馬に乗った別の王子様が姫を拐ってしまった。
そして姫が拐われて一月後、姫はその黒馬の王子様のパートナーとして公の席に断罪後初めて姿を現した。
姫はもちろんアイリスで、黒馬の王子様は帝国の皇子デューク・ミカエル・オーギュストその人。
公の席はアランの留学先のエルパニア公国のシェリリー姫が主賓だった。かつてアイリスの想い人だったアランと婚約発表も兼ねた、王国主宰の歓迎の晩餐会が催された。
そこで何があったのかはカミラは知らない。
噂でも別段事故や騒ぎもなく、会はつつがなく行われ終了した筈だ。
だけどその日の真夜中にカミラは呼ばれて、嵐のような激しさでアーサーに朝までいいようにされた。
それでも収まらず毎夜カミラは、アーサーの荒れ狂う感情の捌け口として相手をさせられていた。
ロゼとレベッカは優しくて紳士的なアーサーしか知らない。彼女達は呼ばれずカミラだけ猛獣のように猛るアーサーを受け止めていたのだ。
それはきっと愛を育み合う行為とは真逆。
朝方アーサーが去れば、カミラはしばらく体が動かせない程に疲弊していた。
流石に殴られたり打たれたり暴力は振るわれていない。
けれど愛する男が別の女を想いながら自分を抱く日々は、カミラの心にどす黒い染みを拵えていった
「アイリスを憎めたらどんなにいいだろう……」
カミラは浴槽に身を委ねながら、そう呟いた。
アイリスは不思議と憎めなかった。
彼女もある意味アーサーの犠牲者だ。
アーサーの張る蜘蛛の糸に絡めとられて、愛するアランと離されて、最後は断罪劇で心身共に傷付いた。
現場にいたロゼの言葉からすれば、自分だったらとても耐えられなかったそうだ。
数十人の女学生の怨嗟の中で暴力に晒され、犠牲となったアイリス。あそこで助けられた男に靡き心を開くのは、ある意味自然な事だ。
そして策士策に溺れて、詰めを誤ったのはアーサーだ。
アイリスはカミラが見る限り、アーサーから逃れようとしていた。アーサーは知らず知らずにアイリスに心を奪われていたかもしれないが、アイリスからアランを引き剥がしたのはアーサーだ。
その時はアイリスへの愛などなく、コケにされたという憎悪から出発していた。
カミラからみればアーサーの自業自得。
アイリスへの好意を抱いた時点で、方針を変えれば良かったのだ。確かに側妃に迎えようと画策したらしいが、カミラはアーサーがプロポーズしてそのままアイリスを舞踏会会場から連れ去れば良かったと思っている。
きっとアーサーに逆らえない気弱なアイリスは、嫌々ながらもアーサーに付いて行っただろう。アランの婚約もあり、それを知って心を痛めたアイリスがアーサーの元へ身を寄せる可能性が高かったと思う。
カミラも何度かアイリスを追い詰め無いようにと進言した。けれどアーサーは耳を貸さなかった。
きっとアーサーはアイリスの気持ちなんてこれっぽっちも考えていなかった。
失って初めてどれ程大切だったかと思い知ったようだが、正直『ザマヲミロ』としか思えない。
むしろアイリスだけでもアーサーから逃れてくれて、安堵している自分がいる
『わたしは愛されもせず、ただこの体を捧げるだけ……』
アイリスだけでも幸せになってくれたら嬉しい。
それがアーサーを苦しめることになるなら尚更……。
『わたしの愛もたいがい歪んでいるわね』
カミラは浴槽から出ると、着替えを済ませ鏡の前に座った。紫の髪に赤紫の瞳。このアメジストに成りきれない瞳にアーサーはアイリスを重ねているのかもしれない。
けれど思う
「わたしはわたし。誰の代わりでもない」
アーサーはわたしなしでは生きられないだろう。
高貴な婚約者のソフィアにはあのアーサーの闇は抱え切れない。わたしだけがアーサーの闇を受け止め呑み込んでいく。いずれ……
「この国をも呑み込んであげるわ……」
カミラは鏡に向かい、声を上げず口を大きく開けて笑った。
その目は死んだように光を失っていた……。




