サマンサ・エリルダーク
わたくしはサマンサ・エリルダーク。
武門のエリルダーク公爵家の長女。
王国の政治部門の筆頭たる宰相を代々務めるマクシミリアン公爵家の嫡男、フォークライ・マクシミリアン様の婚約者でもあります。
今回のアイリス公爵令嬢への断罪、集団暴行事件の責任を感じ婚約解消を申し出たのですが、フォークライ様の頑なな姿勢でわたくしの決意は反古にされました。
つまりは婚約関係は維持したままということです
「ここで婚約を解消なんてしたら、あんな馬鹿……いや……物わかりの悪い女と何かあったと誤解されるだろう?私はサマンサ以外とパートナーに成るつもりはない」
それがフォークライ様のわたくしへ向けた言葉。
それからのわたくしの説得にも頑として受け付けてくれませんでした。さらにフォークライ様
「私は誤解していた。君は私の事などに関心も興味もないと勝手に落とし込んでいた。
だが、まあ。色々あの断罪劇は問題が多かったが、私への嫉妬が根底にあったのは素直に嬉しかった。
今までは言葉を交わして居なくても、お互いの意思は通じていると思っていたが、コミュニケーションが大切だと知った」
こう言って、月二回お茶を共に過ごす時間を申し出てくれました。時間があれば街へ繰り出し、なければ白薔薇学園でお茶というデートをすることになったのです。
そして今日。フォークライ様と初めてカフェでデートすることになりました。
前回がアイリスの子供の人格の為にお菓子を選んだ、デートともいえない時間を過ごしましたが、今回は正真正銘のデートです。もちろん護衛込みですが、カフェのテーブルを二人きりで独占して向かい合っております。
今回はわたくしが段取りしてこのカフェを選びました。
白薔薇学園の平民寮である黄薔薇棟の裏側にある商店街。
通称[白薔薇商店街]のカフェ【ガーネッティア】
今は亡き先代王妃陛下の肝煎りで作ったコーヒー店。
先代王妃陛下のミドルネームの店名への使用が許された有名店でこざいます。
ここ商店街では貴族がお忍びで来るのが前提となっていまして、表通りと東通りの飲食店では貴族用と平民用にスペースを分けるのが前提となっていおります。
大概は人の出入りが多い一階が平民用スペース。
そして二階以上の最上階が貴族用に分けられております。
これは貴族の安全の為でもあり、店側にもメリットがあるのです。スペースが分けられているだけで、治安にかける人員を削減できるからです。貴族は基本護衛が付くから店側は入口に警備員を置くだけで済みます。もちろん教養のあるウェイトレスも採用しなければなりませんが、貴族はそのサービス料込みの値段設定になっているから損をすることはありません。
さらに貴族様はお土産や使用人への日頃の感謝も兼ねての、大口の注文も多いですからね。
そして話は今回のデートに戻ります。
普通のデートなら甘い雰囲気や言葉を紡ぐものですが、わたくしとフォークライ様は違います。
わたくしは事前にここで提供されるコーヒーやケーキの材料となる小麦等の材料の資料を店側に提供して貰いました。
それを見ながらフォラリス王国の流通や食材の産地の討議をしているのです。
コーヒーは殆んど帝国からの輸入品ですが、産地によって値段にバラつきが有ること。
このカフェでは優良品質のコーヒー豆が使用され、貴族の希望によっては最高品質のコーヒー豆も提供されております。
二人はそれぞれ優良品質のコーヒーと最高品質のコーヒーを飲み比べたり、輸入コストなどを語り合いました
「優良品質のコーヒーはそれぞれに特化している部分があって面白いな。苦味であったり甘味やコクであったり。
だが、この最高品質のコーヒーは飲みやすくそれでいて全てが高レベルでバランスが取れている」
「フォークライ様。
これは政治にも当てはまりますわね。
部門部門はそれぞれ特色ある専門性で尖っている方がよろしいですし、それをまとめる王国は全てに高レベルでバランスが取れているのが理想だと思いますわ」
「流石我が妻となるサマンサよ。
やはり貴方を一目見て、私の婚約者に選んでくれた父の慧眼は曇っていなかった。こういうカフェでの一時も有意義に過ごす事が出来るのは、君ならではだね」
わたくしは初めは巷の恋人みたいに過ごすデートを考えておりましたが、フォークライ様の気質を考慮すればこのような政治や国のあり方を問うデートの方が好まれると思い準備したのです。
端から見ればそれのどこが楽しいのか分からないかもしれませんが、わたくし達にとってはこれが何より素敵な時間だと思っております。
そうそう。
アイリス様より提案された風紀委員。
無事生徒会での審議を経て、わたくしは風紀委員長に成ることが決まりました。
本格的な始動は冬の長期休暇明けの2月からになります。
今はフォークライ様にも手伝って頂いて、アイリス様より提示された素案を草案としてまとめているところです。
今までは生徒会会議のような公共の場でしかフォークライ様と意見を交わさなかったのですが、今は以前よりも遥かに密に意志疎通をしております。
アイリス様に謝罪して許して貰えてこうして風紀委員という役割まで下さった。
断罪劇直後のあの重苦しい心の枷が取れて、今は時折微笑むことも出来るように成りました。
わたくしの仲間でもあり親友のサラサーラ・メディアン侯爵令嬢はそんなわたくしを見てこう言って下さいました
「今までのサマンサ様は氷のように冷たい表情をお崩しに成られず、親友のわたしも声をかけるのが躊躇われました。
けれど今のサマンサ様はとても素敵で柔らかく成りました。わたしは今のサマンサ様の方が好きで、とても美しく思えます」
わたしは『こう有らねばならない』という、自分を覆っていた殻を割っているところです。
貴族としての誇りを持ちつつ、平民の皆様にも媚びずに分け隔てなく接していけるか模索中です。
それには苦手な笑顔も練習しないと……
「ねぇ。フォークライ様……」
わたくしが練習台として微笑みかけると、フォークライ様はしばらくわたしを見つめたまま固まっていました。
フォークライさまのお顔が耳の先まで真っ赤になるのを見て、なんだか心が踊ったように嬉しくなりましたわ!




