ふたりはひとり
──暗い暗い暗い世界──
でも怖くはない
この先に光があるって知っているから
何処までも何処までも暗くて、希望のない世界
絶望と焦燥
あの暗がりて見つけたもう一人の自分
アイリス・ユークラリス
楓と溶け合い混ざり合い、魂と魂が融合した
ううん
元はひとつの魂
別々の世界に分かれただけ
それがまたひとつになっただけ
☆☆☆
あの暗い世界に、アイリスはたった一人でいた。
どれくらいかわからない。
ただ体感時間で10年はいただろう。
世界で一番大好きな人の名前をひたすら呼び続けた。
何の反応もない日々
ここではない何処かへ行きたくて彷徨った。
太陽も月もない
朝も昼も夜もない
──ただただ暗い暗い暗い世界を──
やがて歩くのをあきらめた。
蹲り、思考を止めた。
でもやめられなかった。
自分自身の心のなかを見つめた。
それも長く続かなかった。
ただあの人に会いたいと願い
その名をただ繰り返した
そして楓と出会った。
楓を一目みた瞬間。
アイリスは自分の存在意義を理解した。
──彼女とひとつになるため生まれて来た──
わたしはあなた
あなたはわたし
色々話し伝えたいことがあった。
この暗い暗い暗い世界に取り残されることが、この虚無の世界が、金剛石のように輝く魂を持つアイリスをどれほど黒く覆ったか?
けれどそんな言葉はなにもいらないとわかった。
二つに分かれた魂がまたひとつに戻れば、記憶も記録も共有される。
アイリスのことを誰よりわかって貰える。
彼女はなにも語ることなく分かたれたもうひとつ魂、楓と融合することを選んだ。
そしてひとつなればこの絶望的な暗闇から抜け出すことができる。それがなぜだかわかった。
わたしはあなた
あなたはわたし
ふたりはひとり
そしてふたつの魂はひとつとなった。
☆☆☆
アイリスが生きていた世界で彼女は不完全だった。
愛嬌と天真爛漫だけで生きてきた。
体は美しく成長するのに心は七~八歳くらいで止まっていた。
そして他人は極一握りの人間しか認識出来なかった。アイリスの基準から外れた者の顔は全てのっぺらぼうだった。
女性の顔も全て顔がない。
唯一の例外が、母シェレイラだけだった。
身近では父ロベルトと弟アランの顔が認識できた。
この三人とは会話はできた
だが使用人は付き人のリリとララだけ、顔が分からず色で判断していた。
他の使用人や家庭教師等は認識できず、会話もままならなかった。どこからともなく聞こえる彼らの言葉にただ反応するだけ、意味も良くわからなかった。
だからアイリスの知識や経験の詰め込みの点では、頭が悪かった。
もういい年齢なのに社交界にも出られなかった。
高貴な身分に限らずのっぺらぼうで挨拶も儘ならない。
ダンスも踊れない
貴族社会は血統を守るため近親婚を繰り返すこともある。何処の貴族家でも代々の中に、一人や二人は心の病を持つ者がいる。
只そんな心の病を持つ者は人知れず屋敷に隠される。
それでも《白薔薇学園》には行った。弟アランが常に側にいてサポートしていた
アイリスが顔を認識出来るのは弟アランを含めて学園に七人いた。アイリスは知らなかったが彼らは乙女ゲーム
【白薔薇姫と七人の虜たち】
その攻略対象者たちであった。アイリスは学園内で彼らを見つけると嬉々として駆け寄り話しかけた。
それはそうだろう彼らしか顔が分からないし、会話ができないのだから……。
アイリスはまるで、乙女ゲームの攻略対象の男子たちに印象深く認知されるだけに、生きていた感がある
魂が一つとなった楓にはそれがよく分かる
誰ともよい関係にならず進展もせず、ただアイリスという存在を攻略対象者たちに植え付けた。
精神年齢七~八歳の女の子に誰も恋愛感情は持たない。
ある意味フラットな関係から始まるのだ。
☆☆☆
もうすぐ目覚めの時。
暗い暗い暗い世界の向こう側に光に満ち溢れた世界を感じる。
アイリスの心象風景。
青白い空間に光が集まってきた。
それは少しづつ人の姿となり
ひとりの少女となった。
少女は精霊のように微発光する裸体であった。
ピンクブロンドの髪。次には黒髪となった。そしてまたピンク。いや、ピンクであり黒。重なりあったいるような、溶け合っているような……。
瞳も紫であり、黒であり、別世界の者が重なりあったよう。
揺らぐたびに表情も変化する。
そしてその体はまた光に包まれ光そのものとなり、ふたつに別れた。
一方の光は小さな少女の姿となった。
ペタンと女の子座りしている。
髪はピンクブロンド。
瞳はバイオレット。
可愛らしい整った顔だち。
小さなぷっくらとした薄桃色の唇。
頬のふっくら薔薇色が愛らしい。
そして定番!ピンクのドレス。
アイリス・ユークラリスの精神年齢の8歳の姿。
そして隣にはいつの間にかひとりの女子が寝ていた。
別れたもう一方の光が変化した姿だ。
アイリスは女子の元へ行き、傍に座るとその黒髪を優しく撫でた。
髪を撫でられている女子は涼風楓。あの日本の高校生の姿だ。夏服のブレザー。
16歳で事故で死んだ年齢そのまま。
楓は目を開けた。そしてアイリスを見た。
ふたりは見つめ合うと嬉しそうにほほえみ合った。
楓とアイリス。ふたりの魂は融合し、ひとつになった。
そしてまたふたつの人格が生まれた。
ただ以前の楓でもアイリスでもない。
ふたりの記憶も想いも共有している。
今こうしている間も、お互いの感情や思考は丸分かりだ。
全く新しい楓とアイリスとして再誕したのだ。
─でも不思議─
楓は楓の性格のままだしアイリスもアイリスのままだ。
特にアイリスは楓の記憶も見知っているはずなのに、ほとんど精神的にも知的にも成長の跡がみられない。
楓の記憶に興味がないみたいだ。
─金剛石のようにゆるぎない─
そして楓はそんな小さなアイリスを
「アリス」
と呼んだ。
は楓を
「カエデ」
と呼んだ。
アリスは立ち上がり、カエデに手を伸ばした。
カエデはその手をとった。
手を繋いだ。
ふたりは並んで、明るく白みはじめたこの世界の向こう側に意識をむけた。
アリスが生まれてから過ごした世界であり、カエデにとっては乙女ゲームでお馴染みの異世界だ。
そしてふたりにはこれから目覚め生きていく世界だ!
その世界にあの人がいる
それだけで価値がある
暗い暗い暗い世界の闇に染まり
煌めきを闇で覆われた
金剛石のアリスは
あの人に会いたい
その一心で己を支えてきた
もうすぐあえる
すぐ近くにあの人の気配がする
アリスはカエデの後ろにまわり
その背中を押した
「アリス。わたしでいいの?」
「うん。カエデに一番に見て欲しい
わたしの大切なひと」
わたしは一歩を踏み出した
背中越しにアリスの想いが伝わってくる
アイリスの人生を思うと
この暗い暗い暗い世界で
たった一人で過ごしてきた想いを知ると
泣かずにはいられなかった
込み上げるままに
感情のままに
胸の張り裂けそうな痛みを感じ
わたしは涙を流した
わたしを呼ぶ声がきこえる
そして
誰よりも何よりも待ち望んだ
あのひとの声
暗い暗い暗い世界に真一文字の光の線が現れる
─
水平線に
─
地平線に
─
太陽が昇るように
─
光が溢れ、暗闇を押し退け消し去っていく
─
世界が光そのものとなった
ホントはアリスなんていなかった。
でも生まれたこの子に
これからのち、どれ程助けられることになるか?
生まれてくれてありがとうアリス!
#アリスは元々アイコという名前でした。
今変更作業中ですので、途中アイコが出てきます。
混乱しないでね。




