アイリスの名誉
俺。デュークは気を失ったアイリスを抱え、大使館の貴賓室のベッドに寝かせた。
そして執務室へ向かうと、執事のエバンを呼ぶ
「殿下。お呼びですか?」
「ああ。アイリス嬢を最上級の客としてもてなしたい。
彼女は聖女で間違いない。
エバン。お前も聞いているだろう?
俺は〈銀竜のネックレス〉をアイリス嬢に捧げた。
俺は彼女の了承も取らず、勝手にパートナーに選んだ。
支障はあるか?」
エバンは恭しく礼をして
「いえ。ございません。
聖女様を選ぶのは殿下の特権でございます。
我ら帝国民はそれに従うまで。
ただ。聖女様は何もご存知ないと思います。
ここは専属でお世話をする者が必要かと存じます」
「心当たりはあるか?」
「はい。リッチェとラッチェという双子の侍女がおります。メイドの仕事も出来ますのでお世話係としては最適かと思われます」
フム
エバンがいうのならば、間違いないだろう
「ではその者達を呼んでこい。
エバンの目は信用しているが粗相があってはならぬからな、俺自身の目でも確認したい。その者達に声を掛けたら、お前はそのまま下がれ」
「はい。かしこまりました」
そしてやって来た双子を見定めた。
子爵だが上級貴族の娘達。
それなりの気品もある。
何よりアイリス嬢と歳が近いのが気に入った。
目覚めても気安く命令出来るだろう。
双子に命令を下し、一人執務室で考える
『一体アレはなんだったのだ?』
アイリス嬢が俺と目が会った瞬間、世界が光で溢れた。
同時に彼女のネックレスから白銀の光の竜が空に立ち上ぼり、俺のネックレスからも金色の光の竜が現れた。
そして二体の竜が絡み合い俺たちを包むにつれ、俺のアイリス嬢に対する想いもはち切れんばかりに溢れた。
愛おしくて何より大切で決して手離してはならないと感じた。聖女だから必要なんじゃない。
アイリス嬢そのものの存在が俺にかけ替えのない者となった。
光は直ぐに収まり、気がついたら俺の腕の中で気を失っていた。
今まで誰にも何にも感じたこともない、この激しくも心地よい感情。
その身に触れているだけでも心が満たされていく
『ネックレスに封じられたという、金と銀の竜の影響なのか?』
そんな思考の最中、アイリス嬢の付き人のリリが到着したと報告が入った。
リリ嬢にはアイリス嬢の世話をしてもらい、一時間後彼女を呼んだ。
俺は応接室でリリと合った。
リリと同じ馬車に乗り合わせた護衛騎士二人も同席させた。
執事エバンにアイリス嬢の現状をリリに知らせた後
「済まないがリリ嬢。
明日にでもアイリス嬢の邸宅へ向かって戴けないか?
アイリス嬢にはこのまま、暫く大使館に滞在して貰うつもりだ。
その旨を知らせて欲しい。
もちろんアイリス嬢の安全は帝国の威信に掛けて守ると誓う」
「分かりました。
ですが、出来れば同行者もお願い致します。
わたしだけでは大使館での事は判断しかねますので」
「元よりそのつもりです。
先程同行した騎士と、大使館の副大使も使者として同行させましょう」
リリは同意した。
明日。朝一でユークラリス邸へ向かうという。
今はアイリス嬢の世話に貴賓室へ向かった。
入れ替わりに執事エバンがやって来た
「なんだ?」
「は。ただ今、フォラリス王国のレイン第二王子とエリザベス公爵令嬢が来訪されました。
殿下に面会を求めております。
いかがなさいますか?」
─レインが?
しかも婚約者であるエリザベス公女と共にやって来たという
─何事だろう?
ただアイリス嬢絡みであることは間違いないだろう
「直ぐに応接室へお通しせよ!
充分な礼を尽くせ。
いや。
俺が出迎える。
直ぐにこの部屋での準備を整えよ」
「はっ。直ちに……」
俺は大使館の正面玄関へ赴き、自らレインを出迎えた。
レインの傍らには青ざめた顔のエリザベス公女が寄り添っていた。どちらも上に羽織ってはいるが、舞踏会の礼服とドレスのままだ
「デューク。連絡もせず済まない。
アイリス嬢の名誉の為にも直ぐに知らせたいことがあったのだ」
「いや。構わぬ。
ここでは何だから、付いてきてくれるか?」
二人を応接室へと案内する。
エバンが準備を整えてくれていたようだ。
お互いに形式的な挨拶を済ませ、本題に入った。
エリザベス公女は目を伏せた
「わたくしはこの度はレイン殿下のパートナーとの立場もありますが、アイリス伯爵令嬢の親しい友として居ても立っても居られず参りました。
突然の無礼をお許し下さい」
「いえ。公女様。そう畏まらずに。
わたしも学園の同意も得ずにこうして未婚のご令嬢を連れ去った事、今になって気に病んでおります」
それからデュークはアイリスの容態を、レインは〈緊急生徒会会議〉の内容を掻い摘んで知らせた。
もちろんアランの婚約の事は伏せてある
「では。誤解が誤解を生み、あのような騒動になったのですか?」
デュークの問いにレインは頷き
「学園内で噂されているような不埒な噂は全て嘘です。デュークの事だから、これから知ろうとすればいくらでも調べれられるでしょう。
ですが有らぬ噂の方が遥かに多く、これではアイリス嬢がデュークにも誤解される可能性が高いと感じました。
このレイン・オパール・フォラリスの名に懸けて、アイリス嬢の名誉を誓います」
「わたくしもエリザベート・テイラムの名に懸けて、アイリス嬢が健全で貞淑な御令嬢であると誓わせていただきます」
二人の誓いを受けて、アイリスの名誉が保たれた。
そして心底ホッとしているデュークがいた。
デュークは今は心の中で
『これからのアイリス嬢の名誉は俺が守る』
と誓っていた
「ところでデューク。
ひとつ聞きたい事がある」
レインは食い入るようにデュークを見た。
その目は〈隠し事はしないでくれ〉と訴えているようだった
「デューク。アイリス嬢は聖女の力に目覚めたのではないか?」
アランは確信に満ちた言葉を告げた。




