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俺の女


「リュウ様。本日は有り難う御座いました。

良い思い出に成りました。生涯の宝といたします」


ダンスを終えた俺デュークは、目の前のパートナーであるナーシェの事を考えていた。

物心付く頃からこの兄妹とは、兄弟のように接してきた。年齢的には俺が一番下だが主人だ。臣下で護衛であることは変わらないが、それでも人目が無いところではタメ口で話せる数少ない間柄だ。

タメ口は俺が強制した。


改めて見るとナーシェは随分と女らしくなった。

以前は男勝りでセクハラかました命知らずをボコッたりしていたな。

こうしてドレス姿を見ると、感慨深い物がある


「どうかなされました?

私の顔に何か付いていますか?」

「いや。暫く見ぬ間に随分と綺麗になったなと思って。お前の婿となる男は幸せ者だな」


ナーシェは暫し絶句し


「このところ毎日欠かさず顔を合わせておりますが……。ですが、お褒めに預かり有り難うございます。

それからリュウ……いえ……私は殿下の元を離れるつもりは御座いませんので、その幸せ者は現れぬかと……」

「そうか。行き遅れたら俺が貰ってやろう」


「殿下……なら……行き遅れます」


最後あまりに小さな声なので聞き取れなかったが、俺の冗談に顔を赤らめ嬉しそうに笑うナーシェは確かにいい女だ。だが姉ちゃんみたいなものだな


「ほら。ナーシェ。

アドラーと踊ってやれ。あいつ何だか涙ぐんでいるぞ」


俺は兄妹がぎこちなく踊っている様を見て、それから視線をあのピンク女にむけた。


何だかヤタラ頭がモアモアしている天パ野郎と踊っていた。目立つ女である事は確かだ。

だが聖女では無いのではないか?

神々しさの欠片も見えない。


兄妹が踊り終えたのを見計らって、俺は会場を抜け出す。慌ててアドラーとナーシェが走って追いかけてくる。

何時もの光景だ。


俺達三人は自由に行動出来る範囲で白薔薇学園を探検した。帝国一の学園よりも規模が大きい。

まあ。帝国最高の学園には平民は入学出来ないからな。

別に平民を差別しているわけではなく、フォラリス王子のように伝統と格式が平民まで行き渡って無いからだ。

色んな民族が交ざり合い一つの国となっている帝国は、平民を入学させると警備上の難易度が跳ね上がる。

どこに暗殺犯が忍んでいるか分からない。


フォラリス王国のように平民も何代に渡り定住するのではなく、帝国の民は流浪する。

帝都にも得体の知れない連中が蔓延っている。


素性が知れない者がほとんどだ。

だから身分のハッキリしている貴族だけが学園に通える。


ちなみに平民が通えるのは学園ではなく、学校と呼ぶ。


ここ白薔薇学園はあちこちに派手な格好の騎士がいる。

白薔薇本棟には白薔薇騎士。

青薔薇棟の連絡通路には青薔薇騎士。

赤薔薇棟の境には赤薔薇騎士。


これだけ目があると、うっかり秘密の場所に足を踏み入れることが出来ないではないか!

『道に迷ってしまいました』

こんな都合の良い言い訳が使えない。


で……当たり障りのない探検をして食堂に着いた。


一階の食堂は下級貴族や平民、もしくは一般の来客が使用できる。

下級貴族に偽装している俺達は、当然小腹が空いたらここを利用することとなる。


注文するのはコーヒーとパン。

ベーコンに目玉焼き。サラダ。


甘党のナーシェには本日のおすすめケーキを頼んでおいた。


それにしてもここでコーヒーを気安く飲めるなんて……。

コーヒーは帝国では当たり前だが、紅茶文化の根付くフォラリス王国ではめずらしく、大のコーヒー好きの先代フォラリス王国の王妃が広めたという。

今は環境に適した一地方で大々的な栽培を行い、庶民にまで浸透させた。


実はコーヒーはフォラリス王国への帝国の主要な輸出品目の一つである。

はじめは二束三文の値で帝国内で流通していたが、先代王妃が広めたコーヒー文化の逆輸入で価値が上がった。


産地や等級によって価値に幅を持たせることにより〈庶民の飲む下品な泥〉と帝国で蔑まれていたコーヒーを貴族にまで広めた。

これも先代王妃が提案したことである


「リュウ様。聖女様には接触しないのですか?」


ナーシェが心配そうに聞く。父帝から何やら言い含められているのだろう。

つまり……聖女をダシにここへ遊びに来たのがバレているってことだ


「まあ。これからレインに会いに舞踏会会場へ戻るつもりだし、そこでもう少しあのピンク女を見物するよ」

「ピンク女って……聖女様に失礼ですよ」


そういうナーシェは笑っている


「正直。俺はあのピンク女が聖女だとは思えないね。

雷にも打たれなかったし、恋にも落ちなかった。

運命の出会いでも何でもなかった。

御神託とやらもアテにならないな。

そういや母親もピンク女に良く似ているそうじゃないか?もしかしたらソッチが聖女かも?」


様々な報告からアイリス伯爵令嬢が聖女である可能性が高いとは思う。

思いはするが気が進まない。


今日はピンク女に関わらず街へ繰り出そう。

そうと決まれば


「アドラー。ナーシェ。舞踏会会場へ戻るぞ。

レインに別れの挨拶をして、さっさとずらかろう」


俺が立ち上がると、アドラーとナーシェも追従する。

二人とも深くタメ息を付いているところを見ると、俺の今のセリフに聖女の〈せ〉の字も無かったことに何やら察したようだ


「そこの通路が会場への近道のようです。

レッスン用の小ホール経由で向かう道で少し狭いかも知れませんが……」


アドラーは先程、何人かに聞き込みをしていた。

その折、近道のことでも耳に挟んだのだろう。


「よし。この道を行こう」


俺は決断し会場へ向かう。

幾つか階段を降り地下へと至る。

確かに狭い道だが、人とすれ違うには余裕がある。


途中に着飾った御令嬢が数人たむろしていた。

小ホールらしき大扉の前で、扉を背にして五人立っている


─これは……嫌な感じだな


皇宮では扉の前で騎士でもない女が見張っている時は決まっていた。気に入らないヤツ()を締め上げている時だ。

複数人で少数の女をイビっているのだろう。

皇宮内での順位付けに利用されていた


─見て見ぬふりをするか……


俺は今の立場は右も左も分からぬ留学生。

フォラリス王国の問題に立ち入るベキではない。


俺は扉の前を何も知らぬ顔で通る。

扉を背に立つ女達は、そんな俺達が通り過ぎるのを待っている


「イヤー!」


中からケタタマシイ悲鳴が聞こえた


─はぁ。面倒だ……


悲鳴を聞いたからには見過ごす訳には行かないだろうが……


「すいません。今悲鳴が聞こえたようですが……」

「なっ。何でもありません……気にしないで下さい……貴方には関わり合いの無いことです」


見張りの女の顔が強張る


─これはヤバイな


見張りの表情から槍玉に上がっている中の女は無事に済まないだろう。

中から相当数の気配がする。

これだけの人数に恨まれているとなると


─まさか……な


あのピンク女の顔が浮かんだ。

中からは気のせいでは済まされない悲鳴や叫び、怒鳴り声が断続的に聞こえる。

もう躊躇は出来ない


「悲鳴が聞こえる。何をしているのですか?

入れて下さい」

「大丈夫です。だから貴方たちには関係ない……ひい!っ」


俺は殺気を放った。

戦場で敵に向ける殺気だ。

こんな騎士様に守られた安全な学園の御令嬢様方には、到底耐えられまい。

扉を守る五人がガタガタ震えている


「失礼します。これでは締まりませんので……」


ナーシェが俺のダサイ眼鏡を取った。

俺は髪をかきあげる。

そして俺はまた睨み付ける


「ど……どうぞ……お入りください……」


女達はビクビクしながら扉から離れる。

アドラーが手を広げ、両扉の左右に手のひらをあて


「ケンカは初めが肝心ですよ」


そう言うな否や


ダン!


思い切り扉を開いた。

すかさず


「行ってらっしゃいヒーロー様。

ヒロインがお待ちかねですよ」


ナーシェが俺の背中を押す


─アイツら……俺を何だと……


押された俺は必然的に、衆目の視線の的となる。

俺は瞬時に状況把握に努める。

戦場では一瞬の判断が生死を決める。


先ず目につくのは、床に散らばった血液の着いた布地。


そしてこの小ホールに集った人数は70人くらい。

皆、俺を見て固まっている。

女が一人、数人の女に羽交い締めされている。

こいつじゃない。

こいつは加害者だな。

手にピンクの布地を握りしめている


─となれば……


その足元に蹲る女。

胸元に手を当て床に突っ伏している。

背中は大きく破かれ、ドレスから下着が覗いている。


そして乱れたピンクブロンドの髪


ゾワッ!


俺の身体中の毛が逆立った


『俺の女に!』


俺が登場してから、ここまでほんの瞬きする間。

俺は全身の血が逆流する程に怒りの感情で燃えたぎり、思い切り怒鳴っていた



「お前達!何をしている!」
















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