リュウ・ホーセン
大使館から30分かそこらで白薔薇学園に着いた。
学園の正門だ。
俺達よりも少し先行していたレインが出迎えてくれた。
俺を見るなり
「デューク。それ何だよ?
笑かしてくれますね」
「似合うだろ?」
俺デュークは腕組みして得意気に胸を張った。
いつもオールバック気味に撫で付けている髪を下ろし、ダサイ伊達眼鏡を掛けている。
どうやらツボったらしく、レインは暫く腹を抱えて笑っていた
「俺は……ボクは今日は留学生のリュウ・ホーセンです。ここにはデュークという帝国のボンボン野郎はいない設定なので、俺……ボクのことはリュウと読んでくクダサイ」
「何で最後カタコトなんだよ?」
レインがまだ笑っている。
─あっ。忘れてた
「姫。どうぞこのリュウの手をお取りください」
「姫はやめて下さい。姫は……」
ナーシェはまだ顔が赤い。
それを見て兄のアドラーが含み笑いをしている。
アドラーは執事のような格好をしている。
ナーシェは臙脂色を基調としたドレスを着こなしている。
兄妹の肌は褐色で、臙脂と黄色と白のコントラストは少し初々しさには欠けるが、落ち着いた色合いはナーシェの肌色に似合っている。
俺はナーシェをエスコートすると白薔薇学園へ足を踏み入れた。
幾つか書類を提出し、許可を経て地下へと行く
「ここを真っ直ぐいけば会場だから、ワザと間違えないように。それから退出する時は一言断ってからにしてくれよ。何時もの事だが、君が突然消えると心臓に悪い」
しょっちゅう抜け出す俺を信用していないようだ。
「分かった分かった。
それより愛しの君が待っているのではないか?
さっさと行けよ。この色男!」
この異国の第二王子。美少年レインをさっさと送り出す。
俺は……勿論少し探検してから……
「アドラー。ナーシェと会場へ行……」
「行くわけないでしょうが、リュウ様!
兄の私がエスコートなんかしたら、一生ナーシェに恨まれる。勘弁してください。逃がしませんよ」
ガシッと押さえられ、身動きできない。
こいつはガタイいいだけあってバカ力だ
「おい。ナーシェ。なんとかしろ!」
「……そんなに私とパートナーになるのが嫌ですか?」
目付きがヤバイ。
アドラーはナーシェを手で制した
「妹のナーシェは社交界デビューを一年遅らせて、リュウ様に合わせたのです。
例え演技だとしても、今日のリュウ様のエスコートを楽しみしていたのです。
ドレスも随分前から用意していて……だから今回の急な出立にも準備出来たのですよ。
リュウ様の女嫌いは結構ですが、少しは女心というものを察してください」
アドラーの有無を云わせぬ迫力ある言葉。
これで、俺の脱走計画は潰えた
「リュウ様。まさか逃げようと思っていませんよね」
アドラーにガシッと肩を掴まれる。
逃げようと隙を狙っていたのがバレバレだ
「まっさか。そんな訳ないよ。
さぁ。ナーシェ行こうか!」
俺はナーシェをエスコートして、学園地下の舞踏会のクソ広い会場に足を踏み入れた
─これはスゲェな?
地下の大空間。
色とりどりに着飾った学園生達。
い並ぶ楽団が音楽を奏で、シャンデリアの輝きがより煌びやかさを演出する。
俺達は人ゴミに上手く紛れることが出来た。
ナーシェが絡めた腕をさりげなく引き寄せ
「いよいよですよ殿……リュウ様。
間もなく上級貴族の皆様がご入場です」
─おい。ナーシェ。その程良く自己主張しておるお前のオッパイ様が当たっているぞ
心の声とは裏腹に
「いよいよお出ましか?
聖女様とやらが……」
確か目の覚めるようなピンクブロンドの髪に、アメジストな紫の瞳だったな?
そんな派手なヤツ本当にいれば、きっと気持ち悪いだろうな?
─まあ。一目見れたら目的達成だけどな!
正直興味はない。
どちらかと言えば、レインのお相手のヤタラ目付きの悪いという噂の公爵令嬢様の方が気になる。
一曲二曲ナーシェと踊ったら、楽しく学園探検だ!
ナーシェが半ば強引に俺を誘導して人混みをかき分け、入場パレード見物の学園生達の最前列に顔を出す
「ここならハッキリ見えますね。
噂の聖女様ってどんな方でしょう?
お綺麗なら良いですね?」
ナーシェは俺を見て意味あり気に笑った
─こいつ俺を揶揄っているな
確かに綺麗に越したことはないが、ホントにどうでもいい。見た目綺麗なだけなら皇宮にうようよいるし、実際問題噂の聖女様が本物かどうかも分からない。
確かめるって言ってもどう確かめれば良いのだ?
─大人しく雷にでも打たれるか?
一目見た瞬間。電流でも走って脳内にファンファーレでも鳴り響いて
『この方が聖女様です!あなたの運命の人です』
なんて言ってくれたら楽なのに……
そうこうしている間に、次々と派手やかなペアが入場してくる。
上級貴族でも最下層の子爵家から入場して、最後はこの国の王太子ペアで締めくくる予定。
そして十数組が通り過ぎた頃、会場の雰囲気がガラリと変わった。
会場に現れたのはピンクブロンドの髪にアメジストな紫の瞳。そして極めつけはピンクのドレス。小さな宝石がドレスに鏤められてヤタラキラキラしている
─こいつが噂の聖女様か?
「お探しのアイリス・ユークラリス伯爵令嬢様に間違いないでしょう。なんてお綺麗なお方……お人形さん……いいえ妖精のようです……。
良かったですねリュウ様」
ナーシェが流し目を送ってくる。
良かったも何も、まだ聖女と決まった訳ではない。
綺麗ちゃあ綺麗。
見た目はね。
ただ、このピンクピンクは無いだろう?
確かに似合ってはいる。
だが現実世界でこの装いをするのは、勇気がいる
─もしかしてこいつ馬鹿じゃね?
見るからに頭悪そうだ。
出来ればこいつは聖女候補から御退場願いたい。
理由はそれだけではない。
俺達の反対側。多分平民達が華やいだ憧れに満ちた顔でうっとりしている。
だが逆にこちら貴族側の面々から、なんとも言えぬ複雑な感情が流れ込む
─おいおい何だこいつ。相当恨まれているぞ?
チラホラ殺気も感じる。
一人や二人ではない。
複数の貴族令嬢からあからさまな敵意を感じる
─こんなヤツが聖女?勘弁してくれ
どれだけやらかせば、こんなに恨まれるのだ?
相当な事をこのピンク女は仕出かしたらしい
─性格破綻者か?
並外れた美貌を笠に着て、あちこち手を付けたか?
端からこぼれる憎々しげな御令嬢方の言葉には、アイリスが相当複数の男をもて遊んだ様子が伺える
─マジで!マジで勘弁してくれ!
あの権謀術数渦巻く魑魅魍魎の住みかたる皇宮に、こんなのが紛れ込んだらどうなる?
想像するだけで怖気が走る。
浮気者の馬鹿女など、いらん。
そうこうするうちに次々とペアが入場する。
そして公爵家の眼鏡の美男子のペアの女。
こいつ相当苛ついている。
只でさえ貫禄ある顔なのに、険のある表情。
その目は思い切りアイリスを睨んでいた
─これはいずれ……一波乱ありそうだな……
だが、俺には関係無いだろう。
何せレインを冷やかしたら、チャチャッとナーシェと踊って学園探索。
飽きたら速攻学園を放れるつもり。
今日を最後に留学の決まっている2月まで寄り付くつもりはない
─やっとお出ましかい?親友よ!
レインは噂通り……いや噂以上の目付きの悪い公爵令嬢をエスコートしている。
黄金の巻き毛に真っ赤なドレス。
見た目怖いが……
─いいパートナーだな。レイン
この女……相当な玉だ。
俺には解る。
どこぞの聖女様とは大違い、本物ってヤツだ。
こんな女が一人いれば、皇宮は丸く収まる。
王妃や皇后に相応しい女だ。
そして王太子が入場する。
絵に描いたようなキラキラ王子に正直イラッとする。
爽やかイケメンビームを絶賛拡散放出中だ。
こいつとは関わりたくない……が……
キラキラのパートナーは……
─これまた女神ですか?
思わず敬語になる程の美しさ。
そして中身もギュッと詰まっている。
心的なことだ。
勿論プロポーションも良好……通り越して最高!
それにこの清楚な雰囲気に万人を虜にする美貌。
俺は神など信じていないが、思わず祈ったね
──あのピンク女と取り替えてくれ──
 




