93
宮田桃を「親友」だと思ったのも本当だし
「そう言うと喜ぶと思った」のも本当の事だ。
だけどそれで宮田桃が惚れているとかどうにも繋がらない。
ワケが判らない。
「お前こそ何をわけのワカラン事を。」
はい?
「お前がどう思うか。と桃がどう思うか。なんて別だろ。」
いやまあそうですけどそれにしたってて話ですよ。
「桃の正体知った時、お前何言ったか自分で覚えてるか?」
正体って?
「猫娘って告白しただろ。」
あ、忘れてた。あれ?何か言われたって言ってました?傷付けてなければいいけど。
小室さんは、宮田桃がどれだけの覚悟で僕達にその正体を明かしたのかを教えてくれた。
入学式当日、お互い自己紹介するより早く、僕が彼女を指輪の騒動に巻き込んでしまった。
彼女の正体を聞いたのはその後しばらくしてからだったと思う。
僕はもうすっかり忘れていた。
皆を集めて紹実さんが僕の素性を始めてマトモに説明した時の事だった筈。
紹実さんが小室さんに「誰かいないか」と依頼して宮田桃を紹介した。
それで「それとなく」僕を護衛するように頼んだ。
その時僕は、目の前の女子高生が猫娘だと聞いても
「かわいらしい響きだな」くらにしか思わなかった筈。
「桃は、自分が心配していた事を代わりに理緒がしてくれたって言ってた。」
?
「桃は「自分が猫娘だとバレたら友達じゃいられなくなるかも知れない。」って言ったんだ。」
「ファーストキスの相手だろ。」
奪われたんですけどね。
「その相手が物の怪だと知られたら嫌われるどころか恨まれる。」
ちょっと待ってください。宮田さんが
「まあ待て。とりあえず聞け。」
う。
「桃は自分が嫌われる心配をしていた。」
この街が「継ぐ者」にとっての聖地であろうと、
この街の住民が「継ぐ者」に理解を示していようと
「理緒と魔女達は余所者だろ?」
「桃がその心配をしない筈が無いじゃないか。」
「でもお前は、自分が「桃と友達でいられなくなるのか」って心配しただろ?」
そうだったかも。
僕にとっては「宮田桃」が猫娘であろうと、友達である事に何も変わりない。
でも彼女に何かしらの制約みたいなのがあって、例えばこの街の掟とか。
「仮にそんなものがあったらお前どうした?」
聞かなかった事にしますよ。
「即答かよ。」
他にどうしろって。
「前にこの街で「継ぐ者」を追い出そうとする奴らが来たよな。」
継ぐ者。
妖怪や精霊とか言われる類の存在。
魔女や吸血鬼も含まれる事がある。僕は魔女では無いから違う。
「あの時、お前ずっと桃の傍にいただろ?」
あれは。
桃さんが辛いのが判ったから。友達として当たり前の事をしただけ。
と小室さんが笑った。何だ突然。
「いや。悪い。桃が惚れるわけだ。」
だからどうしてそうなる。
「ファーストキスの相手だから。じゃダメか?」
なっ
答える気失くしたなこの人。
惚れてるどうのより僕としてはもっと気になる事があるんです。
「うん?」
どうしてその大事なファーストキス使ってまで強くなりたいのか。
「ああそれか。」
一言で片付けるならそれは「プレッシャー」
剣道の事。そして姉に対して。
この街は「継ぐ者」に対する理解は深い。
だが子供達の築く社会において種族の違いは「良くも悪くも」関係無い。
彼女に悪い噂が付き纏うのは彼女が「猫娘だから」ではない。
彼女自身が捲いた種。そして姉の存在。
「原因の一端は私にもある。」
と小室さんが言った。
宮田桃の姉、宮田杏が小中学生に起こした事件の数々の殆どに
小室さんと南室さんが関わっていた。
自身の起こした件と姉の悪評が重なり、宮田桃は実物以上の「化物」に仕立て上げられてしまった。
「ずっとずっと1人だったんだよ。」
同級生の友達もいないから年上の私達によくくっ付いてきた。
私達が高校卒業して、それぞれ別の道を歩むようになって
同時に桃はまた1人きりになった。
剣道の地区大会優勝して県大会決まって。
そこで優勝したら全国だ。
きっかけと言うか、真っ直ぐ進んでいる証明が欲しかったんだ。
何より多分。私に対する罪悪感だろうな。
私は当時から何とも思ってないのに。ずっとそれを言ってるのに。
あいつはそれを背負ってしまった。
結果で示したいと思ったんだろ。
「残念ながら負けてしまった。泣いたよアイツ。もうこの世の終わりかってくらい。」
知らなかった。
殆ど毎日学校で顔を合わせているのに全くそんな事言わない。
大会があったら呼んでくれと言ったのに結局一度も呼んでもらっていない。
僕達はただ「恥ずかしいから」だと思って追及はしなかった。
「弱い自分を見せるのが怖かったんだよ。」
「理緒の周りの連中って、皆強いだろ?」
何というか、人間離れした強さがある。まあ魔女だから当然なんだけど。
その中に居る自分が弱いと知られるのが怖いんだよ。
「せっかく出来た友達から「あいつ弱い」と思われたくないんだ。」
そんな。強い人だから友達になるとかそんな。
「お前達はそう思っても本人がな。」
いやそれに、桃さん強いでしょ?剣道の事はよく判らないけど。
県レベル、全国レベルではそんなに上がいるのだろうか。
「強いよ。日本一にだってなれる。」
それじゃどうして。
「強すぎる。」
「お前、桃が起こした事件聞いたんだろ?」
あれは宮田桃がまだ小学4年生。
「桃がボコった相手には中学生もいたんだ。」
「無事だったから言うけどな、その相手結構ヤバイ状態だったんだよ。」
「それ以来桃は相手を気遣って加減をしてしまう。桃の本気は相手を殺しかねない。」
本人はそれを判っている。判っているからこそ、ここぞの場面で加減をする。
全国に行くような奴がその隙を見逃すはずがない。
「多分、お前にキスしたのは。」




