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委員長の園原さんが実行委員の合間を縫って司会進行までしてくれた。
イイ子だ。
オリーブの首飾りが軽快に鳴り響く中、リナさんと葵さんの催眠は恐ろしかった。
「絶対に罹らないって自信がある人だけ上がってきなさい。」
リナさんの挑発から始まる。
上がって来た5人の生徒に赤と白の旗を持たせた。
「これから旗振りゲームをします。私の指示を聞かないでください。」
「イイわね?私が赤を上げろと言っても上げちゃだめよ。」
(ここまでは魔法ではない)
「それでは始めましょう。」
「赤上げて。」
一斉に赤が上がる。
「上げないでって言った筈よ。」
どよめきが起きる。
「今度こそイイわね。言う事聞いちゃダメよ。」
「白上げて。」
一斉に白が上がる。
「上げなくてイイんですよ?」
園原さんが合いの手を入れる。心得ている。
「どんどん行くわよ。イイわね。言う事聞いちゃダメよ。」
「赤下げない」
下がらない。
「白下げないで赤下げる。」
赤だけ下がる。
全員が一斉に同じ動きを繰り替えす。
リナさんがテンポアップするとまるでダンスのようだ。
「無視してイイんですよ?」
園原さんが言うのだが綺麗に皆同じ動きを繰り返す。
旗を持つ連中は戸惑い
「何で」「どうしてっ」「身体が勝手に。」
と旗を振る自らに驚き、笑い出す。
オープニングとして見事に観衆の心を掴んだリナさん。
入れ替わりで壇上に登場した葵さんも挑発する。
「さっきのがヤラセだとか思っている奴は来い。」
彼女はもっとシンプルだ。
体育館にある大きな時計を向かせ、しばらく眠らせる。
本人は「眠った」と思っていないから時間が過ぎている事に驚く。
3人の男子、2人の女子、1人の男性教師が舞台の脇に立たされた。
「時計を見ろ。」
(もう既にこの時点で魔法を使っている)
「何時何分だ?」
「11時5分です。」
「11時5分。私が何を言っても目を開けて見続けてください。」
「もう一度時間を聞くまで見続けてください。」
「判りましたね?」
と、時計を見詰めさせ、全員に返事をさせた上で
「眠れ。」
(これも魔法)
全員が目を閉じる。
この時点でもう観客はざわざわする。
そしてそのまま放置され、舞台上では次のショーが行われる。
蓮さんが登場し、
「私は風を操ります。」
ステージから、体育館の窓に下がる暗幕を指差す。
観客が一斉に見やる。
と、暗幕が風に揺られる。窓は閉まっている。
扇風機があるのでは。とか後ろに誰かいるとか囁かれる。
「なるほど。信用していませんね?それでは。」
と、紙ふぶきを自分の足元にバラ撒く。
それが浮き上がり、蓮さんの周囲を舞う。
見た目も派手だ。
それが本当に手品だとしても
歓声と感嘆の大きさは変わらないだろう。
「女子はスカートを抑えてください。」
あ、やるのか。
「かーみーかーぜーのっ術ー」
体育館に突風が吹く。
体育館に女子の叫び声が響き渡る。
「ありがとうございました。」
何食わぬ顔で引き揚げてようやく落ち着き拍手が起こる。
「さて、それではこちらに立たされている方たちはどうなりましたか?」
と委員長が葵さんの登場を促す。
「では目を開けて時計を見てもらいましょう。」
「現在11時20分ですね。」
「それでは起こしましょう。リアクションにご注目ください。」
「全員目を開けて。」
(これは魔法)
「皆さんずっと時計を見てましたね?」
委員長の問に全員頷く。が、揃って「えっ」と声を出した。
「何時でしたっけ?」
「11時5分。」
「いえ?11時20分ですよ?」
端から見ていて青ざめるのが判る女子もいる。
「時計を操作していない事はここにいる全員が証明してくれます。」
ステージ上の6人が考えるのは2つ。
1つは本当に催眠術に罹ったのか。
もう1つは、自分以外が全員自分を騙しているのか。
(瞬きをした瞬間に時計を動かした的な発想)
ステージ上の6人が戻ると
周囲のクラスメイト達に「何がどうした」のか尋ねている。
「ステージにボケっと立ってた。」
「寝てたんじゃない。」と答えを受け取るが
「寝て無い。」
「ずっと時計見てたっつーの。」としか言えなかった。
会場がザワザワしてる。
「それでは最後に、留学生のマルケータさんと市野萱友維さんの空中浮遊をお楽しみください。」
委員長は動揺もせずに進行を続ける。サスガだ。
グレタがステージに現れると先ほどとは異なるどよめきが起きる。
両端から2人が登場し中央で一礼する。
これはこのステージ上に何も無い事の証明にもなっている。
2人は再びステージ端まで行き、一歩踏み出す。
それは階段を登る足の動き。見えない階段。
「うそっ」とか「ワイヤーだろ」とか小さいながらも驚きの声が聞こえる。
彼女達はステージの端から端まで空中を歩く。
と、中央に戻ったグレタの身体がさらに「浮く」
「え?ちょっと聞いて無い。」
と、隣の藍さんがニヤニヤしている。
友維を浮かせているカナさんも戸惑っている。
グレタは空中にいながら、ステージの上から観客の頭上に浮いた。
「ちょっ」
そのまま観客の頭上をスイスイと浮遊し、ステージに着地。
割れんばかりの拍手。
もうナニコレ。魔法って言うより超能力じゃん。サイコキネシス的な。
「違うわよ。結界の中の壁を押して動かしただけよ。」
観客達の頭上に大きな四角い箱を作る。
その中の壁を動かしてグレタが移動しているように見せているだけ。
と簡単に説明してくれるが。
改めて恐ろしい連中だな。
「まあマジックショーだから。」
「皆タネも仕掛けもあるって思い込んでいるからな。」
リナさんと葵さんが絶対に罹らない奴って挑発したのも、
「そう言う奴ほどかかりやすい」からだそうだ。
「スイッチが単純なんだよ。ONとOFFしかないから入れやすいんだ。」
半信半疑。の人よりも、素直だったり最初から否定的だと
その人の意識を集中させる事は容易いらしい。
「きちんと聞いてさえくれればいい。」
否定だろうが肯定だろうが関係無いって事か。
そう言えば僕はこの魔法に何度も引っ掛かっている。
「いいよ。私がすぐに解除してやるから。お前はそのままでいろ。」
本物の魔女達がステージ中央で揃ってお辞儀。
会場からは大きな拍手が沸いた。
「物足りない」と感じているのはステージのどの場所にいる人達だろうか。
「写真撮った?」
文化祭の写真は実行委員が
「違うわよっスカート捲れ上がった会場のよ。」
何を言ってるんだこの人。
「何で撮らないのよ。理緒君が見たいって泣いて頼むから。」
「またお前はそんなこと頼んだのか。」
またって何だ。




