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その日の夕食。皆がずっと気にしていたようなので報告すると
「友維の話とは随分食い違うとこがあったような?」
「うっ」
ポーランドのお姫様は、僕に「友維との想い出」を教えてくれた。
僕の知らない数年分の友維。殆ど会えなかった母への報告(申告?)にもなった。
友維が僕に教えてくれたのは「ポーランドの魔女のお姫様は泣き虫」だったのだが
お姫様の話では、泣き虫は友維。
例の留学生の髪を燃やしたのは事実だが
晩餐会への参加禁止に対して部屋で1人留守番するのがイヤで泣いて頼んだのは友維本人だった。
そもそもその原因となった件も、泣かされたのは友維だった。
ケーキの取り合いで例のグレタと揉めて、友維が泣いてしまい
泣いた友維をお姫様が慰め、それをがまたグレたを苛つかせ友維がキレて火を点けた。
「ユイはずっと私にくっついて回って。姉妹なのかってよく言われたわ。」
「でも不思議だったの。いろんな子と喧嘩もしたけど、皆最後にはユイとお友達になってるの。」
「たくさん泣かされたのにね。」
「その分たくさん泣かしたからね。」
「それでもユイの周りにはいつも人が集まる。」
甘えるのが上手なのかも。
「あらあら友維ちゃんは泣き虫さんでちゅかー。」
「ぐぬぬっ」
蓮さんが揄から「余計な事言うなっ」と友維に怒られた。
思えば友維はずっと泣いている。
幼かったあの日から、再会した今でも。
僕は友維に泣かれる度に、妹を愛おしく思う。これは彼女の策略か?
翌日、桃さんと鏑木姉妹に揃って
「私も会いたかった。」と言われた。
僕の母に?
「何それ。会って挨拶するの?息子さんくださいって。」
「はあ?あ、そうか。母親だもんね。」
皆酷いんだよ。最初に会った時なんて
蓮さんは「私はこの人の愛人です。」
葵さんは「私はこの人の僕です。」
藍さんは「私はこの人のオモチャです。」
真顔で自己紹介しやがった。
「桃ちゃんは何かしらね。」
「親友だよ親友。前に本人が言ったろ。」
「リナちゃんは?」
「本命よ。恋人に決まってるでしょ。」
「うそっ何2人付き合ってるの?」
「付き合ってないわよっ。あんた達がいつも一緒で付き合えるわけないじゃない。」
「カナちゃんは?」
「うーん。お嫁さん?」
「ひゃーっ」
冗談でも止めて欲しい。いや恋人だのお嫁さんたのがイヤだってのではない。
むしろこんな素敵な子達が僕を相手にこんな事を言ってくれる事は喜ばしい。
でもこの「指輪」の一件が終われば
皆アッと言う間に散り散りになるだろう。そんな事判り切っている。
何度もしつこくて申し訳ないが
僕は彼女達に恋をしないようにするのに本当に苦労している。
「大事な友人」に留めるためには、あまりに魅力的過ぎる。
「理緒はお母さんに会えて嬉しかったか?」
ん?うん。
まだ友維が近くにいる。だから返事はYes。
「そうか。良かったな。」
桃さんは信じてくれた。
あの時は、母の顔を見たあの瞬間は確かに嬉しさを感じたのだと思う。
もう二度と見る事ないと思っていた顔を見た驚きも含まれていたが、それ以上に懐かしさで溢れた。
だけど。
納得したつもりだがやはり腑に落ちない。
どうして皆そこまでして「僕を」守る?
どうしてこの指輪を僕に預けたままにする?
祖母に旧姓を名乗らせてまで僕を引き取らせ、10年も親と引き離し
祖母が亡くなると従姉まで引っ張り出して。
挙句見知らぬ魔女3人。今は5人。さらに猫娘まで巻き込んで。
僕にそこまでの価値があるとはとても思えない。
指輪にその価値があるのなら、所有者を変えれば済むだけじゃないか。
今はここまでにしよう。母との再会の理由は後でいい。
もしかしたら敵かも知れない目の前の女性について考えよう。
留学生のグレタ。
学校に着くと何故か僕達に絡んでくる。
彼女は「自分こそ歴史ある欧州の正統な魔女」だと言った。
ファッションを真似ただけな日本の似非魔女と一緒にするな。とはっきり言った。
そう言えば「魔女ツアー」なんてのがあるんだよね。
旅行客にそれっぽい格好と儀式をさせて魔女って認定するの。
「あれってどうなの?」
「本場の人がかえって魔女のイメージ悪くしてない?」
元々魔女のイメージは悪い。老婆が大きな鍋で何か煮込みながら
「トカゲの尻尾を入れてイヒヒ」とか言っている画面が思い浮かぶ人も多いだろう。
医者であり、相談役でもあったが
つまり同時に毒も作れる呪いも知っている。
光と影とか陰と陽とか表と裏とか言い方はどれでも構わないが
それらは全て魔女の知識や経験であって、
人間性とは切り離さなければならない。
その一族や家系によっても得意分野が異なる事実も無視され
「魔女=黒魔術」と一括りにされている現実は否めない。
日本においては「魔女の歴史」が無い分
グレタの言うようにファッション的な要素がとても強いとは思う。
漫画やアニメ、ドラマのような何だったら「爽やかな魔女」が多いのも
悲惨な歴史を身近な記憶としていないからだろう。
紹実さんから聞いたんだけど。あの人のお父さんがね。
彼が若い頃、海外の商品を日本人が改良して安く売っていたから恨まれた事もあると言っていた。
「小学生の社会であったわよね。」
「デトロイトの車でしょ。」
そうそう。日本車が売れちゃってデトロイトの工場潰れて日本人恨まれたってやつ。
グレタが僕達を見下すようなつもりで言ったのは判ったのだが
僕も、皆もそんな事は全く意に介さなかった。
日本の魔女に歴史が無い事くらい知っている。
それでも僕達がそれぞれ受け継いだ魔女としての知識は全て本物なのだから。




