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コーヒーを淹れながら開いてますよ。と答えた。
お姫様の分も淹れようか。
ドアを開けたのは彼女では無かった。
一瞬、妹の友維かとも思ったが、もっと大人だった。
思わず「誰?」と声に出しそうになった。
全く予想していなかった。
会えるなんて思ってもいなかった。
「入ってもいい?」
あ、うん。
「素敵な工房ね。」
彼女はぐるりと部屋を見渡した。
紹実さんのご両親が未だにイロイロと送ってくれるから。
「ええ。ほんと結構無茶言って貰ってきてたわ。」
「息子に贈るんだって言っちゃうから問題になってね」
息子。か。設定ではそうなんだよな。
あまり話しは出来なかったけどイイ人達だった。
夫婦仲良さそうで、僕の実父が亡くなった事をとても悼んでくれた。
僕と友維に「家族が増えて嬉しい。」とも言ってくれた。
「ごめんね理緒。」
彼女は何に対して謝っているのだろうか。
「ずっと1人にさせて。寂しい思いをさせて。」
僕には祖母がいてくれた。だから寂しくは無かった。
それより友維が大変だったんじゃない?
僕の所為でアチコチ飛び回って。
「本人は楽しんでたわよ。」
「私に気を使っていたとこもあったでしょうけどね。」
友維は父が亡くなった時に全てを聞いていた。
妹は、兄を憐れんでくれた。
「これからは私が守るんだって自分で言ったのよ。」
「本当に。」
「本当に2人共イイ子で良かった。」
「ありきたりな台詞かも知れないけど、2人を誇りに思うわ。」
僕は泣いていた。
「会いたいなんて思わない」なんて嘘だ。
ずっと会いたかったんだ。
絵本を読んでくれたあの笑顔が大好きで
ずっと会いたかったんだ。
母は、泣いている子をあやすように抱き締めてくれた。長い時間、そうしてくたれ。
恥ずかしいとも思わず、僕はその胸の中で泣いていた。
ようやく落ち着いて、母にコーヒーを淹れて座って話をした。
夕食までの、ほんの僅かな時間。
僕は母に対して一番気にかけていた事を謝った。
祖母が亡くなって、母も友維も葬儀にいなかった。
僕を守るためとは言え、会えなかったのは辛かったのではないか。
「いいえ。ごめんなさい。私は別の日にお別れしたの。」
「まだ生きている内にお別れは済ませていたの。」
自分が長くない事を知った祖母は、2人の娘を呼び寄せ僕の今後を話した。
僕のためにそこまでする必要があったの?
「勿論よ。」
父が亡くなった事がまだ「委員会」知られていない状況。
僕に対して「彼の身内」が接触するのは避けなければならない。
だが逆に、父゛か亡くなった事が知られた今、母はこうして僕に会いに来てくれた。
そうする事で「指輪の所在」を曖昧にできるだろうと言った。
仮に僕が持っていると思われている今、母と会う事で指輪の譲渡が行われたと思わせる。
魔女として本場で活動している母にこそ、委員会の関心も向くだろう。
「理緒は魔女になったの?」
祖母はずっと僕に魔法を教えてくたれが「魔女になれ」とは言わなかった。
ただ紹実さんは何かと言うと煽って魔法を使わせようとする。
僕を「最強の魔女」だなんて言うくらいだ。そうしたいのだろう。
もっとも今は友維がいる。友維なら素晴らしい魔女になる。
「何か魔法使えるの?」
壁を抜けたくらいかな。
「凄いわね。で、それは科学的に解明できた?」
それが全然。
「今更母親風吹かすつもりもないけど。好きな者になって。」
他にも何か話したと思うが覚えているのはこんな程度。
友維が静かにドアを開けて「夕食できたけどー。」と呼びに来た。
僕達2人が笑って話をしている姿を見て友維も喜んでくれた。
友維は先ず母に抱き付いて、それから僕にも抱き付いた。
夕食は魔女達の晩餐になった。
多分世界中でこの空間ほど魔女率が高い場所は無いだろう。
現代のサバト。
その夜。僕達親子と遠い国のお姫様は工房で一緒に過ごした。
母は、ただ僕に会いに来てくれた。
碓氷先生の持っていた写真を見て、どうしても会いに行こうと決めたらしい。
例の委員会の対抗組織の立ち上げの際に同席していたストラースタ家の魔女にその話をすると
「娘がユイに会いたがって煩い。」と言われた。
ユイは日本に帰った。グレタも日本に留学した。寂しくない筈がない。
(兄である僕にも「ぜひお会いしたかった」と言ったがどうだろうか)
そして翌朝
2人は早速帰り支度を始める。
ゆっくりするつもりで来たのかと思っていた。
片道およそ15時間もの長旅を経て、
母は僕に、ポーランドのお姫様は友維に会いに「だけ」来てくれた。
たった2日間の滞在。
僕達兄妹は学校を休み、空港まで付き合う事にした。
すると藍さんが何とリムジンを手配してくれて
空港までいくつか観光地を巡りながら送る事ができた。
遠い国のお姫様はとても喜んでくれた。
ロビーでゲートまで見送って、4人は笑顔のまま別れた。
また会える。
何の根拠もない。明日どうなるかなんて判らない。でも会える。それは確かだ。
家まで送り届けてくれた運転手さんにお礼を述べると
「喜んでいただけて私も嬉しいです」と言ってくれた。
友維は学校から帰った藍さんに真っ先に飛びついて御礼を言った。
彼女も「お役に立てて良かった。」と言ってくれた。
いつか必ず何かお返しをするよ。
「何言ってるんですか?私が恩を返しただけですよ。こんなんじゃ足りないくらいです。」
恩だって?
彼女は何に対して恩義を感じている?




