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組織の長はその国その地方でそれぞれが決めるべきだと主張し
とうとう最後まで母はその座に就こうとはしなかったらしい。
「それで揉めちゃって。」
「いつもいつも煽るだけ煽って逃げるのよね。」
と2人は笑って言った。
「一つのとこに留まって事務作業に没頭する先輩なんて見たくも無いけど。」
母は各国でのその組織の立ち上げ作業の手伝いに飛び回っている。
「2人に伝言があるよ。2人共愛してるって。」
友維は照れながら
「いろんな人からその伝言聞いたなぁ。」と笑った。
忘れたころに電話があったり、手紙が届いたり、いつもいつも一方通行だが
その愛情は必ず友維に届いていた。それこそが母と娘を繋げていた。
僕には初めてだった。
この伝言は多分、友維のオマケだ。もしかしたら碓氷先生が気を使って「2人」と言っただけかも。
だから、
何も響かない。
碓氷先生は、そんな僕の顔を見て察したのだろうか。
「ごめんな理緒。直接言えって言ったんだけどまだしばらく掛かりそうなんだ。」
何の事?
「なあ理緒。紬さんは本当にお前を想っているぞ。」
黙ってるように言われたんだけど言っちゃうな。と前置きし続けた。
「実は出発前に何枚かお前の写真撮っててさ」
何時の間にっ。
「それ見せたら泣いちゃって。」
碓氷先生は母に「直接会って言ってやってください」と言ってくれた。
母は「今更合わせる顔なんて無い。」と言った。
指輪無しでは生きられない身体に産んでしまった事も
幼くして1人残してしまった事も
その後10年顔すら見せずにいる事も、
そして指輪が原因で起きている一連の厄介事も
何もかも、恨まれ憎まれて当然の事をしているから。と。
「お前、嫌っても恨んでも憎んでもいないよな?」
え?はい。
「だと思ってそう言っておいた。」
「そしたら紬さんカオルンに抱き付いて泣くから私少し妬けたわ。」
「ばっお前今それ言うなっ」
「何よいいじゃないどうせいつかバレるんだから。」
「何でバレるの前提なんだよっ。」
「えーっカオルン私達の事ずっと秘密にしとくつもりなの?」
「だからこいつらの前でカオルンて言うなよっ」
何かイイ話のような気がしてたけど手遅れだ。
案の定魔女達の興味が「2人の関係」に移っている。
「何。ドユコト?えっとつまり御2人はその。」
「そうよ。私とカオルンは恋人同士よ。理緒君から聞いてないの?」
言うわけないじゃん。
「うわっ勿体ない。利根先生美人なのになんでこんな人と。」
「こんな人ってなんだ藤沢っ。」
「そうよね。よりによって。」
「よりによって?お前ら大人を揄のもいい加減にしろよ。」
「からかってなんてないわ。祝福してるんですよ。」
「そうですよカオルン。良かったですね恋人できて。」
「カオルン言うなっ。」
「そうよ。カオルンて呼んでいいのは私だけよね。」
「だからっ。」
「ちょっと心配してたから。薫ちゃん大丈夫なのかって。」
「何だその大丈夫って渡良瀬。どういう意味だ。」
「どうもこうもそのままですよ。」
もう皆明らかにからかっている。楽しそうだな。
その中、友維だけは僕の腕を掴んでいた。
皆の声にかき消されそうだったが
「ホントにママの事嫌いじゃないよね?」
うん。嫌いじゃ無いよ。
「ママも理緒の事、お兄ちゃんの事ずっと好きだよ。」
「私が保証する。ママは誰よりもお兄ちゃんを愛してる。」
僕はしがみつく友維の頭を撫でながら答えた。
うーん誰よりもって事は無いよ。
「え?」
友維がいるから。
カオルンが言ったように、2人の事を愛していると思うよ。
「うん。うん。」
「おいそこっっカオルン言うなっ」
夏はあっと言う間に過ぎ去った。
小室道場の合宿の手伝いで海にも行った。夏祭りの手伝いもした。
まだまだ暑い日は続くのだが2学期は始まっている。
僕はもうすっかり「委員会」の件が片付いたと思ってしまっていた。
代理教師から「日本とは違う」と言われていたのに
碓氷先生が帰国した時点でそう勘違いしてしまった。
魔女達が相も変わらず僕の護衛をしている理由も忘れ
今はそれを「日常」として違和感なく受け入れている。
9月中旬。アメリカからの留学生に会うまで
緊張感なんて欠片も持ち合わせていなかったのだと思い知る。
彼女の名はMarkéta・Světlík。
母国はチェコ。今まではグレタと呼ばれていた(マーガレットの愛称)。
グリム童話を読んだことのある者なら知っているだろう
ヘンゼルとグレーテルは魔女をかまどに突き落とし、宝石を奪って家に帰る。
この学校の留学制度については知っているし、名前もただの偶然だ。
それでもイヤな予感がしたのは
彼女が自己紹介の途中で僕を見付けて言葉を止め
「見付けた」
と言わんばかりに微笑んだからだった。
自意識過剰だと笑ってもらえたらどんなに気が楽だっただろう。
HRが終わるとクラス委員の園原さんが彼女に声を掛ける。
「判らない事があったら何でも聞いてね。」
グレタが質問をする前に、彼女が質問攻めにされる。
何より目を引くのが
日本人がどんなに真似ようとしても決して本物には叶わない滑らかで自然な波のあるクリーム色の長い髪。
透き通る白い肌と整った目鼻立ち。
あの蒼い目はもっと東か北の国の人のようでもあるな。
「また見惚れて。」
またって何だ。




