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「オジサマは、結姉ちゃんに赦しを請いに来たんだと思う。」
許し?
「お友達だから。それにこの街には教会が無いでしょ。」
懺悔って事?でもどうして。
「あの人は、きっとその一族を滅ぼす。」
佳純ちゃんの言った通りだった。
「俺は変わった。少なくとも俺自身はそう思っている。」
「許してくれとは言わない。俺はその血に従い、同じ罪を犯す。」
ヴァンパイアはずっと目を伏せたままだった。
橘結は、その手を離さなかった。
「私には貴方の罪を赦す事は出来ない。でも友情は永遠に変わらない。」
「この先、貴方が何者になろうと、私は常に貴方の友人です。」
「それにあの人もあなたの友で有り続けます。これは憶測ではありません。事実です。」
そう言われた彼の顔はとても晴れやかだった。
僕を引き連れて情報収集をしに来た。
だけではない。最初からそんなつもりは無い。
「済まない。偉大な魔女の息子。」
「俺はお前の姉とお前の母親の依頼を放棄しなければならない。」
判っています。心配しないでください。僕には頼りになる魔女が付いている。
「本当に、魔女とは不思議な連中だ。」
歴史上、共に忌み嫌われた者同士。
その付き合いの歴史も長く、それなりに深いと聞いたことがある。
憎しみ合ってもいない。だが馴れ合ってもいない。
互いを脅威と感じると同時に、互いに認め合っていた。
共存出来たのは、それぞれが闇に潜む者だから。
ロゼ家は名門だった。だが彼がその名誉を傷つけた。
正統後継者から「穢れた血を持つ者」と虐げられていた。
彼がそれでもロゼを名乗るのは、その名を汚そうとしていたから。
一族を追放されてもなお、その名を使い続けた。
彼は橘さんによって救われたと言った。
紹実さんの紹介で大学に通い博士号まで取った。
彼女の友人である他の吸血鬼(友維がお世話になった一族)の口添えで
とうとう追放は取り消された。
やがて彼は母国で教師を目指し、今に至る。
しかしこの件で、彼は再びロゼ家から追放される。
「そうでなければならない。」
それが例え形式的であろうと、他の一族を滅ぼした罪は誰かが背負わなければならない。
それは「不名誉な名誉」と言った。
「あなたはそれでいいの?」
「構わない。エリクは事が済み次第プライリンナ家に迎え入れたいとも言ってくれた。」
「俺の信じる者が真実を知っているだけで充分だ。」
「いいでしょお友達って。」
「悪くはない。」
センドゥ・ロゼはGW中戻らなかった。
途中数日平日はあるのだが休んだ。
日本に戻ったその日、彼は「仕事は終わった」とだけ言った。
帰国後の彼に余計なお世話だと承知の上で
僕が行って(橘さんに)話てきましょうか?と尋ねた。
彼は少し考えて
「いや。その必要は無い。」
彼は帰国するその日まで、神社を訪れる事は無かった。
後日に橘さんから聞いた話では、
問題の一族は結局告訴を取り下げた。
「本物の吸血鬼だと証明できない。」と弁護士に言われたからだと説明したらしい。
僕はてっきり説得なり脅迫なりが奏功したのだと思った。
だが違う。
センドゥ・ロゼが彼らを訪れる前と、その後の彼らは別人。
その一族は既にこの世には存在しない。
騒ぎが終わり、人々が忘れた頃には塵になっているだろうと教えてくれた。
ロゼ家の引き継がれる能力。
蛇足になるのだが、彼が脅迫したのはその一族ではない。
それを取り巻くメディアに対して
吸血鬼本来の恐怖を与え、事件を速やかに闇に葬った。
もっとも、メディアはすぐに新しいゴシップを探し
視聴者もすぐに飽きて次を欲するだけだ。
僕としては彼が気味の悪い笑い方をしてほんの少しだけ語ってくれたこの件をもっと知りたかった。
一体どんな恐怖を与えたのだろうか。とか
知りたいようで知りたくも無い吸血鬼の脅迫方法。
何にせよ、この一件はこれで終わる。代理担任教師個人としては何も終わってなどいないが
少なくとも僕と僕を守る魔女達には何の関係も無い話だと思っていた。
碓氷先生と利根先生の帰国と入れ替わるように去った時も、
僕達はこの吸血鬼に再会するなんて思いもしなかった。
僕達は高校二年生を満喫していた。
進路について悩み、「何になれるか」「何になりたいか」「何になろうか」なんて話もしながら
僕達は毎日を浪費していた。
奇妙な共同生活も楽しかった。
賑やかな毎日が愛おしいと思っていた。
昨年のように皆で海に行って、たくさん笑った。
欧州で魔女達がどれだけ大変な事になっているのかとか
僕の指輪を狙う委員会の事なんて全く頭に無かった。
油断したとろこで、実際何の脅威も無かった。
気付くと夏休みに入り、そして世間のお盆休み。
突然碓氷先生と利根先生が帰国した。
センドゥ・ロゼは、僕達に挨拶すらしないでいつの間にか帰っていた。
晴れやかだった2人の魔女を招待し、お土産のワッフルをいただきながら土産話を聞いた。
「まだまだこれからだよ。」
と碓氷先生は言った。
出来上がったのは委員会に対する組織の下地だけ。
「魔女だけだったらこんなに手間取らなかったんだけどね。」
逆に、魔女だけでは立ち上げる事も叶わなかった組織。
「先輩の顔が広すぎて収拾がつかなかった。」
「結構な種族がその会に参加したいって言ってきて。」
その会を悪用してはならない。
その名を語り利用してはならない。
EUの主要国に「委員会」のような組織を作らせないようにするためだけの組織。
その国の定めるオンブズマン機関とは異なるが、それを隠れ蓑に行動する。
アンタッチャブルな存在であると同時に決して表には出ない者達。
あらゆる政党・会派に属さずただ同族の「生存する権利」を守るため。




