73
その昔は、穴を掘り地下に木枠でその部屋を作る。
自分の分身として「何か」を置くのだが
この墓堀ステファンのお話のように「熊のぬいぐるみ」が慣習になっている。
そう言えば利根先生のその部屋にも、この前の人の部屋にも置いてあった。
そして僕の部屋にも。
(今では藍さんの持って来た熊と並んで座っている)
「もしかしてこの工房って。」
「そう。私の秘密の部屋。」
「秘密の部屋」と呼ばれる所以は、その所在が他の誰にも判らないから。
何かを隠したり、誰かを閉じ込めたり、自分が隠れるための場所。
これでは秘密になってないような?
「彼女達も呆れるでしょうね。」
彼女達って?
「絵本のステファンの末裔。秘密の部屋を管理する一族。」
秘密の部屋を持つにはその魔女の協力が必要になる。
その魔女は僕が何処にいようと、その場所に行き来できるように手筈を整えてくれる。
それはその一族にしか伝わらない魔法。
僕の部屋の熊のぬいぐるみは、その魔女から紹実さんへの贈り物。
「あの。」
蓮さんが言った。
「私もその部屋持ちたいです。」
「いいんじゃない。あ、もしかしてお前。」
「はい。迷惑ですか?」
「いやいや構わないよ。理緒はどうだよ。」
僕は構わないよ。紹実さんさえよければ。
「だからお姉ちゃんて呼べよお前。」
それは今関係無い。
その翌週末。3人の魔女が到着する。
遠くフランスからの3姉妹。
「相変わらずお若い。」
「ツグミも変わらず元気そうね。」
そこそこご年配の3人は紹実さんの知り合い。
「昔の話だよ。」
紹実さんは語ろうとはしなかった。
「私達はこれからも決して忘れませんよ。」
「あの時あなた達親娘が来てくださらなかったら。」
ペルーでの事だった。
三姉妹は彼女達の母親と共に「秘密の部屋」の契約を現地の魔女と交わしていた。
部屋の製作中の事だった。
依頼主の指定した場所に穴を掘り(そこまでする場合もある)
木枠を填め、天井を付けようとしていたその時、地震が起きる。
依頼主と母親と、手伝っていた長女と次女が生き埋めになった。
まだ幼かった三女だけが外に居た。
狼狽えるが、とにかく助けを呼ぼう。
見渡すと、周囲の建物は崩れ、炎が上がり、泣き叫ぶ声があちこちから響く。
ここは母国フランスからは遠いペルーの地。
誰に助けを求める?
彼女は何とか電話を借り、母親の母親の妹に連絡が取れた。
その女性は高齢で自ら動く事は叶わず、知り合いの魔女達に助けを求める。
直ぐに動けたのが紹実さんの母親だった。紹実さんは当時小学生だったらしい。
連絡を受けると「2人は」すぐに現地に飛んだ。
それでも、生き埋めになってから12時間近く経っていた。
政府は人口密集地の被害の大きい場所からの救出作業に取り掛かる。
彼女達の元に救助隊が現れるのは絶望的だった。
だからと言って魔女が1人とその娘の見習い魔女1人現れたところで何ができる。
紹実さんの母親は、泣きながらずっと掘りつづけていた少女の手を止めると
いとも簡単に4人を深い土の中から救い出して見せた。
全員命は助かった。
救助隊がこの街に現れたのはさらに48時間以上過ぎてからだった。
救助隊が到着する頃には、
2人はその町で生き埋めになった(残念ながら亡くなった方もいるが)殆どの住民を救出していた。
「それからその街のメインストリートに魔女通りって名前が付いたのよ。」
ボリビアの魔女市場は聞いた事あるけど
「たまたま直ぐに動けたのが私達ってだけ。」
それが自分以外の魔女でも同じことをしたと言った。
この一族とはそれ以来の付き合いらしい。
その件から数年後に母親は亡くなるのだが葬儀に参列し
3人の娘達を慰め、まだ学生だった3女に学費の援助を申し出た。
その間にも2人の姉を他の「部屋作りに長けた」魔女に預け修行を完成させたり、
魔女としての仕事の斡旋まで面倒を見ていた。
「何処かの諺みたいなのであったでしょ。」
「餓えている人に魚を与えればその日は生きられる。」
「釣りを教えれば明日を生きられる。」
「ユカリはそのどちらも私達に与えてくれたの。」
紹実さんとの再会を喜び合う三姉妹。
その中、友維が皆の影に隠れてコソコソしているのは何でだ。
もしかして
「ユイ?」
ギクリ
「やっぱりっユイじゃないのっ。」
どうやら知り合いだ。この怯えよう。一体何をしたんだこいつ。
「いやあお久しぶりですオバサマ方。お元気でしたか?」
「ええ。貴女のお蔭で元気よ。」
今日は旅の疲れを癒し、作業は翌日行う事になった。
その間に利根先生の事と、昨日僕を浚った魔女の事を尋ねたが
「本当は依頼主については秘密なのだけど」
「残念ながらその魔女達の事は知らないわね。」
「東南アジアにも部屋を作る魔女の一族はいる筈だから。」
そして何よりの気掛かり
あの吸血鬼が言っていた
「欧州での魔女の立場について」
「ええ、その事でツグミに伝言があるの。」
僕達は席を外しましょうか?
「いえ、皆も聞いてちょうだい。」
欧州の魔女だけの問題では無い。
それは東欧の小さな公国で起きた事件。
隣の国で夫と幼い子供2人を殺害した女性がその国に逃げ込んだ。
そこは古くから「魔女の森」がある場所。
女性は魔女を頼って逃げ込んだか、もしくは彼女自身が「魔女」ではないかと疑われる。
数頭の犬を引き連れた捜索隊は森の中で小屋を発見する。
数十年前に廃棄された山小屋。
女性はそこで首を吊って発見された。
小屋の中には、ミイラになった動物やその白骨、剥がされた皮が干されていた。
(腐っていないのは出荷用に防腐処理が施されているから)
同様に、処理をするための道具、刃物や薬品の数々がそのまま放置されていた。
捜索隊の誰かが撮影し、ネットに流れ、
「魔女の伝説」が広まる。
砂埃にまみれ、それが長い間使われていなかった事など一目瞭然だ。
しかしその映像のインパクトはあまりに強い。
その女性は、その森が「魔女の森」と呼ばれている事さえ知らない。
だとしても、それを知る者はもういない。




