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幼稚園の前で演説している連中の前を
これ見よがしに皆で手を繋いでお出かけするのは痛快だった。
とその園長が会議の席で言った。
あれから1週間経っている。手を繋ぐ意識は高まっていた。
だがまだ煩い街宣は止まない。
法的な手段も相変わらず検討され続けていたが
藪蛇になる事態を恐れた。
何よりその事で当事者(特に子供達)が傷付く事を何よりも避けたかった。
この1週間。文字通り僕は身を削っていた。
右手は毎日宮田桃さん。
左手は日替わりで魔女の誰かに繋がれて登下校していたのだから。
「発案者が自ら態度で示さないでどうする」と脅され、
道行く同級生や近所のおばさん連中に冷かされた(紹実さんまでニヤニヤしていた)中を歩いた。
大人達は笑っていた。だが僕は笑えなかった。
いや、魔女達と手を繋ぐことにではない。
連中が未だにこの街に留まっている事にだ。
もっと早く、何かしら反応があってもいいと思っていた。
諦めて引き揚げてくれるかも。なんて期待も正直言って少しだけした。
だが何も変わらない。
「これからよ。たかだか一週間で結果なんて期待しない。」
「若い者はせっかちで」
なんて言われたりもした。
でも僕が言い出した事だ。何かしらの成果は欲しいじゃないか。
そんな欲張った僕に罰があたったのは、その帰り道の事だった。
最初は僕が「この件の発案者」だから狙われたのだと思った。
だから5人の男女に取り囲まれた際も
皆に魔法は使わないで。なんて甘い約束をさせた。
宮田さんにも下がってもらった。
妖怪の仕業だなんて言われたら元も子もない。
それにいくならんでも子供を傷付けるような真似はしないだろうと考えていた。
その場に女性がいた事もそう思った要因の一つだった。
だからこそ僕は愚か者だと罵られる。
3人の男達は、3人の魔女を襲った。
1人の男と、1人の女性が僕を襲った。
僕との「その場限りの」約束なんて守る必要は無いと悟った魔女達は、アッと言う間に3人の男を倒した。
実に見事な連携だった。
怯んだ男達に、最後は桃さんが竹刀を叩きつけ、肉体的に痛い目に合わせ心を折る。
僕も、週一で小室道場に通う成果があったと言っていいだろう。
襟首を掴んだ男の手首の間接を極め、そのまま投げた。
「揃いも揃ってだらしのない。まったく何でこんな奴らと。」
と女性が言った。
魔女達が僕の元に駆け寄る寸前で、僕はここではない何処かに飛ばされた。
知らない部屋。
一つの角に木の椅子に熊のぬいぐるが座っている事を除けば何もない。
四隅が壁だけの部屋。
照明が無いのにぼんやりと明るい。
「ようこそ私の秘密の部屋へ。」
「さあキスをしましょ。」
待って。キスに意味なんて無い。
「知ってるわ。キスしている隙に指輪を奪うだけだから。」
僕はなんてバカなのだろう。
壁の四隅から、さきほど魔女たちと対峙していた男と、僕が投げた男が現れた。
「あの女の子達は無理でもこの子一人くらいなら取り押さえられるでしょ?」
僕がさきほど投げた男性が殴りかかってくる。
小室さんや桃さんに較べればなんて事はない。
1対1なら、僕だって負ける事は無いだろうって程度。
だが4人の大人の男。しかもここは室内。
最初の一撃を避けたものの、壁に追い詰められ取り押さえられ、
投げられた仕返しにとばかり腹を殴られた。
「手荒なことはしないで。抑えるだけでいいのよっ。」
取り押さえられたままうずくまる僕の顔を上げ
「さあ言って。指輪を差し上げますって。」
「子供を痛め付ける趣味は無いの。でもこの人達はそうじゃない。」
無理に奪う事をしない。この人は何処まで知っている。
「その首のだろうが。直接」
と手を伸ばして鎖に触れる。
「熱っ」
僕の首には何も感じない。だが触れた男は手を引いた。
「さあ。言って。」
黙ったままの僕に、拳が降ってきた。
見えない角度で、こめかみあたりに。
火傷した男がイラついて殴っただけだ。
「ちょっと止めなさい。」
「いっそ殺して手に入れたらどうだ。」
「お前らが死ね。」
そう言ったのは僕ではない。
魔女達でもない。
天井から現れたのは、センドゥ・ロゼ。代理の担任。吸血鬼。僕の守護者。
吸血鬼は空を飛べる?
舞うように、僕を取り押さえていた男たちを蹴り倒した。
ドサリとその場に倒れる僕に
彼はしゃがんで、しかも呆れながら
「それでもツグミの弟なのか?」
「あいつなら瞬きする間もなく全員灰にしているぞ。」
と高笑いまでした。
僕は魔女ではない。
助かった。と思ったすぐ次のコマ。
彼は魔女を捕らえた。
「全員残してお前だけ出ようとしたな?」
「離してっアンタ何者よっ人の部屋に勝手に入り込んでっ。」
「俺は教師だ。」
実習生のくせに。
「生徒が困っていれば何処にだって駆けつける。」




