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碓氷先生のいない最初の日。僕は早速その実習生に呼ばれた。
「オズリオ。ファミリーネームは戻していないのか。」
この人はどの程度の事情を知っているのだろうか。
「2人で話せる場所は何処かにあるか。」
手っ取り早いところでは屋上か。もしくは空いている教室くらいあるだろう。
「屋上か。」
何か問題でもあるのだろうか。
「うん。良い風だ。」
4月中旬。僕には少し肌寒いと感じる。
と、
彼は右手で僕の首を掴んだ。そしてそのまま彼の目線よりも高く持ち上げる。
息が出来ない。
「どうした。抵抗しないのか。」
この細い腕のどこにこんな力があるのだろう。
ミシッとイヤな音がした。
手足をバタつかせるくらいは出来る。だが僕はそうしなかった。
彼は手を放し僕を下ろした。
「チッ。忌々しい指輪だ。」
息を整えるのに少し手間取る。
彼の手が少し焦げているのが見えた。
そしてその傷が消え去る様もハッキリと見えた。
「なるほど。全くの無警戒ではないようだ。」
それでもあなたが、僕を殺さないのは判っている。
「あの御節介な魔女に何か吹き込まれたか。」
碓氷先生の事ではない。彼は紹実さんの事を言っている。
そのお節介な魔女は僕の姉ですから。
「まったく余計な事を。」
あなたは一体。
「俺はヴァンピーア。この国の言葉で言うと吸血鬼の一族。」
あなたの種族に興味はありません。そういう事じゃなくて
どうして姉はあなたを寄越したのか。
「そうか。お前も俺と同じか。」
事態が勝手に進む事が何より気に食わない。
自分に関わる事なのに、自分だけが知らない事実を他の誰かか知っている「現象」を許せない。
全てを知り、自己の全てを統べたい。
リアクションによる意思決定では生きているとは言えない。これがこの男の信条。
「お前の姉に敬意を表して教えてやる。」
「グミにお前の護衛を依頼されたからその約束は守る。」
「だが俺は魔女が嫌いだ。心底気に入らない。」
さらに恐ろしい事に
「そしてそれを知っている奴らとも契約している。」
それって
「判るな?」
僕は護る。だが周囲の魔女の事なんて知った事か。
「邪魔をするなら容赦はしない。」
何とも情けない話だが、その目を見た瞬間全身鳥肌が立った。
膝も震えていた。背中には冷たい汗が流れた。
何の情報も無く、初対面でこの人の目を見ていたら多分失神していただろう。
僕は精いっぱい強がった。つもりだ
わかりました。あなたも気を付けてください。僕の魔女達は強いですから。
僕はこのやりとりを皆に伝えなかった。
碓氷先生の言ったままだった。
彼は僕の味方かも知れない。だが魔女にとっては悪魔のような男。
魔女達にはただ、あの人には近寄らないようにとだけ忠告した。
「何だ何かされたのか?」
そうじゃないよ。友維の言った事を信じただけ。
信用度の問題ではない。心配なのは別の事。
首をヘシ折られそうになった。なんて言えるはずがない。
魔女達が「本気」になって怪我人が出ないか。
だから僕はなるべくあの人との接触を避けなければならない。
少なくとも、皆にはそう思わせる必要がある。
学校内で何か起こすほど愚かな人では無いだろう。
紹実さんはどうしてこんな人を僕の御守りにしたのだろう。
今の彼女達では不安だから?
魔女達では対処できない脅威が待っているから?
考えたくは無いがそれが何より「しっくりくる」理由。
だが脅威は全く僕の予想と異なったカタチで現れる。
詳しく判らない。
昔から存在したモノが変化しただけなのかもしれないし
誰かが新しく興したのかもしれない。
だから今まではそれほど大きな組織では無かったし
その情報収集能力も規模に見合う程度でしかなかった。
だからこそ、この街は「何事も無く」存在できていた。
それはこの街の象徴でもあるあの神社の庇護があってこそ。
ある大雨の続いたある日。
川が溢れ、1人の少女が流された。
すると何処からともなく大きな烏が現れ少女を浚い山へ消えた。
数年後、再び大雨が村を襲う。
すると少女が烏天狗を従え山から降りて来る。
彼女はその天狗の神通力を使い川の氾濫を止めた。
村人は少女が降りて来た山に祠を作り
そしてそれが神社になった。
これが僕の聞いた神社のお話。
狛犬の代わりに天狗が並んでいるのもそのため。
おそらくは山岳信仰と山伏あたりが混ざったのだろう。
物語としてはアリガチだ。
ただそれがどうして「人ならざる者」の集う地になったのかは知らない。
僕の知っている由来は、全く別の「物語」を隠す偽装に過ぎないのかも知れない。
いつの日か「妖怪」なんて言葉が差別用語とされたりするのだろうか。
ともかく彼ら彼女らは古くからこの地に住み着き
僕のような「人」以外何者でも無い者と一緒に、当たり前に生活している。
僕自身、この地に越して来て
「誰それが人で、誰彼は人ではない」
なんて認識をした事なんて無い。
感覚的に違うと感じる事はあっても、何がどう違うのかも判らないし
何が異なるのか判らないどころか、本当に何かが違うのか気の所為か?とも思う。
僕が元々魔女として育てられた事に起因しているのかもしれないが
「違ったから何だ」としか思えない。
今回この街にきたその一団は、明らかに異質だった。
それは「宗教」ではない。「団体」とか「組織」として区分されるべきだろう。
あまり言いたくないし、そんな人達が存在するとは思いたくも無いのだが
浅はかな僕の知識の泉の中からは、
「差別主義者」としか当てはまる言葉が存在しない。
その人達の主張とは
「妖怪は人間の里から出て行け」
「化物は山へ帰れ」




