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彼女は僕のちっぽけな覚悟も見透かしていた。
指輪を捨てた結果、僕自身がどうなるのか考えた上での決意だと判っていた。
16歳の一人の子供が行方不明になるだけの事。
僕の認識ではそんな程度だ。
その事で3人の魔女が自由を得られるのであれば僕1人どうこうなろうと安いものじゃないか。
何より指輪を失くしてしまえば、魔女達は魔女狩りに怯える事はない。
彼女はそんな浅はかな考えさえも見抜いていた。
「例え指輪が永遠に失われても、魔女狩りは無くならない。」
それは方法の一つでしかない。
指輪を手に入れるのは「主な目的」ではない。
魔女狩りをする者にとって、指輪はその主な目的の実行を早めるための道具でしかない。
「賢者の石」としての役割が無かろうと「委員会」には何の問題もない。
僕を守る3人の魔女さえも危険は変わらない。
僕はそんな単純で簡単な事実さえ見失っていた。
「もっと言えば、理緒があの3人を守っている。」
どうして?
「理緒が指輪を持っている限り、それが悪用される事がないから。」
それはそうかも知れないけど。
それなら指輪そのものを廃棄してしまえば。とループする。
だが僕が指輪を持つ事で、
便宜上とは言え「彼女達が共に行動する」口実はできる。
「理緒の覚悟は立派だ。でも理緒以外誰もそれを望んでいない。」
「あなたがいなくなったら、皆とても悲しむでしょうね。」
そうかな。3人は自由になれて喜ぶと思うよ。
友維も僕が居ない方が幸せになれたんじゃないかな。今からでも
「理緒。」
彼女は遮って続けた。
「友維は理緒が大好きだ。そんな事言うな。」
そうは思えない。
僕がいなければ、友維は「普通」でいられた。
紹実さんは笑った。
何も可笑しな事を言ったつもりはない。
「友維の友達が来てお前追い出されただろ?どうしてなのか知ってる?」
それは僕が「人様に見せられるような兄ではない」からだとハッキリ言われた。
「違う。その友達に理緒を取られたくないからだ。」
とられる?
姉は何を言っている?
「理緒が倒れて一番最初に駆け付けたの誰だ?年末年始だって大変だったんだぞ。」
「今日だって学校休んで看病するって言い出して。」
そうなの?
それなのにどうしていつもあんなに邪見に僕を扱うのだろう。
「面倒な奴だからな。三人の魔女っ娘も含めて。」
何それ。
「昨日皆が何処で何をしていたのか知っていればこんな事にはならなかったのにな。」
三人はそれぞれの実家に帰る。
それは僕を「騙す」口実だった。
三人の魔女と剣士桃さんは橘家にいたのだと知らされる。。
でも何をしに?
「チョコ作りに行ってたんだよ。」
チョコ?
「今日はバレンタインデー。」
そう言えばショッピングモールでもそんなデコがあちこちあったな。
そろそろだとは思っていたけど今日だったのか。
曜日は追うが日にちの感覚がまるで無い。
「理緒がいなくなったから途中で放り出してきたんじゃないかな。」
そうなんだ。悪い事したな。
日曜日の午前中に皆で買い物に行って、
溶かして味を付けて型に入れて。まで終わっていた。
冷蔵庫に入れて冷やしながら皆でお昼を食べている最中に「理緒がいない」のを知った。
遅くても夕方、僕が帰るよりずっと早く戻って来るつもりだったが全て台無しになってしまった。
「理緒が勝手に1人で何処か行っちゃうから。」
言ってくれればいいのに。皆で実家に行くくらいの事しか聞いて無かったんだ。
「言えるわけないじゃないか。」
どうして。
「どうしてって。誰の為にチョコ作り行ったと思ってるんだよ。」
クラスの皆と交換するような事言ってたよ。うちの学校の伝統みたいになってるって。
バレンタインを言い訳に自分達がチョコを食べる。
でも確か学校帰りにスーパー寄って買ってたよな。
交換するクラスメイト達と被らないように予め話して
なんでそんな面倒な事するのか聞いたら
「違う種類のたくさん食べられるから。
そうか紹実さんに渡すチョコだったのか。
「ふは。」
彼女は呆れたように笑った。
「理緒は探偵にも詐欺師にもなれそうにないな。」
「私に渡すチョコを作りに行くのにどうして理緒に内緒にして私が知ってるの。」
内緒って言うか、ただ言わないだけだよ。
いつもそうだ。当事者である程に僕はその事実を知らされない。
小さい頃からそうだった。
僕はそこに「いない者」として存在する。
「聞いていない」事も「知らされていない」事も、いつもの事だ。
世界はいつも、僕を置き去りにして動いている。
「今まではそうだったかも知れないけど、あの子達は違う。」
「あの子達はいつも理緒を見守っている。」
だったらどうして。
紹実さんはまた笑いながら言った。
「理緒を驚かせようとしたからだろ。」
皆がチョコを作るのをどうして僕がおど
いくら鈍い僕でもさすがに察する事はできる。
その可能性は全く考慮に入れてなかった。考えてもいなかった。思い浮かびもしなかった。
なるほどそうか。
結局僕が全部自分でブチ壊した。
皆が帰って来たら謝らないと。
その後小室さんのとこにも行って僕も一緒に謝ろう。




