57
この事を守護者達が知ったら間違いなく怒るだろう。
だがもう限界だ。
僕はずっと1人で計画を立てていた。
春休みになったら旅に出ます。
「まあ待て。」
「理緒の決意は判っている。つもりだ。私だってそうする。」
「だけどもうちょっと待て。」
どうして?
「正月に縁さんと話ししてな。お前の母親の事聞いたよ。」
はい?
詳しい行動までは聞いていないが欧州で情報を仕入れている。
友維を日本に帰したのも、実際には友維の身を案じ、万が一を考えての事らしい。
今僕がヘタに動いてそれが母の耳に入り、動きを制約するような事になれば
却って事態の収拾が遅れるだろうと言うのだ。
まただ。
当事者であるはずの自分が何も出来ない。
危険な目に合うのはいつも自分以外の誰かだ。
僕はただ指輪を持っているだけ。
「お前は今まで通りお前の唇を奪いに来る魔女に注意を促していろ。」
僕に出来るのは、人を騙し続ける事だけ。
多分この時、僕の決意は石よりも固かった。
春休みになったらすぐに家を出よう。もう誰にも何も相談なんてしない。
その決意が揺らぐのは呆気なかった。
石だと思ったら豆腐だったってくらい簡単に崩れた。
1月の下旬には友維が早々に高校への推薦入試の合格を決め浮かれていた事もある。
2月中旬。その妹が
「今度の日曜日皆連れて遊びに行ってきて。」
理由も何も無い。これはお願いではなく命令だ。
ところがその日曜日、「皆」である三人の魔女達は揃って出掛けるらしい。
珍しいな揃って出掛けるなんて。
それぞれ実家に帰って荷物をどうのこうの言っている。
「3人の実家に回っていたら1日じゃ終わらないから。」
それもそうだ。
「それならお前は工房に引き篭もっていろ。」
くれぐれも工房から出るなと全員から念を押された。
魔女達の目が離れる。
旅に必要な諸々を買いに行く最高の機会が訪れた。
指輪は置いて行こう。小さい箱に入れて、引き出しの奥に押し込んで
机にも鍵を掛けて、部屋にも鍵を掛けて。
とてもとても久しぶりの一人での外出。
開放感。何だか肩も軽い。
駅前からバスに乗ってショッピングモールに行った。
偶然なんだろう。と思う。少なくとも本人達はそう言った。
「フロド?」
僕をそう呼ぶのは鏑木リナ。双子の妹鏑姉妹の妹。
フロドて。ファミレスで自己紹介とか挨拶とかってしなかったけ?
「リオ君て言うんだよね。それは知ってる。皆呼んでたから。」
姉の鏑木カナは妹とは対照的にとても穏やか。
僕たちは改めてお互いに自己紹介をした。
そこそこ長い付き合いがある筈なのにお互いの名前は「他の誰かがそう呼んでいたから」知っていた。
「あんたも私達の事下の名前で呼びなさいよ。」
何ともオカシナ脅し文句だ。
2人に会えたのは好都合だった。
彼女達に彼女の「先生」を紹介してもらおう。
「また今度にしなさいよ。」
「実はしばらく理緒君達とは遊ぶなって言われてるの。」
そうなんだ。あれから会いに来てくれなかったからどうしたのかと思ってたんだ。
「え?何?心配してくれたの?」
「あの後先生に言われたのよね。」
「今のアナタ達では例の「魔女狩り」に対処できないからしばらく大人しくしていなさい。って。」
そう、なのか。
「特に理緒君には会うなって言われてるの。」
そうなの?
「私達と一緒にいて理緒君まで魔女扱いされたら大変でしょって。」
まあそうかも知れないけど。
実は僕はこのとき大きな勘違いをしていた。
「魔女狩り」と「委員会」は繋がっていない。と決め付けていた。
いや、普通に考えれば繋がりはあるか、何だったら同一犯だと考えるのが当然。
だが今回噂になっている「魔女狩り」の正体は「魔女」だ。
目的は判らないが「魔女」が「魔女」を狩っている。
「委員会」と「魔女」が繋がるなんて有り得ないと決め付けていた。
ややこしい話だが「委員会」の元々の目的は本来「魔女狩り」にある。
だがその委員会は僕の「指輪」を探している。
さらに、今回の魔女狩りは軽傷者こそ出たものの命に関わるような事態にもなっていない
何より、負けを認めさせた上ではあるが、「魔女として生きる」事を否定してはいないのだ。
象徴としての変身道具を奪っても、意志決定は本人に委ねている。
だからこそ、僕達は安心していた。
指輪を狙うのは「委員会」かそれに属する組織。
魔女を狩る魔女の噂は、それ単体での行動。
お互いが結びつくメリットが無いとは言えないが、お互いのリスクが大きすぎる。
委員会がその魔女に全てを暴かれる可能性は?
その魔女自身がやがて狩られる側になる可能性は?
「ところでどうしたのよ一人で買い物なんて。大丈夫なの?」
指輪も置いてきたしね。皆も用事があるみたいだから。
「暇なら付き合いなさいよ。これから映画なんだけど買い物あるなら付き合うから。」
あれ?僕とは会うなって言われたんじゃないの?
「会いに行ったんじゃなくてたまたまなんだからいいでしょ。」
「それとも女子に見られたらヤバイ物でも買うつもり?」
ヤバイ物って何だ。
「何言わそうとしてるのよ。」
なんかいつもと違うノリが新鮮だな。
僕の買い物は日用品とアウトドア用品。リュックとか靴とか。
本当は寝袋とかテントがあるといいのだがさすがに売っていないだろう。
後でまた暇を見つけてホームセンターにでも行こう。
かなり砕けた感じの2人と一緒にいるのは楽しかった。
もうずっと以前からの友達のようでもあった。
それもそうか。1年近く月に2回くらいペースで会っていて
一緒に海にまで行って。夏祭りにまで行って。
友達じゃない。なんて言ったら怒られるだろうな。




