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葬るしかない。フロドがそうしたように。
二度と帰らない覚悟で旅に出て、指輪の存在を消す。
生かしてくれた母にも、この指輪を譲ってくれた紹実さんや、欧州の魔女達にも申し訳ないが
それしか思い付かない。
何処に隠す?
「委員会」とやらは、僕の所在を知っているのだろうか。
父との繋がりを見出しただろうか。
時間的な猶予はどれだけある?
「理緒?」
え?あ、はい。
「お前、ヘンな事考えてないか?」
どうして判る。
「まったく。」
小室さんは何も追及しなかった。でもきっと彼女の予想は当たっている。
だからこそ、彼女は僕を魔女達と同じ部屋に布団を用意した。
小室さんが判ったくらいだ。この時の僕の覚悟が少し皆と異なる方向を向いていた事くらい
付き合いの濃い魔女達が気付かない筈はない。
静かな夕食が終わって、皆が広間に布団を用意して、誰も余計な口を開かず、淡々と寝る準備が済む。
僕がその場に混ざってそうする事にも誰も何も言わない。
全員が揃って、布団に潜りこもうとした時
皆に話があるんだ。と切り出した。が、
「黙って寝ろ。」
「早く寝ないと明日も速いのよ。」
いやちょっと聞いてよ。
「黙れと言っている。」
「理緒君の言いたい事は判るわ。多分ね。だから言わなくていい。」
どうしてだろう。
「自分が魔女である」事実さえ隠していれば何の問題も無いじゃないか。
誰かに密告される可能性でもあるのか?
魔女として生きていけない事と、人として生きる事は同一にならないのか?
違うな。
多分、魔女達は、僕が思っているよりずっとずっと誇り高い。
(そして漏れなく頑固だ)
逃げ隠れるなんて最初から選択肢にはない。
そして「負ける」事も最初から考えていない。
彼女達は今まで虐げられ続けていても魔女であり続けた。
降りかかる困難には大きいだの小さいだの無い。
子供の頃のちょっとした陰口であろうと、生命を晒される狩りであろうと、
魔女とししての尊厳を踏みにじるその行為自体が許せない。
布団の中にも入れず、ただ座っていた。
「横になるだけでも違いますよ。」
藍さんが言った。
そうだね。
答えたがそんな気分にもなれない。眠れそうにない。
身体中痛くて、とても疲れているのに頭は冴えている。
静かに部屋を出たはいいのだが何処に行こうか。他人の家の中をウロウロもできない。
どうやら誰にも気付かれず道場に来られた。
寒い。
ただ寒い。
寒いから歩きながら考えよう。
「どうするか」ではない「どのように、そうするか」
旅の支度を済ませて、何処に行こうか。
火口に放り投げるか?どこの?そんなところに徒歩で行けるのか?
誰かに付けられない保障は?尾行が居たならどうやって振り切る?
先ずは目的地を決めて、それから旅行の計画だろうな。
「理緒。」
うわっ。
「脅かしてゴメン。寒いだろ。ココア入れてやるから来い。」
小室さんは何となく僕がここに居るのが判ったと言った。
でもそれ以上何も言わなかった。
すみません。こんな遅くに。
「気にするな。」
それから小室さんは、「ずっと守っていた少年に、実は自分こそが守られていた事がある」と教えてくれた。
どうしてこのタイミングでその話をしたのだろう。僕はただただ守られているだけ。
「そんな事はないよ。」
そう言って微笑んでくれる。慰めている。でも僕が一番判っている。そんな事はある。
そしてまたしばらく沈黙が続く。
ありがたいような、気まずいような。
「なあ理緒。」
はい。
「お前、あいつらの事好きか?」
何です突然。
「お前あいつらに好かれているの知ってる?」
それは無いでしょう。あいや嫌われてはいないってのは知ってます。
へんな印を付けられた時に確認できた。だからって「好き」なのとは違うと思う。
皆、義務感だとか責任感でそうしているだけにすぎない。
母親と祖母が魔女で、2人に育てれた僕は彼女達に何の違和感も偏見も抱かなかった。
それが嬉しいと言われた事がある。
それは同族に対する安心感だ。家族のような存在。
多分弟とかそんな感じの扱いですよ。そういう意味での好意です。
何だったら妹とか言われた。
「あれ?お前あの夜本当に藍と何も無かったのか?」
あの夜ってあの夜か。
「なんだよ藍のやつ。」
もしかして小室さんが焚き付けたんですか?
「もしかしてってやっぱり何かあったな。告白されたんだろ?」
墓穴を掘った。
「告白なんかしてませんよ。」
藍さんだ。いつ来た。
「キスしただけです。」
してないっ。僕がされた側だ。
「せっかくファーストキス使ったのに最強になんてなれやしない。とんだ詐欺野郎ですよ。」
それは僕の責任じゃないでしょ。
「何でお前までキスしてんだよっ」
桃さんだ。いつ来た。
「盛り上がってきたぞ。どうなんだ理緒。どっちがタイプだ?」
この人は何を言っている。
「どっちとか何よそれ。何で2人に絞られてんですか?私もいますよ。」
蓮さんだ。いつ来た。




