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午後、今度は日課のように小室絢にボコボコにされる。
そう思いながら防具を付ける。
「手伝ってやる。」
もう一人で着けられます。
「察しろ。話がある。」
話?
「これからお前に酷い事をする。」
今までもそうじゃん。
「今回お前には手出しはしない。」
何を言っているのだろう。何が言いたいのだろう。
装着を終えると、僕は一人道場の隅に立たさせる。
「指輪借りるぞ。」
え?はい。
言われるまま首から外し手渡した。
受け取ると、魔女に向かい
「お前たち、全員防具を着けろ。」
魔女達も言われるまま防具を装着する。
反論も質問もできないほど疲れている。
「桃、お前はどうする。」
宮田桃は、これから小室絢が何をしようとしているのか理解した。
「アタシも理緒を守るって約束しました。」
宮田桃も剣道の防具を着ける。
小室絢は僕と対面の隅に立つ。
「今から私が理緒の唇狙う。お前達阻止しろ。」
「魔法も好きに使え。こっちも容赦しないからそのつもりでこい。」
僕はこの光景を一生忘れないだろう。
小室絢のその台詞を冗談と捉える者はいなかった。
魔女達はグローブを填め、剣士は竹刀を構えた。
「魔法を使えば負けない」
こんな驕りは魔女達は抱いていない。
皆が皆、息を飲んだ。
小室絢は僕の指輪を左手小指に填める。
「行くぞ。」
小室絢が一歩踏み出す。
同時に藤沢藍が彼女の周囲に壁を作る。
小室絢が魔女で無い限り、その壁を視認する事は無い。
知らずに空気の塊に行く手を遮られるだけ。
見えているのか?判らない。
小室絢は左腕を前に伸ばす。
空気の塊が弾け、強い風が飛ぶ。
渡良瀬葵は声を振り絞り、動きを封じようと叫ぶ。
「動くなっ。」
「止まれっ。」
声が、音が届いていいない?
小室絢は歩みを止めない。
神流川蓮が炎を投げ付ける。
小室絢は再び左腕を上げる。
炎はその掌に触れる寸前で消えた。
宮田桃は本気で、全力で小室絢の胸元を突きでど狙い突進する。
小室絢は少しだけ身体を横に反らし、宮田桃の突進を躱す。
ついでと言わんばかりに横から彼女のこめかみに拳を叩き込んだ。
とても軽く、服に付着したホコリを払うような仕草にも見えた。
宮田桃も、ホコリのように舞い飛んだ。
「竹刀を持ったアタシが手も足も出ない」
これは誇張ではなかった。ただの真実だった。
魔女達は数度魔法を試みるが
全て小室絢に届く前に消える。
格闘技の経験があるのは宮田桃と渡良瀬葵。
小室絢は踊るようにその二人を吹き飛ばす。
せめて動きだけでも止めようと神奈川蓮も藤沢藍も
小室絢にタックルを仕掛け身体を、足を封じようとする。
小室絢は容赦も躊躇も無く、その二人を蹴り飛ばす。
それでも、
何度倒されても起き上がり、
小室絢に立ち向かい僕の壁となる。
防具を装着したところで
小室絢の拳と蹴りにたいした効果は得られない。
痛いのは僕が一番知っている。
もう止めて。もう立たないで。
最後は皆が這って僕の元に来て、皆で僕を囲うように抱き締めてくれた。
全員が小室絢に背を向けて、歯を食いしばって、震えて、それでも僕にしがみついている。
皆気付いていた。
誰も朽ちにはしなかった。
紹実さんも碓氷先生も何も言わなかった。
それでもきっと魔女達は知っていた。
「この指輪は、魔女を滅ぼす」
不可視の魔法を用いた魔女の姿が見えるのは
小室絢が魔女だからではない。
魔女達の魔法が効かなかったのは
小室絢が魔女だからではない。
小室絢が僕の胸ぐらを掴む。
「ここまでにしよう。しっかり汗流しておけよ。」
組体操が崩れるように一斉に皆床に手を着いた。
誰も何も言わなかった。
息を整え、立ち上がり、防具を外し、皆でシャワーに向かった。
僕はただその後姿を見送る。
小室絢は指輪を僕に差し出す。
「重い指輪だな。」
僕は小室絢に
「彼女には答えられない質問」をしようとしていた。
彼女が魔女達の覚悟を知る必要はない。
それを僕に知らしめる目的でしかない。
手段はどうあれ、僕自身が魔女達にこんな事できやしない。
「危ないから止めろ」と言ったところで聞きはしない。
相手が魔女であれば決して屈する事はない。
とても重い。
僕には背負いきれない。




