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「魔女でもないアタシがどうしてこんな事。」
と言ってる割には宮田桃はとても楽しそうだった。
蓮さん、藍さん、葵さんがそれぞれ魔女を演じ
桃さんがナレーション。
僕は背景を入れ替えるだけ。
ラスト、魔女達が
「いかにも魔女」な格好で子供たちの前に現れお菓子を配る(ハロウィンか)。
その間、片付けをしていると
「考えたの誰?」
小室さんに聞かれた桃さんが僕の裏襟を掴み
「こいつです。」
嬉しそうに生贄を召喚した。
「やるなあお前。イタリアって本当に魔女が配るのか?」
えーと。正確にはちょっと違うんですけどね。
イタリアには元々サンタの伝承は無いらしくてサンタの事は「クリスマスパパ」とか呼ばれているらしい。
1月6日はキリスト顕現を記念する祝日になっていてそこまでがクリスマスらしい。
お菓子を配るのはその前夜1月5日の真夜中。
お菓子を配るって風習もいくつかの伝承があっていつの間にか定着したのだとか。
日本だと年明けはお年玉ですからちょっとアレンジしました。
「いいんじゃないか。そもそも日本の道場でクリスマスって何だよって話だからな。」
「ってそれクリスマス会催す道場主が言ったらダメでしょ。」
「しかしコレ捨てちゃうの勿体無いな。」
「お前らこの時期コレ持って幼稚園とか学童保育とか回ってきたら。」
小室さんのこの思い付きはやがて現実のものとなる。
おそらく碓氷先生に伝えたのだろう。課外授業というかボランティア活動として
冬休み前(20日から23日まで)に市内の幼稚園、保育園等の施設を実に8件巡業したのだ。
テストが終わったからって、通常授業を中抜けさせてまでさせるか普通。
二学期の終業式。明日から冬休み。なのだが
その日の午後から僕達は小室家で寝泊まりする事になった。
男子1人でどうしろって。
「魔女だからって襲ったりするなよ。」
僕は結構本気で心配(?)をしたのに小室さんは笑いながら魔女を牽制した。
「何よ絢だって高校生の時に杏ちゃんと」
部屋を案内してくれている小室さんの母親が何か言ったぞ。
「だーーっ今言うなソレッ。」
何したんだこの人。
「姉ちゃん達何してたんだ。」
「何もしてねぇっ。杏にも聞くなよっ。」
「あ。それに理緒は向こうだった。」
向こう?
神社の神巫。橘結さんがにっこりと挨拶した。
「よろしくね。」
その脇に女の子がいる。
「ほら佳純ちゃん。この子は妹の佳純。」
「橘佳純です。6年生です。」
見た目以上に歳が離れているな。
「え?私達は道場で理緒君だけ神社?」
「何かズルくない?」
ズルい?そもそも何で僕までここにいるのか。
何度も言っているが僕は魔女ではないっ。
「何か勘違いしてるな。」
「姫は私なんか足元に及ばないくらい強いぞ。」
「あ、姉ちゃんに聞いた事ある。神仏界のヴォルク・ハン。」
「呼ばれて無いわよっ。ちょっと杏ちゃんにお説教しないと。」
「絢だって昔はダイナ」
「ああっもうっだから昔の事はイイんだってば。」
ダイナソーか?ダイナマイトか?
この人達の昔話は面白そうだな。
僕はその日のうちから魔女に別れを告げ神社脇の橘家に行った。
「理緒君。あ、皆理緒君て呼んでるけど私もそれでいい?」
え?ああはい。勿論。
おかしな事を聞く人だな。そんな事よりまた耳鳴りが。少し頭も痛い。
「修行の開始は明日からにしましょう。その前に佳純ちゃん。」
「あ、うん。」
「目を閉じて。」
言われるまま目を閉じると
橘さんが手を乗せる。
「佳純ちゃんも乗せて。」
不思議なのは、橘さんに撫でられたその瞬間
祖母に撫でられているような、母に撫でられているような。
気持ちと言うか記憶と言うか。不意に2人の顔が思いだされた。
耳鳴りが消えた。頭痛も治まった。
「判った?」
僕にではない。妹に聞いている。
「うん。」
橘さんが撫でるのを止めたので目を開けると彼女はじっと僕の顔を眺めていた。
「これね、紹実ちゃんに教わったの。」
「高校生の時にね。大切な人を守るために教わった魔法。」
その日、橘さんはこの神社で起きた不思議な話をしてくれた。
ある晴れた春の日曜日。
吸血鬼に襲われた橘さんを救った1人の少年の物語。




