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藤沢藍。
藤沢は母親の姓だと言った。
「私は父が他所で作った子です。」
「私が小学生に上がる前に事故で母が亡くなり、父に引き取られました。」
「それでイジメられたとか?」
「いえ、屋敷の人はとても優しくしてくださいました。」
父もその奥さんも、忙しいからと殆ど会う事は無かったが虐待も受けたりしなかった。
屋敷の人達はそんな彼女をむしろ憐れみ、慈しんだ。
「ただ兄だけが。」
4つ上の兄。父とその妻の子。
兄は小さい頃から英才教育を受けていた。同時にずっと持て囃されていた。
突然現れた小さな女の子に戸惑っても不思議はない。
暴言や暴力は無かった。だが一切口を聞いてくれなかった。目を合わせてくれなかった。
それでも彼女は自らを閉ざさぬよう努めた。
誕生日には贈り物をする。バレンタインに手作りチョコも贈った。
いつか兄が自分を妹として見てくれるように。皆から家族として迎えられるようにと。
兄が高校3年生になってすぐの事だった。彼女は兄に襲われた。
彼女は犯されるのだと思った。
家族になるために。諦めのような受け入れがあった。
「お兄ちゃん。」
その一言に、兄はその両腕を妹の首に添え、力を込めた。
ああそうか。私はこの人に殺される。
私はずっとこの人を苦しめていたんだ。
「ごめんなさい。お兄ちゃん。」
泣きながら許しを請う妹を見て、兄は手を放した。
「出て行け。お前が来てから全部おかしくなったんだ。」
「魔女は屋敷から出て行け。」
「頼むから、出て行ってくれ。」
まだ小学生だった彼女は
「母を継いで魔女になりたい。」と申し出た。
父親は彼女にマンションの一室と必要な物を与え追い出した。
「母がそうしろと言ったのでしょうね。」
母は、夫の浮気相手が「魔女」である事を知っていた。
そして、息子までも「魔女」に惑わされている事も気付いていた。
この家を守るには、この魔女の子に出て行ってもらうしかない。
それはただのきっかけに過ぎないのだろう。
両親は最初から、自分の娘を「恐ろしい魔女」としか認識していない。
「それから後は葵ちゃんと同じような事やらかして碓氷先生に見付かったんです。」
「ごめん。想像より重かったわ。」
そうだね。でも僕達3人がちょっとずつ一緒に背負うから少しは軽くなるよ。
「ほらでた。だからイヤだったんですよ。どうせまた理緒君がクサイ事言うのが判ってたんです。」
「それに勘違いしないでくださいね。」
「私はお金持ちの家に産まれてラッキーなんですから。挙句好き勝手生きられて。」
でも、家族の愛を知らない。だから
これからは僕を兄だと思ってあま
「はあ?私よりチンチクリンのくせに何言ってるんですか。」
ほらでただのちんちくりんだの。
「兄ってより弟よね。」
「むしろ妹っぽいな。」
宿題を終えた友維と面倒を見ていた紹実さんが工房に現れる。
同時に藍さんが立ち上がりコーヒーを淹れる。
「もう1人の妹が来た。」
「もう1人?」
「今あなたのお兄さんが実は私達の妹だって判ったの。」
「何だそりゃ。」
友維は歩みを止めもせず僕に一瞥くれて
「ああ、ああ。」
なんだ。なんなんだ。納得したなお前。
皆笑った。藍さんも吹き出して笑った。泣く程笑った。
12月に入ってすぐの土曜日だった。
久しぶりに魔女が僕の唇を狙い現れた。
「そんな遠くに噂が広まったの?」
守護者達は揃って驚くほどの遠方からの来訪。
一戦交える前に四人の魔女に事情を説明すると
疑いもせず信じてくれたのだが
同時に彼女達はとても落ち込んでしまった。
1人は膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。
魔女はただそれだけで充分強い。
それでも最強を求める理由とは?
俄かには信じがたい事件だった。
四人はそれぞれ違う土地から来ていた。
互いに直接接の面識は全く無い。
彼女達の共通点は「知り合いの魔女が襲われた。」一点であり
その知り合いもそれぞれ全く接点はない。
幸いいずれもかすり傷程度で済んだのだが、問題は
全員が魔女である事をも自覚する「変身道具」を奪われた。
「変身とか言うな恥ずかしい。」
でも聞いた事あるよ。
ある種のステータスでもある。
「そうね。代々受け継ぐ家もあるし、何より同じ魔女に奪われたとなると格下って烙印押されたようなものだから。」
つまり、魔女が魔女を襲った。
魔女は一般的には表立って行動しない(守護者達はアレだ)。
魔女を見付けられるのは魔女だけだ。
それに前に言っていたよね
魔女は魔女を傷付けられない。
身体は掠り傷程度で済んだのだとしても
魔女の自覚の象徴でもあるアイテムを奪われ
魔女としての誇りは奪われ、自尊心を深く抉られた。
魔女が魔女を傷付けた。
一体誰が?目的は何だ?




