38
「胸がでかかった」
うわっ藤沢藍。いつからいたんだ。
「理緒はおっぱい大きい子が好みなのか。」
紹実さんまで何を言い出すか。
「じゃあ小さい方がいいんですね。」
じゃあ?
今は胸がどうのこうの関係ないっ
「良かったですねお二人とも。」
ふふんと自慢気味に笑う藍さん。
その後ろにいつからいたのか神流川蓮と渡良瀬葵。
「大きければイイってもんじゃないわ。感度なら小さい方が高いわよ。」
「そうだ。そんな脂肪の塊。邪魔なだけだ。」
「僻みですか?みっともない。」
何の話をしている。とにかくお茶飲んで落ち着いてくれ。
「何でその時言わないのよ。」
完全に忘れてたんだよ。その時だって見間違いとか気のせいとか思ったくらいなんだから。
「何者なのかしらね。」
「ちょっと気味悪いわね。」
「目的も判らないし。」
ただこれらは推測でしかない。
あの女性が本当に印を付けたのか。その目的は。この時は何ひとつ判明していない。
後日、想像すら出来なかった事実に一同驚くのだが
正直な話、僕はこの時紹実さんは全部知っているな。と察していた。
翌朝携帯を見ると着信とメールが山ほどあった。
ある意味呪われていると思わないでもない。
とにかく疲れた一週間だった。多分体重落ちたと思う。
精神の疲れは肉体にも反映するのだと知った価値ある一週間。
日常は取り戻された。
その日常にすっかり組み込まれた月2回ほどの鏑木姉妹との雑談。
二人は僕の守護者達に変化を見て取った。
「ちょっとカワイくなった?」
「あ、それ私も思ったー。何かあったの?」
「別に何も無いわよ。」
何も無くはない。
後遺症があった。魔女達は今まで以上に僕に触れようとする。
ほんのチョット、口の端にクリームを付けただけでソレを削りとらんばかりに全員の手が伸びる。
ちょっとしたホラーだ。
「何かあったか」の問いに「何も無い」なんて信じるはずが無い。
魔女達は印が消えた後もずっとこんな感じだった。
印が消えた時点で姉はお茶を作らなくなった。
あれもいくつかのハーブを調合したもので精神安定効果があるだけ。
長期間の利用は効果を薄める。次回(あっては困る)があった場合に備え控えるべきだと言われた。
印が薄くなると同時進行で彼女達の暴走もゆっくり収まったのだが
紹実さんの言った通り、完全に消えた今でも症状はかなり残っていた。
文化祭だ。
我がクラスは演劇。
桃さんが主演で悪の魔女を倒すお話。
クラスメイト達はもう既に皆が魔女であることに何の疑問も違和感も抱いていない。
それどころか、このお話を考えたのも他ならぬ本物の「魔女」
魔女達は、それが原因でずっと虐げられたていた。それなのに「悪の魔女」って。
どうしてこんな自虐ネタ?
それはクラス委員長の園原さんの力がとても大きい。
彼女が何かと魔女達をクラスの輪に加えようとする。
最初はむしろ「御節介」と感じていた魔女達達だったが
委員長としての責務と言うより、女子として、人として
噂による魔女達の偶像ではなく、
ただの女子高生として接し極めて自然にクラスメイト達に馴染ませた。
今では委員長の業務や面倒な仕事を引き受ける彼女の手伝いを率先するようになった。
ギブアンドテイク。そんなの言葉だけかと思っていた。
「そうじゃないわ。理緒君が委員長の手伝いしてたから付き合っただけよ。」
彼女は僕が孤立しないように気を使ってくれた。
僕はそれに応えただけだ。
だから園原さんがその演劇のヒロインに推薦されても驚きはしなかった。
「そんな私なんて。」
「他にもっと相応しい人が。」
イロイロと断りの言葉を並べるが誰もそれを聞き入れない。
おそらくクラスの全員が彼女のヒロインを妬んだり拒んだりしていない。
それだけ彼女は「嫌味」が無い。
有り得ないと思うだろうが「何よあの子」と思う女子が誰もいない。
だからこそ、園原さんが僕に告白するなんて事は断固として阻止しなければならなかった。
あれは同情を好意と勘違いしてしまったのだから。
患者が看護師に惚れるように、
慈愛が恋愛に置き換わってしまっただけだ。
「理緒がそう思うならそれでいい。」
葵さんは含んだような言い方をする。何を含んでいるかくらい僕にも判る。
だがこれは事実だ。彼女はやがて気付くだろう。
そんな事より悪役なんて本当にいいの?
魔女を悪役に据えようと言い出したのが葵さん本人だ。
「楽しそうじゃん。」
彼女のラスボス役は恐ろしいほどの迫力があった。
澄んだ瞳の色と、説得力のある台詞が、冷たくも尊大で偉大な魔女に見事に嵌った。
稽古を見て鳥肌が立った。
配役を決める際、あやうく魔女達に「主役」をさせられそうになったので
冗談じゃない。と。大変だろうけどシナリオ制作の手伝いに回った。
物語は至極単純だ。
闇の魔女(葵さん)は永遠の命を得ようと王家の血を欲しお姫様(園原さん)を浚う。
剣士(桃さん)は2人の光の魔女(藍さん蓮さん)の協力を得て闇の魔女を倒そうと立ち上がる。
その道中で聖剣を手に入れたり魔女の手下と戦ったりと他の出演者達にもそこそこ見せ場もあり
我ながら良く出来た脚本だった。
が、本番の3日前に発熱してしまい、
それでも文化祭の準備作業に追われ無理をしたのか
結局本番前に倒れてしまった。
文化祭当日、残念ながら僕は保健室で過ごしていた。




