17
「入るわよー。」
返事をする前にドアを開けたのは神流川蓮。
「あら藍ちゃん。」
「こんばんは。」
「あれ?2人はいつからそういう関係なの?」
どういう関係だと思ってるのだろうか。
「どんな関係もありません。部屋のコーヒーが切れただけです。」
「この前高いの買ってたじゃない。」
「そうでしたね。じゃあ戻ってそれ飲みます。」
「待ってよ。私も一緒にコーヒー飲みたいだけなの。」
藤沢藍はため息を吐いて立ち上がり流しに行き神流川蓮のコーヒーを淹れる。
のかと思ったが、流しを通り抜け、神流川蓮の脇を抜け、外へ出てしまった。
「あ、藍ちゃん。」
と言った神流川蓮の前でドアが閉まる。
後姿からも肩を落として落ち込んでいるのが伝わる。
まあ座って。大丈夫だよ。
「大丈夫って何よ。」
まあまあいいから。
僕は彼女を座らせる。
それよりどうしたの。
「どうって、藍ちゃんと話しようと思ったら部屋にいなかったから。」
今日の事?
「うん。」
まあ僕らがどうこう言ってもね。
「どうこう言うつもりなんて無いわよ。話聞こうと思っただけ。」
神流川さんて面倒見いいよね。
「何よそれ。今する話?」
神流川蓮は立ち上がって
「やっぱりちゃんと話を」
いいから座って。
僕は藤沢藍がこの部屋に戻ってくる事を知っている。
彼女のいたその席には熊のぬいぐるみがあるから。
「入りますよ。」
返事を待たずにドアが開く。
中からも鍵を掛けよう。ああでもそんな事したらあらぬ疑いを掛けられそうだ。
藤沢藍が手提げ袋を持って戻って来た。
神流川蓮が立ち上がって何かを言う前に彼女は流しにスタスタと歩き
ガタガタと何か取り出していた。
次に実験用具の棚の中からグリフィンビーカーを一つ取り出し
「これ消毒してありますよね。」
え?ああ勿論。
「ちょっと借ります。」
信じていないのか念のためなのか中を洗って置き
自分の部屋から持って来たドリッパーを乗せフィルターを付け
未開封だった挽いた豆を入れ、お湯を注ぐ。
丁寧に、しっかり蒸してからお湯を注ぐ。
僕は机の上の自分のカップと、藤沢藍が置いて行ったカップを持って
彼女の作業する脇で二つのカップを濯ぐと
「それと」
言いたい事が判ったので棚からもう1つカップを出して流しに置いた。
彼女はドリップの残りのお湯をカップに直接注ぐ。
少ししてそのお湯を捨て僕がその3つのカップを机に置いて
藤沢藍がビーカーからコーヒーを注ぐ。
「どうぞ。」
何も言わずただその作業を眺めていた神流川蓮に最初に淹れた。
それが全ての答え。
「あ、ありがとう。ああいい香り。」
一口飲んだ彼女は驚く。
「ナニコレ美味しい。」
ん。本当。美味しい。
僕も驚いた。
「当たり前です。いい豆なんですから。」
藤沢藍がほほ笑んだ。
もしかしたら初めて見た彼女の笑顔かも知れない。
藤沢さんの淹れ方もじょ
「そーゆーのいいですから。」
ぐぅ
僕達はしばらく黙ってコーヒーを啜った。
僕は立ち上がって表へ出ようとする。
「ちょっと何処行くのよ。」
母屋ですよ。すぐ戻ります。
僕は走って渡良瀬葵を呼びに行った。
美味しいコーヒー淹れたから。と言うと
彼女も「わかった」とだけ言って付いて来てくれた。
5分もしなかった。戻ると2人は談笑していた。
藤沢藍は何も言わずに立ち上がり
もう一度同じ作業をしてくれた。
彼女は何も言わず渡良瀬葵の前にコーヒーを置く。
「ありがとう。」
皆ちゃんと「ありがとう」が言える人達なんだ。と、つい妙な関心をしてしまった。
香りを楽しみ。一口。
「これはっ。美味いな。」
渡良瀬葵が驚いて、藤沢藍も微笑んだ。
しばらく嗜んでいたのだがそのうち
「こんな素敵なコーヒーポットがあるのに勿体ないですよ。」
ドリッパーも何処かにある筈なんだけどね。
「少しは片付けなさい。」
そう思わないでもないが勝手にイロイロと片付けていいものか。
「仕方ないですね。」
とは言ったがそれ以上何も言わなかった。
藤沢藍が部屋を片付けてくれるのかと思ったがそうではなない。
彼女の言った「仕方ない」は皆が戻ってから判明する。
片付けをしようと流しに行くと
ドリッパーとフィルターと、コーヒー豆。
彼女はこれらを置いたまま部屋に戻っていた。
忘れたのではない。
またこの工房でこのコーヒーを飲む。な意思表示。