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碓氷先生はずっと「気にして」いた。
自分は策を巡らせるだけで、実際に動くのは別の魔女。
彼女達を危険に晒して私は部屋の中で座っている。
紹実んさの代わりになればとベルギーに飛んだものの
そこでも自分は頭を使うばかりだ。
そして今度も「教え子」を敵地に送り込もうとしている。
魔女として、自分は役に立っていないのではないか。
恋人の利根先生がずっと見守り慰め、励ましたからこそ
碓氷先生はその立場を受け入れていた。
「薫ちゃんがいたからこそ委員会は壊滅できたのよ。」
縁伯母さんと母は揃って称賛した。
「あなたの恋人の言い草じゃないけど、薫ちゃんの作戦だからこそ私達は安心して動けた。」
僕は碓氷先生の手を取って言った。
僕はどれだけ先生に救われてきたか。
中二の冬。僕に会い来てくれて、僕を迎えに来てくれたのが碓氷先生で本当に良かった。
碓氷先生が担任になってくれて、皆と引き合わせてくれて、本当に良かった。
碓氷先生はずっと僕を守ってくれた。
だから
貴女を貶めるような魔女は僕が許さない。
貴女の働きを「その程度の事」なんて言う魔女も許さない。
「や、やめろバカ。あーもうっ。」
碓氷先生は僕の手を振りほどいて抱きしめてくれた。
やがて夜も更け、晩餐会の後それぞれを送り届け
工房には僕と、友維と、3人の魔女
いつものようにコーヒーを啜っている。
「それでその。」
うん?
「聞きたくないし答えも怖いけどこのままモヤモヤなのもイヤだから。」
なに?どうしたの?
「えーっと、私達、そろそろ荷物まとめた方がいいのなか。」
は?
「え?何で?姉ちゃんたち出てっちゃうの?」
「だってほら委員会とかそろそろ片付きそうじゃない。」
「そうなったら護衛の役目も終わるわよね。」
「そうだな。私達が理緒の周りにいる理由も必要もなくなる。」
あー、いやまあ確かに僕の護衛は必要なくなるけど
「けど?」
皆はそれでいいの?
「いいも悪いもただ好きな人の傍にいたいからってだけで。」
へ?あいや違うよ。そうじゃなくて
そもそも最初はどうやってご家族に話してこの家に来たの。
「え?」
ここって三原家だよ?
葵さんも蓮さんも、魔女としての修行をしに来たんじゃないの?
「そう言えばそんな事言って説得した気がする。」
その魔女修行って終わったの?
何か手土産の一つ二つ無いと帰れなくない?
それとも帰って来いとか言われた?
「言われてないけど。でも。」
紹実さんはそのつもりだよ。
「何?」
「あ、藍はどうするんだよ。」
藍さんは元々そのためにアパート引き払ってるからね。
「そうなの?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
「聞いて無いわよ何それ。」
「2人で何言ってるんだろうと思ってましたよ。」
「まあ私としてはライバルが一気に2人減るのでとっとと帰れって感じですけど。」
「うわっ藍ちゃんてそんな事言う子だっけ?」
「何言ってるんですか。どさなくさに紛れて好きな子の傍に居たいとかさらりと言って。」
「ぎゃバレてる。」
「ずっと聞きたかったんだけどさ。」
「なんで姉ちゃん達はコイツの事が好きなん?何かされたん?」
実に率直な質問だと思う。でも前にしなかったか?
「してないよ。知らないもん。」
いやそれにしても本人目の前にして言う事じゃないだろ。
「よし。じゃあ週末他の連中も呼んで女子会だな。」
「いいわね。誰が最強の魔女の彼女にふさわしいか決めましょう。」
「望むところだ。」
望むのかよ。
翌朝、葵さんと蓮さんは改めて紹実さんに今後の「身の振り方」を相談した。
「あ?今更逃がすわけないだろ。こんな活きのイイ魔女。」
「なにそれ。生贄?私達何かの生贄なの?」
覚悟した方がいいよ。紹実さん昔は相当ヤバイ魔女だったて街の人は漏れなく言うから。
当初小室さんや橘さんに「あいつの弟とか正気かよ。」的な事を言われた。
「縁さんとか薫ちゃんもらしくないって言ってたわね。」
そうだよ。それにほら、僕達に吸血鬼の燃やし方教えた張本人なんだよ。
「アアっ怖すぎる。」
「やっぱり帰ろうかな。」
「だから今更帰さねえって。」
紹実さんはそう言って2人を抱き締めた。
事態はまだ何も解決していない。
でも今の僕には特にする事がない。
舞台はいずれ碓氷先生が整えてくれる。
僕はその日に、目の前の誰かに言うべき事を言うだけだ。
まあ少しくらい原稿を用意しておいてもいいかな。
週末。
「女子会だから」と僕は1人工房に籠らされた。
せめてノトさんだけでも
「ノトさんも女子だから。」と呆気なく断られる。
最強の魔女だの王子様だの言う割には扱いが雑なんだよな。
紹実さんが昼食を持って来てくれた。
「さすがに騒がしいから私もここで食べる。」
どうぞ。元々紹実さんの部屋じゃないですか。
「お前全然お姉ちゃんて呼ばないな。」
いっ
「やっぱりずっと騙し続けていたからか?」
そんな本気で悲しそうな顔しないで。
ああだめだ。もう二度とこの人を泣かせたりしない。
僕は密かに誓ったんだ。
僕はこの人の望むような魔女になると決めたんだ。