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ずっと前から気付いていた。
彼女が笑わなくなったのはいつからだろう。
僕が嫌われて、呆れられたのだと思っていた。
たからこそ、解放してあげようともした。
「変わらずお前でいろ」と笑ってくれた葵さんが
いつからか笑わなくなっていた。
とっくに気付いていたんだ。
どうして何もしなかった。
僕の所為で、ずっと1人で悩み苦しんでいたのに。
どうして僕は何もしなかったんだ。
「それじゃもしかして理緒君におかしな夢を見せたのも。」
渡良瀬葵は何も言わなかった。
「俺が口を割らせてやろうか?」
吸血鬼は少し離れて薄らと笑みを浮かべている。
なるほど友維が嫌うわけだ。
「黙ってないでちゃんと説明してください。」
「私を嫌ってほしかった。敵として見て欲しかった。」
敵なら、何をしようと構わないから。
「自分を正当化したいだけじゃない。」
「そうだよ。何が悪い?」
自分を嫌う相手から何を奪おうとも良心は痛まない。
事情を
葵さんはどうして指輪が欲しいの?
藍さんに支えられながら尋ねたが、答えは得られなかった。
渡良瀬葵は僕達に向かって来た。
「全員動くな。」
いつもよりも強い強制力。
何か事情がある筈だ。そうでなければ、葵さんがこんな事をする筈が無いんだ。
僕は僕の信じた人を信じる。
渡良瀬葵は僕の目の前に立つ。首から下がるチェーンを手に取り、
胸から指輪を取り出す。
彼女は、指輪を手に取る。
「どうして。」
渡良瀬葵は泣いていた。
「どうして抵抗しないんだよっ。」
葵さんが指を手放し、胸倉を掴んだ瞬間に、彼女の魔法が解けた。
神奈川蓮と、藤沢葵が両脇から渡良瀬葵を抑え込む。
大丈夫たよ。葵さんは何もしないから。
僕の一言で2人は渡良瀬葵を抑えていた力を緩める。
彼女は2人を振り払い、僕の首を絞めた。
「指輪を渡せ。お前を傷付けたくない。」
「このっ」
「動くなっ。」
「そう何度も言う事聞いてられませんね。」
「ちっ。」
渡良瀬葵は僕を突き飛ばし、2人の魔女と対峙した。
どうしてこんな事になっているのだろう。
渡良瀬葵は強かった。
言葉を操りながら接近戦で直接殴りかかる。
2人はかろうじて結界を用いて直接の被害を防ぐ。
直接の被害は防げるのだが壁と一緒に吹き飛ばされる。
両者が渡良瀬葵を囲もうとするが動きに翻弄される。
翻弄されるのは、単に彼女の動きが速いからではない。
巧みに要所で相手の動きを「言葉で止める」。
効果は弱いだけで「皆無」ではない。
千日手。
になりそうだがそうならないのは渡良瀬葵が1人だから。
彼女にも判っていた筈だ。
2人はボロボロになっても決して倒れない。渡良瀬葵は永遠には動き続けていられない。
僕はその闘いをただ眺めていた。だけではない。
何処かに居るはずなんだ。
そうでなければ渡良瀬葵がここまで強引な手段を取らない。
「それは判るんだな。」
センドゥ・ロゼ。
姿を消したと思っていた。高みの見物をしているものかと。
「お前が探しているのはコレだろう。」
彼は男の頭を鷲掴みにして「ぶら下げて」いた。
身体に力が入っていない。まさか殺した?
「心配するな。眠らせただけだ。それより止めなくていいのか?」
ああっ
慌てて3人の闘いを止めた。
渡良瀬葵は鼻血を出している。
両手をついて咳き込むと咳と一緒に吐血した。
すぐに「魔法の使い過ぎで喉を傷めただけ」だと判るのだがさすがに血の気が引いた。
「魔女共。コイツら運ぶの手伝え。」
「命令しないで。」
「そうですよ。私に命令できるのは私だけなんです。」
ボロボロになった魔女達に容赦ないなこの吸血鬼。
4人の男を運ぶのに本人は手ぶらって。
結局蓮さんと藍さんが結界を使って男共を運んだ。
僕は家に着くと同時に「またしても」意識を失ってしまった。